ヒーローとは

ヒーローとは

　バクロニムである。すなわち、制度の呼称をHERO（名詞：ヒーロー、英雄）という単語に合わせたものとなる。つまり、Human Extended for Relief Objective（救済目的のための人間拡張）である。

　この制度下において、すべての善良なる市民はその属する社会集団の安全を維持するため、自らの自由な意思をもってH.E.R.O.処置を受けることができる。これは対象に超人的な特殊能力を付与するものであるが、付与される能力については無作為性があり、危険を伴う（別添資料『H.E.R.O.処置について、その宇宙的起源と危険性』を参照のこと）。

　H.E.R.O.処置を施された市民は治安維持局の監督下におかれ、要請があり次第その能力を用いた活動を行うことが期待される。なお、治安維持局は対応を必要とする一案件につき複数のH.E.R.O.処置者に対し活動要請を行うので、受諾は義務ではない。

　さらに、活動目標達成の失敗や未達に対しては免責される。一方で、成功時の報酬は支払われないか些少にとどまる（別添資料『H.E.R.O.活動に対する免責と報酬支払』を参照のこと）。具体的には活動場所への移動手段の提供、活動が長期にわたった場合の衣食住の現物提供のみとなる場合が多い。

　H.E.R.O.処置時に詳細な説明が行われるが、処置とその除去を含め、活動には生命、財産の危険が伴う。特に、近年、H.E.R.O.処置を除去しないままその能力を私利私欲にのみ用いる脱走者が増加している点を留意頂きたい。

　以下に代表的なH.E.R.O.処置者のコードネームとその活動事例を挙げる。

【エックスレイ・ソルジャー】

男性　２５歳

＜能力＞

目、指先などを始めとする体表面から高エネルギーエックス線を放射可能。その方向と強度も操作可能。また、自らは電磁波による害を受けない。

＜代表的な活動事例＞

・ペンシルベニア原発事故の際の内部調査、捜索、救助作業。

・テロ組織『九月の赤い砂』への捜査協力、および爆発物探査と無効化。

【サン・ジャイアント】

女性　４２歳

＜能力＞

太陽光の下でのみ、自らの体組織を増量可能（身体の巨大化）、また、その組成を無機物に変更可能。変更後も通常の人間のように活動可能で本人は組成変更・巨大化による害を受けない。

＜代表的な活動事例＞

・地震による東海道新幹線脱線事故における救助、復旧作業。

・脱走者【マルチプル・アーム】への捜査、逮捕協力。なお、現在【マルチプル・アーム】はH.E.R.O.処置を除去され服役中。

【マテリアル・ツイスター】

性別、年齢は非公表

＜能力＞

周囲の両手に握れる範囲の物質の組成を変更・変形可能。その他、能力の詳細や制限などについては非公表。

＜代表的な活動事例＞

・脱走者【フライング・エンジン】への捜査、逮捕協力。なお、現在【フライング・エンジン】はH.E.R.O.処置を除去され服役中。

・脱走者【プラネット・イーター】への捜査、逮捕協力。なお、【プラネット・イーター】は逮捕活動に伴って行方不明だが、その際の状況から捜査の継続は不要と判断されている。

「説明はここに書かれている通りだが、もっと考えなさい。H.E.R.O.処置は衝動的に受けていいものじゃない。特に君のような十代の若者には勧められない」

「みんなそう言います。もっと勉強し、経験を積めって。でも僕は自分の出来ることをしたいんです」

　若者は、また来たか、という顔の役人に熱心に訴えかけた。しかし、その役人はもうほとんど興味を失いかけていた。こういう若者を何十人も追い払ってきたのだった。そして、いつもの説得を始めた。馬鹿でなければこれでわかって帰ってくれる。

「君は、ヒーローとは何で、何をすると思っている？」

「もちろん、超人的な能力を持ち、社会のために戦い、社会に尽くす存在です」

「違う。ヒーローとはごく小さいものだ。その動機はだれかの役に立ちたい、だれかの苦悩を取り除きたい。そういうものだ。君にはそういう『だれか』はいるか？　具体的に名前のあげられるような」

　返す言葉もなく黙り込む。役人はさらに言葉をつづける。

「ヒーローの活動はそこから始まる。特殊能力なんか本当はいらないんだ。身近な、顔のわかる人を助け、苦しみから救うんだ。そのために空を飛ぶ力なんかいらない。抱きしめて、愛してると伝えるだけでいいんだ。君はそういうヒーローになれるか」

　しばらく下を向いていた若者が顔を上げたとき、その顔はほほ笑んでいた。

　握手をし、部屋を出る若者を見送りながら、役人は考えていた。

　こういうヒーローの生みだし方もあっていいだろうさ。

了