第7話 脱走準備
幼なじみ二人からの救助は、ついに……来ることがなかった。
あれから十五歳になった僕……かつて空木夏也だったモノは、今や完全にすり切れ渇ききっており、その心の奥底にはどす黒いものが
当時、自分を生かす原動力となっていた唯一の希望……幼なじみと交わした約束は絶望の闇へと染まり、暗い負の想念と化していた。
なぜ助けに来ないんだ?
あんなにも二人を信じて待っていたのに、まるで音沙汰がない。
信じていたのに……心の底から、二人の助けを信じて待っていたというのに……ッ
「――ぐぉぉぉぁぁあああアアアッ!」
自分ではない者が発した声に我に返ると、僕は今更のように同僚の首を絞めていたのを思い出した。
「だ、だずけ……助ゲ、デ……、ヒュッ……はっ、もう、ゆ、ゆるずぃて……」
かつて、洗礼と称して僕をいたぶっていた先輩の少年兵達。
今や彼らは周りで泡を吹いて転がっており、そのリーダー格だった男も、僕の手の中で
「お前は、僕が同じこと言ったとき……やめてくれたか?」
「ひぃ、ゥぐっ! ガッ……はっ……ぁぐ、ぅぎゅ、ヒッ、ぎぃ、あ、ぁあアアッ」
相手を壁に叩きつけたまま、首を掴んで身体を持ち上げる。
このままくびり殺してやろうか?
今なら簡単に、わけもなく、造作もなく、にべもなく、たやすく実行できる……。
……クククッ。
あァそうだ……初めてこの施設に入れられた時、泣き叫び、許しを乞い、助けを求めていた脆弱な自分はもういない。
信頼していた幼なじみに裏切られ、捨てられたという負の情念が、僕にヒトを呪い、憎み、破壊するだけの力を沸き上がらせていた。
どいつもこいつも気に入らない。みんな、みんな死んでしまえ!
歯軋りをしながら、殺意を込めて指の力を強める。
知らなかった。僕の中には凶暴な獣のような本性が眠っていて、そいつが牙を剥こうとする機会を今か今かと待ち構えていたということを。
「動くなッ!」
だが次の瞬間、僕は騒ぎを聞きつけた〈ペルソナ〉の職員によっていつの間にか周囲を包囲されていた。
職員と呼ぶにはいささか優しすぎる表現だっただろう。
彼らの被り物、暗視ゴーグルとガスマスクを兼ね備えた顔面は、骸骨がマスクをしているような恐ろしげな意匠が、施されていたからである。
催眠暗示と薬物、そして〈アニマ〉の投与によって人間兵器へと化した、一騎当千の〈超我兵〉。
ライフルを構える彼らの足捌き一つとっても、さまざまな武術家の歩法を取り入れた練達な動きをしており、体幹から強さが迸って感じるほどだ。
喧嘩の延長でやり合うには、さすがに分が悪い。
(チッ……)
僕は職員達に取り押さえられると、懲罰として施設内の独房へと放り込まれた。
問題児を閉じこめておくための牢獄。
普段は沈黙に包まれた空間が、今は微かに不規則な音を立てている。
どうやら中には、既に先客がいるようだ。
外国人だろうか? 中にいたのは、真っ赤にした髪の毛を逆上げ、顔に十字架のタトゥーを入れた奇抜な風体の少年だった。
「ヘェ、まさかここにお客さんが来るたぁねェ。……知ってるぜ? あんた空木夏也っていうンだろ? ここじゃ有名らしいじゃン」
いったいこいつは、どんな問題を起こしたのだろう?
「よろしくな。オレはキースってンだ」
片方の目だけを器用に見開きながら、ピアスを入れた舌をベーっと出して見せる。
「…………外国人が、こんな日本の施設で何をしている?」
「カー! おいおい、寂しいこと言うなよ。グローバルスタンダードでいこうや?」
「…………」
「ヘヘッ、そう
「……辞めたいと言って、辞めさせてくれるような場所じゃない」
「だからサ。まぁ、脱走しようかと思ってね。あんたも一口乗らない?」
「脱走……だと?」
拘束されているにもかかわらず、自由気ままに振る舞おうとするこの男。
キースの情報によると、死体を捨てるダストシュートは複数あり、一つはそのまま崖下の川へと繋がっているらしい。
水面までの距離は低く、更に川は集落へと繋がっているというのだ。
(確かにこのまま施設にいても、日常に帰ることはできない……)
いずれは自分も〈アニマ〉の投与を受け、機械的に身体を制御されることになるだろう。
そう、〈アニマ〉を注入されれば、ヒトとしての尊厳は完璧に失われる。
そこに、人間性や“個”としての魂はもはや存在しないのだから。
強力な技能と引き替えに、自分ではない誰か……“みんな”の一部になってしまう。
そんなのはごめんだ。有象無象の一部になることだけは絶対に!
たとえろくでなしと呼ばれようが、僕は自分としての個性を失いたくはない。
――もはや自分を救えるのは、自分だけなのだから。
ならばやることは一つだろう。
チャンスは、監視の目が屋内から外れる演習の時のみ。
僕はキースの提案に乗ると、脱走作戦を共に行うことを決意した。
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