私だけのヒーローになってほしかった

川木

私だけのヒーローになってほしかった

 いつからか人類は特殊能力を持って生まれてくるようになった。超能力と呼ばれる力は当然のように犯罪に利用されるようになり、それに対抗する為に超能力を持つ正義の味方が必要になった。正義のヒーローの誕生だ。

 専門の資格を持った者だけが能力を使う許可を得て、そうでない人間は公共の場での使用が制限される。暴力はいけないとか、人に迷惑をかけてはいけないとか、そう言う昔からある当たり前のルールに沿ったものだ。

 だけど一部の人間の目にはそれが不当に抑圧されていると映るようで、政府公認で大々的に取り上げられるヒーローと犯罪者の対立はますます激しくなった。


「ねぇ、トト。もうやめてよ。今まで頑張ったんだもん。諦めたって、誰も文句を言わないよ」

「ありがとう、ココ。でも、私が嫌なんだ。誰に何を言われるより、私が諦めたくないんだ。ごめんね」


 トトはヒーローだった。生まれた時から力に目覚め、幼い頃から自主的に訓練を行い、最年少で公式のヒーローになった。他を圧倒するほどの力を持つ女性ヒーローと言うだけでも注目されるのに、容姿も抜群によかった為、あっという間に人気ナンバーワン、日本で一番有名なヒーローになった。

 日本で一番有名と言うことはつまり、日本で一番狙われると言うことだ。


 組織的に狙われた結果、たくさんの人を守り切った代償にトトは大きな怪我をおった。人々はトトを褒めたたえた。だけど私にとっては、そんなのは全然、嬉しいことではなかった。

 最初から、ヒーローになんてなって欲しくなかった。危ないことに自分から突っ込んでいくことを歓迎できるはずがない。まして、寝たきりになるほどの大怪我をしたのに。


「ほら、見て。私はまた、ヒーローになれたよ」

「……おめでとう、トト」


 常人なら諦めてしまうほどの地獄のリハビリをして、どうしてまたヒーロー免許を取り直すのか。もう、ついていけない。

 ずっと応援していた。幼稚園からずっと一緒で、幼馴染として、そして恋人として、夫婦として、ずっと傍にいた。


 だけどもう、限界だ。これ以上、みんなのヒーローのトトの傍には居られない。


「行ってきます。大丈夫。必ず無事に戻ってくるから」

「行ってらっしゃい、トト。ずっと、待ってるからね」


 トトが元気にヒーローとして再出発するため、出勤していった。ドアが閉まる。それと同時に私の心の奥で、閉じ込めていた思いが耐えられないと扉をぶち破って出てくる音がした。


「ごめんね、トト……でも、トトが悪いんだよ」


 私は泣きながら、自分の力を使った。


 昔に比べてほとんど多くの人が、何らかの超能力を内に秘めて生まれてくる。私の力が目覚めたのは人よりずいぶん遅くて、高校生の時だった。力は覚醒さえすれば、どんな力で、どう使うのか、一度も使わなくても自然とわかるようになっている。私はその力をつかわないことにして、トトにすら秘密にした。

 誰にも内緒にしておけば、力を使ったとバレにくいから。多くの犯罪者がそうするように、申告をしなかった。いつかこの力が必要になるときっとわかっていたのだ。


 私の力はそんなに強いものではない。ちょっとした幻聴と、ちょっとした幻覚を見せる。直接目をあわせないと使えないような、力の弱いものだ。悪用方法も限られている。

 だけど親しい人間にはその力は強く作用する。相手が自分に心を許しているほど、離れていても力が通じる。私の力も知らず警戒もしていなくて、誰より心を許しているトトにならば、私はどこにいたって力が使える。


 ヒーローニュースをつける。トトの復帰は大々的に報じられていて、活躍も現場への出動も報道してくれる。トトは強盗を捕まえたようだ。

 ヒーローインタビューに答えるトトに、そっと力を使う。


「……もっと早く来れば、怪我人も出なかったのに。役立たず」

「やっぱりリハビリが十分じゃないんじゃない?」

「だったら大人しく引退しておけばいいのに」

「え?」


 ひそひそとささやかれるようにして聞こえただろう悪口に、トトは驚いて周りを見回す。当然、インタビュアーは不思議そうにしている。トトが見回した群衆が、笑顔ではなく見える様に幻覚を見せる。


 トトが誰に責められなくてもヒーローをやめないと言うなら、ヒーローをやめるように責めさせる。トト自身が許さないと言うなら、許すしかないように、心を折るしかない。

 それが私の結論だ。もうこれ以上、誰かの為に傷つくヒーローのトトは見たくない。だから私が傷つける。もう二度とヒーローなんてやりたくなくなるようにする。


 綺麗なものばかりトトは見てきた。彼女のメンタルケアも政府の仕事だからだ。救えなかった誰かや、八つ当たりの悪意は彼女に届くことはなかった。

 それを全部、トトに届けてあげる。身勝手なことを言い、都合よくこき使い、その癖妬み嫉みをやめない民衆の為に、これ以上トトが傷つく必要なんてない。


 私の力は思っていた以上にトトにストレートに届いた。幼い頃から実力が明白で純粋培養されたトトは悪意に弱くて、ヒーローの仮面をカメラの前ではずせないトトは誰に相談することもできず、たった一か月で私の前で膝を折った。


「ごめん……ごめん、偉そうなことを言ったのに。私はもう、ヒーローに、なれないよ」

「大丈夫だよ。ヒーローになんてならなくていいんだよ。トトはもう十分頑張ったんだから。私は、ずっと一緒にいるからね」

「……うん。ごめんね。ごめん」


 トトはみんなのヒーローになんてならなくていい。私にとって、出会った時、転んだ私に手を差し伸べてくれた時からずっと、私にとってはヒーローだったのだから。

 特別なことなんてしなくてもいい。ただ傍にいてくれれば、それだけで、私だけの特別なヒーローなのだから。


「大好きだよ。トト。私にとっては、トトはずっとヒーローなんだから。私だけのヒーローでいてくれれば、大丈夫だからね。愛してるよ、トト」

「……うん。ありがとう。私も愛してる」


 力なく抱きしめ返してくれるトトに、私はもう二度とトトが傷つかなくていい現実に安心し、満足した。

 愛しい愛しい、私だけのヒーロー。ずっとずっと、愛してる。








 私にとって、ココはお姫様だった。可愛くて、いつだって柔らかくて優しくて、ちょっとしたことで傷ついてしまう宝物だった。

 そんな宝物を守りたくて、ヒーローになりたいと思うようになるのに時間はかからなかった。幸いにその才能があった。周りもそれを後押ししてくれたし、他ならぬココがいつも支えてくれた。

 辛い修練も、痛くて嫌になる時も、理不尽に心折れそうな時も、ずっとココがいてくれた。だから頑張れた。


 いつだって、ココのヒーローでいたかった。ココのことを守りたい。ココの生活を、ココの住む世界を、丸ごと全部守ってあげたかった。

 そのついでに、他の人も助けて感謝されている。それだけだ。もちろん他の人も可能な限り助けようとは思っている。

 だけどついでだ。私にとって世界はココを中心にできていて、ココの為にヒーローをしていた。


 怪我をしてしまい心配をかけてしまったのは申し訳ないけれど、それでやめられるものではない。ココを守るヒーローになる。それは物心がつく前からずっと、私を支える思いの全てなのだから。


「役立たず」


 だけどその声が聞こえた時、初めてヒーローである心が揺れた。

 歪んでいて、ぼそぼそと遠くて、性別も年齢もわからないような声。だけどその奥にある気配は間違いなく、ココの物だった。

 ココが何らかの力に目覚めていることは知っていた。ずっと傍にいたからこそ、わずかな揺らめきのような覚醒にも気が付いた。


 教えてくれなくても気にならなかった。言いたくないならそれでいい。ココが使わないと決めたなら、必要のない力だったんだろう。

 そう思っていた。だからこの声を聞いてすぐにわかった。ココが力をつかって、私のヒーロー活動をやめさせようとしている、と。


 わかっている。あれだけ心配をかけて、リハビリしている間もずっと支えてくれて、なのにまだヒーローをしようとしているのだ怒ったってしかたない。

 ココの為にヒーローでいたいなんていうのは、私の自己満足でしかないのだ。だから遠回しにやめさせようとしているココは悪くない。だけど、無理だった。


 他でもないココから、毎日悪態をつかれる。他の誰に言われたって耐えられた。ココがいてくれたなら。ココの為なら、世界だって守れたのに。

 ココからヒーローでいることを否定されてもヒーローでいられるほど、私は強くなかった。


「私はもう、ヒーローに、なれないよ」


 ヒーローになると、子供の頃に約束したのに。泣きながら謝る私に、ココはどこまでも優しく、あんなに毎日ひどい言葉を投げつけていたなんて勘違いだったんじゃないかと思うほど優しく、私をそっと抱きしめる。


「大丈夫だよ。ヒーローになんてならなくていいんだよ。トトはもう十分頑張ったんだから。私は、ずっと一緒にいるからね」

「……うん。ごめんね。ごめん」


 ココが一緒にいてくれるのはわかっていた。その為、表面的にはいつも通り私のヒーロー活動を応援しながら、力をつかってこっそりと心を折ろうとしたのだ。


「大好きだよ。トト。私にとっては、トトはずっとヒーローなんだから。私だけのヒーローでいてくれれば、大丈夫だからね。愛してるよ、トト」


 なりたかった。ココだけのヒーローに、なりたかった。でももう無理なのだ。ココを守るため、ココの為だけにずっと、ヒーローでいたのに。

 ココが思ってくれるだけ、それが嬉しくないわけじゃない。だけど、本当にココの全部を守る、本当のココだけのヒーローに、なりたかったのに。ココに嘘をつかせて、生活も何もかもココに任せて、これじゃあ、ヒーローなんかじゃない。


「……うん。ありがとう。私も愛してる」


 ヒーローでなくなった私は、夢も希望も無くなった私は、ただ一つだけ残っている愛にすがりついた。

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