第16話 がんばれみちる! 狙われたもちづき食堂
その1
蒸し暑い夏の日だった。日光は一切の情け容赦なく街に降り注ぎ、アスファルトから立ち上った熱気が陽炎になって揺れていた。
異世界への扉が開いたのは、そんな日の午後のことだった。クリーム色にくすんだビルの壁をベールのように揺らめかせ、一人の少年が姿を現す。
鈍い赤色のシャツに、灰色のパーカー。目深に被ったフードの奥で、商品を物色する盗人のような瞳が光っている。
照りつける太陽を厭わしげに一瞥して、少年は歩き始めた。背後にそびえるビルの壁には、小さなバツ印が残されている。少年には知る由もないことだが、それは一週間前、ユウコが残したものに違いなかった。
すなわち彼こそがカガイヘイムの尖兵。名をブラックといった。
ブラックは周囲を素早く見回し、移動を開始した。通りの人混みに紛れ、ごく自然に街並みを眺める。背の低いビルがのっぺりと立ち並んだ、変化の乏しい地方都市。緩やかな衰退の気配が、町全体を包んでいる。
ブラックが興味をそそられるものは、何もなかった。
だが、カガイヘイムの戦略上、この街は大きな意味を持つ。今のカガイヘイムが持つ技術では、人一人通れるだけの扉を作るのに、通常半年以上を要する(グレゴリオ暦換算)。だがこの街では、一週間に一つ以上のペースで扉を開くことができるのだ。
専門家によれば、地脈の流れがどうとかで、カガイヘイムの技術と相性が良いという話だったが――ブラックにとってはどうでもよかった。
この街を壊すことが彼の任務だ。それ以外は、あえて考える必要はない。
「……ここにするか」
だから、そのファミレスを選んだのもただの気紛れに過ぎない。頼んだ料理も、上から適当に選んだだけだ。
ブラックの存在位相は、今もカガイヘイムの側に偏っている。それ故に彼の体は、有害無害に関わらず、この世界からの干渉を拒む。
この世界でブラックが火器や不幸な事故の危険に晒されることはない。同時に、彼はこの世界の食事を消化吸収することもできない。
「お待たせしました!」
店員がにこやかに運んできたいくつかの料理を、ブラックは無感動に見つめた。
ドリア。豆のサラダ。トマトと唐辛子のペンネ。その全てが、彼にとっては意味をなさない。食べたところで、蓄積するのは異物感だけだということを知っている。
「こちら、お皿がお熱くなっております。注意してお召し上がりください」
「うん。ありがとう。――えい!」
ブラックは皿をひっくり返して、店員にぶつけた。熱々のドリアをエプロンにぶちまけられた店員が、「熱ッ」と叫んで皿を落とす。
「あ、ごめーん。こぼしちゃったぁ」
ブラックは口角を歪めて、足元を指差した。
「でも、僕の靴にもこぼれちゃったんだよね。拭いてくれる?」
「し……少々お待ちください」
店内の視線が少年の席に集まる。他の店員が助けに来る気配はなかった。この時間は客の入りが少ない。そもそも、然程多くの人員は配置されていないのだ。
「急いでよ、ほら。これ使っていいからさ」
かがんだ店員の顔におしぼりを投げつけて、ブラックはその表情を覗き込んだ。
「もしかして、ムカついちゃった?」
「……いえ!」
店員がひきつった笑顔を見せた。まだダメか。
「ああ!」
ブラックは店員の頭上でカトラリーケースをひっくり返した。アルミニウムのカトラr―いがぶち撒けられて、甲高い音をたてる。
「フォークもなくなっちゃった!」
「すぐ、替えをお持ちしますね」
「まず拾ってよ、気が利かないなー」
「……かしこまりました」
若い店員の表情が引きつる。それはもう、愛想笑いとも呼べなかった。
ブラックは再び、店員の表情を覗き込む。
「ムカついちゃった?」
「いえッ……お客様ですから」
「うーん。そうじゃないんだよね」
ブラックは店員の感情を観察した。怒りがないとは言えないが、どちらかと言えば怯えの方が強い。ここから怒りを盛り返させるのは難しいだろう。
「ちぇ。しょ〜がないな〜……ツイてたね、キミ」
店員の肩を叩いて笑うと、ブラックは一銭も払わずに店を出た。周囲を見回して、使えそうな人間を探す。ガイスルーを生み出すのに適した人間を。
戦いに向けて存在位相をさらにズラせば、ブラックの体はほとんどこの世界の影響を受けなくなる。物理的な攻撃はそもそも当たらなくなるし、重力に逆らうことすら可能だ。
しかしその時には、ブラックがこの世界に与える影響も、限りなくゼロに近づいていく。安全を確保しながら街を壊すためには、ガイスルーが必要だった。
ガイスルーは人間の感情を核に持つ。強いガイスルーを作るためには、攻撃的な感情を抱く人間を使うのが一番だ。少なくとも、ブラックはそう考えていた。
怯えでは足りない。
しかし、怒りの感情が街中で発露されることは存外に少ない。夜の繁華街ならいざ知らず、ブラックが歩き回っているのは休日昼間の駅前通りだ。辺りを行き交うのはどこかに向かう途中の穏やかな人々で、本格的な怒りを滾らせている者は見当たらない。
今度は誰にちょっかいをかけようか。品定めに移りかけた時、ブラックは見つけた。
「……おっ」
駅前広場に、小さなトルコアイスの屋台が出ている。店の前には客が一人、店主に弄ばれていた。アイスをコーンに乗せてもらえなくて、乗せてもらえたと思ったらコーンごと没収されて……客は苦笑を浮かべている。
ブラックはスキップすらしかねない足取りで、屋台に歩み寄った。またアイスを没収された客の肩に手を回す。
「ムカついちゃった?」
「えっ?」
客がぎょっとして振り向く。ブラックは今日一番の笑顔を浮かべた。
「いいね、その気持ち。すごくいい。……僕がもらうよ?」
ブラックは首から下げた鍵をむしり取った。古風な鍵が、鮮やかなオレンジ色に輝く。アイスを受け取れない客の心が光に反応し、その額に同じ色の鍵穴を生成する。
ブラックは“黄昏時の錠前”を開けた。
「出てこい! ガイスルー!」
鍵の形に整形された超自然の物質が客の心と結びついて、飛び出した。心は手近にあったトルコアイスの屋台を取り込み、確かな実体を得る。二本の足が大地を踏みしめた。
もちもちとした白い巨体。トルコアイスガイスルーだ!
<ガイスルー!>
トルコアイス屋の店主がくずおれ、駅前広場の人々は雲の子を散らすように逃げ去った。
ガイスルーが進撃を開始する。
ブラックは微かに小鼻を膨らませた。彼の生み出した怪物は、これからこの穏やかな休日の昼下がりを阿鼻叫喚の地獄絵図に変えるのだ……。
その時、煙を吹き出す飛翔体が突っ込んできた! 一筋の白煙がトルコアイスガイスルーに突き刺さり、爆発と共にアイスを巻き散らかす!
<ガイッ!?>
「何!?」
ガイスルーがよろめく。ブラックは素早く索敵した。
すぐに敵は見つかった。銀鼠色の影が空中を一回転して、コートをひらりと翻した。星形の髪飾りが煌めいて、同じ色のポニーテールが揺れる。
見事な着地を決めた少女が、挑発的にブラックを見上げた。
「アタシを探してるのか?」
「ルミエクレル……マジで復帰したのか」
「そう言ったろ。お前らの相手は、アタシがする」
「いいよ。遊んでやる。ガイスルー!」
飛び散ったトルコアイスの欠片が再集結する。吹き飛ばされたガイスルーは瞬く間に原型を取り戻した。
<ガァイスルー……>
トルコアイスガイスルーは不定形の拳を持ち上げた。銀鼠色の魔法少女が応じるように構える。直接打ち合うつもりか。
ブラックは鼻で笑った。根本からズレてやがる。
<ガイスルー!>
「来い!」
飛びかかった少女に、ガイスルーの拳は当たらなかった。ルミエクレルの脇をすり抜けたトルコアイスの腕はまっすぐに伸びて、背後の構造物を狙った。東西口の連絡地下通路。白い腕が男を一人、掴み出した!
「アッ、ウオッ――!」
「ショウジ!」
ルミエクレルが跳んで、ガイスルーの腕を粉砕するまで。ほんの瞬きの間に、ガイスルーは三度、男を地面に叩きつけることができた。倒れた男は血を流して動かなくなる。
「いやあ、はは! 人間は脆いよな。君が捕まってれば、こうはならなかったろうに!」
「テメエ……」
ブラックは白い歯を見せた。その方が彼女たちには効くことを知っているからだ。
「君は弱くなってるよなァー? 昔みたいなプレッシャーをまるで感じないもんな。昔とはぜーんぜん違う。衰えた体に鞭打って、ザコい奴らと手を組んで、それでもガイスルーにギリギリ届くかってトコだ。そうだろ?」
少女が抱き起こした男が、ぴくりと動いた。まだ生きている。そのように攻撃した。
<ガァイスルー!>
トルコアイスガイスルーが乱打を放った。標的はエクレルの協力者。生身の人間を背後にして、少女は守勢に回らざるを得なくなる。この程度で彼女自身を詰むことはできないだろうが、時間稼ぎには十分だ。
そして、時間が稼げれば――。
ルミエクレルの背後で、男が血の塊を吐いた。すぐには死なない。だがこのまま放置すれば確実に死ぬ。そのように攻撃したからだ。
ブラックは哄笑した。
「アハハハハハハ! そんな顔するなよ、ルミエクレル! こんな攻撃、君にとっては痛くも痒くもないじゃないか!」
「チ……」
「けどそうだよな。後ろのやつはもう死ぬもんな。そしたらそれは、君のせいだろ? 君がこんなトコまで連れてきたからだ。君が守り損ねたからだ! 想像するだけでも悔しいよな、僕も悔しいよ。はー……」
ブラックは涙を拭って見せた。
「僕らも学習してるんだ。こうすると君たちには効くんだよな。どんなに安い挑発だとわかっていても……」
粘つくトルコアイスが濁流のように押し寄せ、魔法少女を釘付けた。
ブラックは顎に手を当てる。
「ずっと興味があったんだよな。ルミエールは何度でも仲間と手を取り合って立ち上がる。仲間の質が低いと、やっぱり負けっぱなしになるのかな? 教えてくれよ、ルミエクレル!」
銀鼠色の魔法少女は顔をしかめた。トルコアイスの奔流から脱する術はない。少なくとも、彼女が倒れた仲間を守り続ける限りにおいては。
ユウコは呟いた。
「……クソが」
◆
「まずいな」
ノボルが呟いた。階段に這いつくばるようにして、地下通路からわずかに顔を出している。彼の着込んだ灰色のスーツは、既に埃まみれになっていた。
彼らは事前の仕込み通りにブラックがこの世界に現れたのを察知し、ここまで先回りしてきていたのだ。
「晴一くん、攻撃するぞ」
「マジですか」
晴一は顔をしかめた。ロケットランチャーはショウジが握りしめたまま、ガイスルーに引きずり出されてしまった。手元にはガイスルーにダメージを与えられる武器がない。
「死ににいくようなもんですよ」
「すぐにさくらたちが来てしまう。君も同意したろう? それでもやるんだ」
「それは……」
晴一はノボルを一瞥して、自分の顔を強く張った。
「すいません、ブレました。やりましょう」
「よし。ロケット弾をくれ、一発でいい。私がランチャーを拾いに行くから、君はガイスルーの気を引くんだ」
ノボルは腰に手を伸ばして、黒い自動拳銃を引き抜いた。ロケット弾と拳銃を交換して、晴一は、短く尋ねる。
「それで?」
「ショウジさんを回収するんだ。人質がいなけば、ユウコは自分の面倒を見られる」
「わかりました」
「よし。準備はいいか? ……行くぞ!」
声に合わせて晴一は飛び出した。ワンテンポ遅れて、ノボルが体を起こすのがわかる。
晴一は肺の中の空気を吐き出した。
「こっちだ、ガイスルー!」
同時に拳銃の引き金を引く。バン、と乾いた銃声が響いて、薬莢が飛んだ。ショウジの銃よりもいくらか重い反動が右肘を軋ませ、スライドがブローバックする。
「あ……?」
<ガイ……?>
効果はテキメン。ブラックとガイスルーが同時に晴一を振り向いた。
さあ、ここからだ。晴一はさらに引き金を絞った。銃弾がブラックの体をすり抜ける。
「だからさあ……」
ブラックが頭を掻き毟った。
「ぼくらに鉄砲は効かないのな。いい加減学習しろっての。……ガイスルー、やれ」
<ガァイ……!>
ガイスルーが震えた。ずるりと湿った音をたてて、新たに一対の腕が生成される。トルコアイスの性質を取り込んだが故の変幻自在だ! これにより、ガイスルーはユウコたちを攻撃しながら晴一を攻撃することが可能になる!
「そんなのありかよ」
晴一は銃撃をやめて、走り始めた。ブラックとガイスルーの意識は自分に集中している。有効打がなくとも、逃げ回って時間を稼げれば――。
ガイスルーの腕が振り下ろされる。一瞬前の位置に大質量が叩きつけられ、爆風が押し寄せるのを晴一は感じた。
世界が回転し、剥き出しの腕がアスファルトにすり下ろされる。ひっくり返った視界の端からロケット弾が飛んで、ガイスルーに着弾した。
<ガァイ……>
ガイスルーが踏鞴を踏む。ブラックが口の端を歪めるのが、妙にはっきりと見えた。ノボルを嘲笑したのだろう。
「ガイスルーも成長するんだぜ。君らもちょっとは成長しろよ」
<ガァイスルー!>
たたらを踏んだガイスルーが、輪郭を歪めて新たな足を生成する。トルコアイスの性質を取り込んだが故の変幻自在だ。四本足は完璧に踏ん張り、ガイスルーが倒れることはなかった。
白い腕が叩きつけられる。とっさにノボルが手放したのだろう。ロケットランチャーが宙を舞った。
(くそ――)
晴一は握ったままの拳銃を構える。作戦は失敗したのかもしれない。だがそれは、彼が諦める理由にはならなかった。ユウコが動けるようになれば、まだ勝機はある。自分がロケットランチャーを手に入れられれば、まだ勝機はある。
ブラックを殺せれば、まだ――。
晴一の放った銃弾は、単純に外れた。
「バカだな、お前は」
ブラックは羽虫を追い払うように手を振った。
「そいつから始末しろ、ガイスルー」
<ガァイスルー……>
トルコアイスの塊が晴一を捕らえた。
「ルミエクレル、お前のせいだ。お前が弱くて、お仲間は死ぬんだぞ。よく見とけよな」
嗜虐に満ちた表情で、ブラックは晴一を見た。
「顔を見せてやれよ。死ぬ時のツラをみんなに覚えといてもらえ」
やわらかい、しかし脱出を許さないアイスの拳の中で晴一はもがいた。
「ユウコさん――」
できるだけ自然に、首を振り向ける。お預けされた子犬のような目で、ユウコがこちらを見ていた。
「目を閉じていてください」
その時にはもう、晴一は片腕を引き抜くことに成功していた。握りしめていた最後の武器を、肘の力だけで放り投げる。安全ピンは、アイスの中で抜いていた。
「は」
ブラックが軽薄に笑う。落ちてくるそれが、手投げ弾の一種であることを認めたのだろう。あるいはさらに進んで、晴一が自爆を選んだと思ったのかもしれない。
少年は年相応の無邪気さと邪悪さで、小さく肩をすくめて見せた。
「だからさ、効かないんだって――」
爆発の瞬間。円筒は空中に止まったようにも見えた。晴一はぎゅっと目を閉じて、その時に、備えた。
――カッ!
「ギャッ!」
<ガァイ!?>
視界が真っ白に染まった。敵が同時に苦悶の声を上げる。アイスの拘束が緩み、晴一は地面に落下した。
「ナイスだ少年!」
ユウコがアイスの塊を引きちぎる。見えない階段を駆け上がるようにして、銀鼠色の影が宙を走った。一歩踏み出すその度に、輝く火花が弾ける。
「フォルスクロス」
魔法少女が呟く。固めた拳が抗うように明滅した。
「スクリュー!」
<ガッ……!>
ガイスルーは苦悶の声を上げた。ユウコが拳に込めた、ルミエールと同じ光の力。それはカガイヘイムで未だ解明されていない超自然のエネルギーだ。
トルコアイスガイスルーはやわらかな体でその全てを受け止め……完全にその核を破壊されていた。
<ヤ……>
ガイスルーが崩れ落ちる。
「耐えろ、ガイスルー!」
ブラックの叫びも虚しく、ガイスルーは崩れ落ちた。やわらかな光の奔流が周囲を包む。その中心で、トルコアイスの屋台が微笑んだ。
<ヤスラーグ……>
「クソッ!」
ブラックは目を押さえたまま空中をのたうちまわった。
「クソクソクソクソ! テメェのその面! 覚えたからなあ!」
シュン、と微かな音を立てて、ブラックは姿を消した。それを最後に、周囲には静けさが戻ってくる。
晴一はアスファルトに手をついた。戦いは終わったと考えていいのだろうか。
「少年。立てるか」
見上げると、ユウコが手を差し伸べている。晴一は素直にその手を掴んだ。ユウコのはめた銀鼠色の手袋は、冷たくてすべすべしていた。
「怪我は?」
「平気です。それより、おじさん連中が」
「あの人たちなら、大丈夫だ」
瓦礫の中から、ショウジとノボルが立ち上がるのが見えた。あちこち汚れているが、大きな怪我は見当たらない。
破壊された街が、きらめきと共に修復を始めた。
「街と同じさ。ガイスルーを倒せれば、怪我した体も元通り。病院の世話にもならずに済む。よかったな、少年」
ユウコは晴一の背中を叩いた。
「それより、どこから閃光弾なんか持って来たんだ?」
「廃ビルの棚に置いてあったんです。あいつは銃弾をすり抜けてる時も、こっちを見て会話してる。感覚への攻撃は効くと思ったんです。……半分以上は、賭けでしたが」
「勝ったんだから言いっこなしさ」
今度はユウコに頭を撫でられて、晴一はむくれた。
「やめてください」
「その辺にしとけ」
ショウジがのそのそと近づいて来た。
「さっさとズラかるぞ。すぐにホンモノが飛んでくる。鉢合わせするのは嫌だろうが」
「おう」
ユウコが変身を解く。晴一はショウジとすれ違うようにしてノボルに駆け寄った。
ノボルはランチャーを持ち上げようとしたところだった。
「手伝います」
「いや、大丈夫だ。それより――」
ノボルが空を見上げた。つられて見上げた青空に、小さな星が三つ、並んで輝く。
ルミエールが近づいて来ているのだ!
「もう来たぞ。急げ!」
「車を――」
「間に合わン。隠れるぞ」
ショウジが手近な路地を示した。真っ先に隠れたノボルに続いて、晴一も狭い路地に走り込む。不満げなユウコを押し込んだショウジが路地に蓋をして、四人は息を潜めた。
ほどなくして、無人のロータリーにルミエールが着地する。ユウコとショウジの肩越しに、桃色の魔法少女の姿が見えた。
「あれ? ガイスルーは?」
「姿がないわね。隠れているのかも……」
きょとんとしているのはさくらの声、張り詰めているのはななみの声だろう。少しだけ間があって、能天気な声が言った。
「気のせいだったんじゃないの〜?」
「そうかな、そうかも……」
「ちょっと、急に自信をなくさないでよ。ガイスルーの気配を感じたんでしょう?」
「けど、昨日は夜更かししちゃったし。寝ぼけて間違えちゃったのかも……へへ」
桃色の魔法少女が極まり悪そうに頭をかいた。
「もう……」
ななみの声がため息をつく。能天気な声がそれを宥めた。
「まあまあ、何事もないなら、それが一番良いんだから。帰りにウチ寄ってく? チャーハン奢るよ〜?」
「え、ほんとに!?」
「ちょっと、まだ何もないと決まったわけじゃ……」
「もしかして、ななみちゃんはチャーハンいらない?」
桃色の魔法少女が首を傾げる。ななみの声がグッと詰まった。
「……この姿の時はイリゼ。言ったでしょう」
「じゃあ、イリゼも行こうよ!」
「……ステラがそう言うなら、仕方ないわね」
魔法少女の姿が視界から消える。立て続けに光が弾けるような音がして、彼女たちが変身を解いたのがわかった。
教室のそれと変わらない年相応の会話が遠ざかっていく。
「……行ったか」
ショウジが路地から身を乗り出した。列車が駅に入り、乗客が駅前ロータリーに降りてくる。逃げ散ったはずの人々は、何があったのか忘れたみたいに戻って来ている。
「アタシは隠れる必要、なかったと思うんだけどな」
「何を言うか。お前はツラが割れとるんだ。不用意に接触するのは避けねばならん。車を持ってくるから、少し待っとれ」
「……やれやれ」
ユウコがため息をつく。晴一は路地から身を乗り出した。ロータリーの向こうに、見慣れた少女たちの背中が遠ざかっていくところだった。
晴一はノボルを振り向く。休日の父親はロケットランチャーを抱えたまま、ほんの少しだけ口角を持ち上げた。
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