第33話 ヒロインの帰還

  ◇◇◇


『クク……はは、フハハハッ……あァ、やってやる……やってやるぞ。見ててくれ、父さん、母さん。俺は……MASKの連中を、ブッ潰す……ッ!!』


 二年前のあの日、この俺……空木夏也はMASKへの報復を誓った。

 そして独自に調査をする中で見えてきた、数々の真実。

 俺たち空木一家はMASKの兵器開発競争という陰謀に巻き込まれたこと。

 幼なじみのシズ姉ぇは俺のことを心配し、助けに来てくれたせいで死んでしまったこと。

 そしてシズ姉ぇは蘇生処置のために〈ゼノフェイスⅡ〉へと改造させられ、挙げ句、偽物の『空木夏也』として擬態させられていたこと。

 自分が何者であったかも忘れ、おぞましい悪意に翻弄ほんろうされつつある彼女を、俺は……何としても救いたいと思った。


 俺がこの忌まわしい故郷、兜都かぶとに舞い戻ってきた理由は二つ。

 一つは父と母の仇を討つこと。

 両親を誘拐し、最後まで苦しめた〈ゼルプスト〉の連中には、既に引導を渡してある。こちらはほぼ完了だ。

 そしてもう一つの理由……その答えは今、俺の目の前にあった。


「――自分のことが、わかるかい? ……シズ姉ぇ」


 黒く長い髪。

 伸び放題になった髪をすくいながら、目の前で惚けている少女に声を掛ける。


「……あ……ァ? わ、ワタ……私……わたし、シズる……。つきカゲ、しズル……?」


「ああ、そうだ。月影静流。本当の君は俺の知っているシズ姉ぇ、だったんだよ」


「……ッ! あ、あぁッ……ぐううウッ、あぁぁぁぁあああああアアアアアッ!!」


 顔を覆い、絶叫するシズ姉ぇ。

 俺はそんな彼女を強く抱きしめ、背中をさする。


「もう大丈夫。もう大丈夫だから! お願いだ……落ち着いて、シズ姉ぇ」


「ハァーッ、ハァーッ!! ぁぁ……ぅ、あ、アァ……ッ。おじ様……おば様も……夏也もみんないない。いないいない! いなくなって、MASKの人たちが殺して……あああ、ああアアアア……ッ、ゆるぜなイ。許せない許せない許せないユルセナイ!! 殺してやるゥ……っく、ハァッ……あぁァァア!! 殺してやる殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるっ みんなみんな、夏也を苦しめたやつらをわたしがこのてでぜったいにころし……」


「シズ姉ぇっ!!」


 悲痛な思いに締め付けられながら、それでも俺はギュッと錯乱気味の彼女を抱きしめる。


「シズ姉ぇっ……もう、終わったんだ……終わったんだよ。全部悪い夢だったんだ」


「オワッタ……。ゼンブ、ワルイ夢……?」


「ああっ……ああ! ごめん、俺のせいで辛い思いさせて……本当に、ごめんっ」


「――ぁ……」


 腕の中で、ゆっくりと弛緩しかんしていく彼女の身体。

 緊張と興奮で高ぶっていたシズ姉ぇの心が、ゆるやかに元のカタチに戻ろうとしていく。


「あ……。夏……也……?」


「うん、俺だよシズ姉ぇ……夏也だ。シズ姉ぇの知ってる夏也だよ……」


「なんか……わたしの知ってる夏也とちがう。夏也はこんなに大きくなかったよ?」


「……七年、経ったからさ。シズ姉ぇも、だいぶ変わっただろ……」


「そぅ……。あぁ……そう、なんだ……なぁんだぁ。そっかぁ~」


「…………うん」


 まるで止まっていた時が動き出すかのように、幼き心が去来する。

 そしてほころびを治すかのように、歯車はゆっくりと回り始め……


「そうだ……わたし、わたしね? 夏也を捜しにいってね、お山に入ったの。会えたら一緒にご飯食べたいなって思ってお弁当も作ったの。それでね? がんばって一生懸命探したんだけど、わたし……自分がどこから来たのか分からなくなっちゃって、それであっちこっち歩いて回ったの……それで……それで、そしたら、そのあと」


 回想される彼女の思い出は、やがて最期の思い出へとたどり着く。


「あ、そっか。わたし……落っこちちゃったんだ。なんかもう、身体が動かなくて考えることもできないんだけど、一個だけハッキリと意識が残ってるの。わたしもう夏也に会えないんだなって、そう思うと悔しくて、すごく悲しくて……なのにどうしようもなくて……。あ、あれ? 変だな? わたし、いま……何で涙なんか……あれ? あれれ……?」


 我知らず、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めるシズ姉ぇ。

 そして手の甲で自分の顔を隠すと、やがて彼女は深く沈黙し……

 不意に空を仰ぎながら、クスクスと乾いた笑い漏らし始めた。


「……あ~……、ハハ。あーあーあー! そっかそっかー、うん。はいはいOKOK、うん! 今ね、頭にビシっときたよ。思い出した。あは……アッハハ! フフッ、だっさぁ。あ~……私何やってんだろ? ……くすくす。笑っちゃうよねぇ? うふふ……夏也ァ、私のこと笑ってもいいのよ?」


「笑うわけ、ないだろッ……笑うわけないじゃないか! シズ姉ぇ……っ!」


「――……、……」


 彼女は深くうなだれ、長い沈黙に入る。

 そして今度こそなにかが決壊したのか、シズ姉ぇは……せきを切ったように泣き出し……


「うっ、うぅっ~っ……夏也ぁ……夏也ぁあ……っ!」


 くしゃくしゃに泣き出した顔は、紛れもなく俺の知っている幼なじみの女の子だった。


「私っ……夏也に、ずっとずっと会いたかったよぉっ!!」


「……ッ、俺も……俺もだよ。シズ姉ぇッ!」


「う……うわあぁぁああんっ!!」


 泣きながら胸に飛び込んできた彼女を抱き留め、今度こそ俺たちは強く抱きしめ合う。

 今ようやくここに、引き裂かれた二人の再会は七年越しに果たされたのだ――。

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