氷瀑殺人事件

@pranium

第1話

 これは●●県の冬山に、一人で氷瀑を見に行った時の話である。



 そこは山脈の東端の、中くらいの登りやすい山だった。


 冬になっても山道は開かれていて、雪の中を滑落に注意しながら進むことができる。


 中腹までは、薄い雪が足首まである程度だったので、山道をさくさくと進むことができた。


 4合目になると吹雪いてきて、山道がほとんど雪で埋もれていき、山頂が雲で完全に見えなくなってしまった。


 こんなに整備されているルートを通って、遭難と言うのも格好が悪い。そうなってはいけないので、私は一旦小屋に避難することにした。


 小屋は割と広くて宿泊もできそうなほど設備が揃っている。今は厳寒期だからか、他には男1人しか滞在していなかった。


 その男は地元の写真家を自称する、戸塚という男だった。


 戸塚は30くらいの好青年だったが、彼には不釣り合いな、エスキモーを思わせる毛皮の大きなジャンパーを着ていた。


 軽い自己紹介の後、私が氷瀑を見に来たんだというと、彼は提案をしてきた。


「それなら、私が案内しますよ。たった100メートルほど西にね、大きい滝があるんです。私も行く予定でしたので、一緒に行きませんか。」


 私は思わぬ助っ人に快諾した。


 この吹雪の後に一人で行動するのは、正直言って危険と言わざるを得ない。戸塚は地元の人間と言うし、よくルートも頭に入っているようだった。


 吹雪は意外とすぐに止んだ。ドアを開けて空を見てみると、白い太陽が正面に光っていて、見渡す限り青い空が広がっていた。


 私と戸塚はすぐに大きなリュックを背負い、小屋を後にした。


 戸塚の後をついていくと、すぐに目的地に着くことができた。


 そこにあったのは、私の想像を超えた迫力の氷瀑だった。急な斜面の15メートルほど上から、真っ白な巨大な氷柱の集合体が目の前まで連なっている。


 私は、その暴力的な氷柱の怒涛に圧倒された。それらは私たちを突き刺そうとしているようにも見えるし、時を止められた雪崩にも見えるし、冷たい地獄の底にも見える。


「いやあ、素晴らしいでしょ。


 ここまで凍り付いた、氷柱でできた滝というのは、ここ数年でもそうそう見られない出来ですよ。」


 私はあらゆる角度からカメラを回し、この迫力を楽しんだ。


 戸塚はニコニコしながら言ってきた。


「実は、ここは滝つぼも水面が完全に凍るんですが、そのおかげで滝の真下やその奥まで行けるんですよ。この奥は小さい洞穴になっていましてね、どうですか?行ってみませんか?」


 私はもちろんと言って、滝の裏側を見ようと歩き始めた。そんなことまでやっていいのかとワクワクして、私の心はさながら少年であった。


 暖簾をくぐるように氷柱をよけて中に入ってみると、奥には学校の教室ほどの大きさをした洞穴があった、


 「わあ、これはすごいですね。」


 私は感嘆のつぶやきをして、一番奥から氷瀑を裏側から見てみた。


 中は薄暗かったので、空の逆光をやさしく受け止める氷の柱と、乱反射する小さな氷柱がキラキラとして、なんとも幻想的であった。


 まだ目が慣れていないのか、入口に立っている戸塚が薄暗いシルエットを帯びている。


 彼は何か長い棒のようなものをそこらから取り出して、言った。


「ええ本当に。素晴らしいでしょう、ここは。」


 戸塚が長い何かを右手で持ってこちらに歩いてくる。その棒の曲線、持ち方からして、見た目だけは侍のようである。


「あの持ち方と銀色は……。」



 私が言った次の瞬間、私の胸には日本刀が刺さっていた。


「え……、戸塚さん……?」


 戸塚が私を突き倒した。


 私の喉元に口いっぱいに噛み付いたと思うと、そのまま力のままに食いちぎった。


 私が何のリアクションも取れないのを見ると、彼は私の肌が露出している部分から喰い始めた。


 意志とは関係なく、喰われる度に四肢のどこかが跳ねた。


 私は痛みを感じなかった。胸と喉の違和感と異常な熱。


 薄れていく意識の中、視界が真っ暗になるまで、戸塚が私の身体を食べ散らかす様を見ていた。

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