第五章

嘘憑きは滅亡の始まり

第34話 兜とお守り

  ◇◇◇


「あの、さ。夏也は……最初からずっと気が付いてたの?」


 一時間後、すっかり調子を取り戻した彼女を介抱しながら、俺を積もった話をしていた。


「ああ。トンネルの前で会った時もさ、顔に手を当てただろ? アレ、シズ姉ぇを助けるためにやろうしてたんだぜ」


「もー、そうだったならそう言ってくれたらいいのに!」


「いきなり斬りかかってきたのはそっちだろ……。正直焦ったぞかなり」


「うっそだ~。夏也、めちゃくちゃ私に手加減してたじゃない! 私はアレで本気だったんだからね」


 戦った時のことを思い出しながら、まるでお芝居の打ち上げのように談笑する。


「そういや、シズ姉ぇはなにか妙にカッコイイこと言って空飛んでたよなぁ。確か、『朽ちろ、雨合羽!』だっけ」


「きゃあああ! やめてっ、アレはね、ほらアレよ! なにかこう、盛り上がってるとその場のノリで言っちゃうのよ! あるでしょ? 普通あるわよね!?」


「……最近はそういうの、中二病っていうらしいぜ?」


「フンだ。どうせ私は小学校までしか出てませんよーだ!」


「ハハ……」


 笑えねえ……。

 そのくせ変身を繰り返したことで、シズ姉ぇは尋常じゃない知識や記憶が蓄えているのだ。

 彼女は今、きっと日本一賢い小学生に違いない。


「まさに見た目は子供、頭脳は大人ってやつだな」


「くぉら。どこに目ぇつけてんの? この七年越しに成長したおねーさまのグラマラスな肢体が目に入らないわけ?」


「はいはい。むしろ身体がちゃんと育ってたことに俺はほっとしてるよ。全然色気ないけど……第一、その髪どうすんのさ? 平安時代のお姫様かよ」


 封印されていても栄養は身体の方にちゃんと行き届いていたようだ。

 くるぶしまで伸びた長い黒髪は、もはや浮世離れしてすら見える。


「コレはコレで良いと思わない? っていうか、そういう夏也こそ、どうして鉄兜なんて被ってたのよ? 傍目から見ればかなりおかしな格好だと思うんだけど……」


 シャドウと呼ばれていた時に被っていた鉄兜。

 それを指さしながら、シズ姉ぇが首を傾げてみせる。

 これは数少ない自分の信条を投影したアイテムだ。


 マスクは顔を隠すもの。ペルソナは己を偽るもの。クラウンは権力を頂くもの。

 ならば、“ヘルム”が示唆する頭部への意味合いは……


「兜はな、『守るもの』なんだよ」


「くっさ~! なになに? 夏也クンってば私を助ける意味で、鉄兜わざわざ被ってたの」


「わ、悪いかよっ」


「いや~、おねーさんそこまで想ってもらえるなんて冥利に尽きちゃうな~。えっへへぇ……うんうん、それでこそ私のナイト様よね!」


 本来の調子を取り戻したのか、何だか妙に軽い感じでからかわれてしまう。


「でも、すごいね夏也……ずっと一人で頑張ってきてたんだ……」


「協力者がさ、二人いたんだ」


「え……だれ?」


「白面巌会長と月影陽子。シズ姉ぇの爺さんと従姉だよ」


「う、嘘……!」


 二年前、仮面の力を手に入れた俺はすぐにMASKへ赴き、白面会長を暗殺しようとした。

 ところがあの老人は、俺に真相を話し……すべては自分の業が生んだものだとして、俺にMASKの清算を頼んできたのだ。

 それが終われば、喜んで自分の首など差し出すとして……。

 結果、俺は会長個人からあらゆるバックアップを受けることになった……。

 俺が使っているこの日本刀とて、白面会長から譲り受けた秘伝の業物だ。

 白面巌は、MASKという企業で戦争用の大量殺戮兵器を開発しながらも、決して日本人の魂であった武の心……その象徴だけはおざなりにはしなかったらしい。

 いつかは人を殺すのではなく、人を生かす活人剣となれるよう会長は自らの理念を“刀”という道具に求めており、そしてそれを……俺へと託したのだ。


「白面会長はかつてこの国の経済を立て直すために奔放したが、ずっと罪の意識に苛まれていたんだと思う……で、俺に介錯を求めたってわけさ。……結局普通にお迎えが来たけどね」


「そう……だったんだ……」


 キースにやられた負傷を時折イタタとこぼしながら、俺はそんなシズ姉ぇを労りつつ……やがてすっくと立ち上がった。


「さて、と。まだ色々と話したいことがあるけど、先に露払いを済ませてくるよ」


「大佐を、追うのね?」


「ああ。ユング大佐……残る標的は、ヤツ一人だけだからな」


「…………そっか」


 シズ姉ぇは記憶が戻ったおかげで、非情な心を失っているのかも知れない。

 元より借り物の感情だ。復讐心から解放されたなら、それで問題はない。

 本来、残酷な世界とは無縁な場所にいた人なのだ。

 わざわざ俺の行為を是正してもらう必要もないはず……。


「俺が怖いかい? シズ姉ぇ。俺はさ、もう……何人も殺したよ。いくら両親の仇とはいえ、人殺しは人殺しだ。既にこの手は血で汚れている……世間は俺を許さないだろうな」


 そう……俺は復讐の大義名分を掲げた連続殺人者だ。

 そんな自分が、果たして今後、のうのうと幸せに生きていくことが許されるのだろうか?

 ……答えは、ノーだ。


「私は……世間のことなんて、どうだっていい。たとえ周りが夏也を責めたとしても、私だけは夏也を絶対に許す……そう、決めたんだから」


「……ありがとう。色々あったけどさ……俺は、シズ姉ぇのことを好きになれて本当に良かったって思うよ……それだけは本当に感謝してる」


「静流」


「え?」


「静流って、名前で呼んで? 夏也は私の旦那様になるんでしょ? 帰ってきたら、その時は覚悟してもらうんだから」


 旦那様か。許嫁の関係などとうにご破算だというのに、彼女は未だに俺との口約束を覚えていてくれているらしい。それがたとえ……甘い夢だったのだとしても……。


「……ああ。そうだな。静流、この戦いが終わったら……」


「ちょぉーっと待ったぁ! やっぱ今の無し! バリバリの『死亡フラグ』が立ってたもの!」


「はあ?」


「あ~縁起悪いっ! それとほらっ、アレよ! よく復讐モノのストーリーって最後はいっつも主人公が死んじゃうバッドエンドじゃない? 私、そんな結末は絶対に認めないからねっ!」


「…………静流、俺は……」


「夏也いい!? あんたは必ず私とハッピーエンドになりなさい! すべてが終わったあと、勝手に消えたりしたら許さないわよ? もし自殺なんかしたらブッ殺してやるんだからね!」


「……ッ」


『ぜったいに許さない! 弁償して! 腕が治るまで君が僕の代わりなるんだッ! いいね その間、自殺するとか許さない。もし自殺したらブッ殺してやる!』

『こ、怖いよぉキミ……。でも……うんっ、わかった……。わたし、キミの手になる……』


 ――遠い日の約束を思い出す。


(まさか、こんなカタチで逆に言われる日が来るなんてな……)


 今では何もかもが懐かしい、幼い頃の思い出。

 できることならば、あの頃に戻ってすべてをやり直したい……。

 センチメンタルな感傷に耽っていると、思わずギュッと手を握られた。

 顔を上げると、そこにはシズ姉ぇ……静流の泣きそうな顔がある。


「イヤだよ夏也。もう、私のこと置いていかないで……。あんな悲しい思いするなんて……私もうぜったいヤダよぉっ」


「……っ!」


 そうだ。俺は今度こそ彼女との人生をやり直す。

 失われた時と、思い出を、今こそ取り戻さなくてはいけないのだ。


「わかった。約束……する」


「ほんと?」


「ああ」


「…………」


 不意に、首から提げたペンダントを外すとシズ姉ぇはそれを俺の首にかけてきた。


「夏也……これ、お守り代わりに持っていって」


 それは、紐で結わえられた……彼女がずっと身につけていたオモチャの指輪だった。


「こ、この指輪……」


「貸すだけだから、ちゃんとあとで返しなさいよ? それ、お金で買い直せるような安物じゃないんだからね?」


 昔の自分が送った物であることは、確認するまでもない。

 胸に万感の思いがこみ上げ、俺の心は温かい気持ちでいっぱいに包まれる。


「やばい、惚れ直しそうだよシズ姉ぇ」


「と、当然でしょ……」


 顔を赤くしながら、ぷいと顔を背けられる。

 切ない鼓動が抑えきれず、やがて俺たちはお互いにそうすることが当然であるかのように、ゆっくりと唇を近づけていった。


「――…………」


 柔らかな口づけを交わすと、頬を染めながらシズ姉ぇははにかんで見せる。


「えへへ。とうとう、しちゃったね……キス」


「う、うん」


「は、初めてだったんだからちゃんと責任とってよね……」


「ああ……!」


 今こそすべてに決着を付けよう。

 俺は、シズ姉ぇに見送られながら再び兜都の中心部……MASKの本社ビル〈クラウンズクラウン〉へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る