第11話 転校生

  ◆◆◆


 四月。満開の桜が咲き乱れる、春の季節。


 多くの人にとって、出会いと別れの節目となるであろうこの月は、しかし兜都に住む人々にとってその限りではなかった。

 ただ暦が移り変わるだけ。

 だれも街を出ていかぬし、だれも新しい風を吹き込むことがない。

 進級や卒業もただ環境がくり上がるだけで、能力主義で選別された入学時のクラス分けは、相も変わらず見慣れた者たちとのよどんだ絆を育んでいる。

 麗らかな日差しが差し込む春の日にあって、この街……兜都は変わらず凍り付いていた。


 だからだろうか?

 私立兜都学園に編入した俺は、物珍しい転校生ということで一躍いちやく注目を浴びた。

 もとより閉鎖的な環境だ。

 外部からMASKに関係のない人物が訪れるなど、生徒達は夢にも思っていなかったらしい。


「はじめまして、水月夏也です。よろしくお願いします」


 編入初日、早速クラスメイト達から好奇心の目にさらされるも、彼らは積極的にコンタクトを取ろうとはしてこなかった。


 理由は単純。

 生徒達は、幼少の頃から親や教師に損得勘定そんとくかんじょうを叩き込まれているからだ。

 俺という転校生とつきあったとして、果たして自分にメリットがあるのか?

 そうしたギブアンドテイクの理念が、兜都の学生達には根付いてしまっている。

 悪しき風習による弊害へいがいか、彼らは若くして年老いた生き方をしているようだ。


(ならば、この俺が学園を変えてやろう)


 強烈な風となり古きものを破壊する。

 滅ぼすべきはMASKの文化そのものなのだ。


 俺はそう決心すると、授業中に早速“洗礼”と称して難しい問題を指名してきた教師の挑戦を、受けて立つ。

 周りの生徒が苦笑して「無理だろ」と囁く中、俺の頭脳は今や日本一冴えきっていた。


(――〈マスカレイド〉!)


 身体の一部分だろうと、存在そのものに成り代わることができる悪魔の化粧。

 全国模試で一位を取る頭脳をトレースした俺は、難題と言われる問題をたやすく解き、そのまま黒板に問題の式と理論を事細かに筆記する。


「……いかがです? 何なら次の問題をやってみせますが?」


 教師は唖然とし、クラスメイト達は信じられないというように目を丸くする。


「せ、正解だ……。みんな、水月君に拍手を……」


 更に、続く体育の授業ではわざわざ変身能力を使うまでもなかった。


 鍛えられた全身の筋肉を用い、短距離走や走り高跳びでは校内史上のスコアを覆し、バスケットボールではダンクシュートを決めて、得点王として帰り咲く。


 閉鎖的だったクラスメイトは黄色い喝采をあげ、俺は数日で圧倒的な賛辞を受けていた。


「すっげー! なあなあっ! お前ってマジ何者なん? 完璧超人かよ~!」


「ねえねえ水月君ってさぁ、いいよね~。クールでカッコイイし、憧れちゃうなぁ」


「彼、どんな女の子がタイプなのかしら……前の学校で彼女っていたのかな?」


 俺の席には多数の男女が群がり、休み時間や放課後は、運動部からの勧誘がひっきりなしに続けられる。


 もはや完全に時の人。

 俺は兜都学園における期待の超新星としてもてはやされていた。

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