スタンドアップ・ボーイズ! サードジャンプ

和泉茉樹

スタンドアップ・ボーイズ! サードジャンプ

     ◆


 ハッキン州の冬は短いものの、だいぶ冷え込むし、雪も降る。

 積雪や路面凍結で自動車事故なども増えるし、そもそもタイヤ交換さえ任されるので、整備工場たるシュミット社はちょっとした書き入れ時になる。

 作業場では可燃性の薬品などもあるので、エアコンが稼動するものの室温の低下は避けがたい。なので俺も祖父も厚着をして、しかし手作業なので両手だけは指ぬきの手袋をいう装備になる。

 作業をしていくと自然と体が温まって汗をかき、汗が冷えると寒さを思い出す。

 その日はちょうどいくつかの部品の納品でダルグスレーンが来ていた。

 この昔馴染みの悪友の家はガスステーションを経営していて、実際の経営は人に任せているので、オーナーとでも呼ぶべきだろうが、ともかく金に困ることはない。噂では州議会議員の選挙に立候補するように勧められ、しかし断ったそうだ。

 ダルグスレーンも働いているのかどうか知らないが、こうして納品にやってくるあたり、昔よりは少し丸くなったし、型にはまるようになった。以前のような破天荒さはない。

 奴は二足歩行ロボットであるスタンドアッパーでやってきていた。ものすごく古い型で発売から十年は経つのではないか。当時の最新鋭機はその頃は二・五世代モデルなどと呼ばれたものの、今では第三世代モデルが主流になり、骨董品となった。

 牽引されてきたコンテナが作業場の外で開封される。俺は俺で整備工場で使っている本当の骨董品のスタンドアッパーで、コンテナの中身を倉庫の方へ運ぶ。

 そんなことをしていると一時間などはあっという間に過ぎ去り、祖父が俺たちに休憩を告げた。

「お前の分もある、飲んでいけ」

 祖父の言葉に「どもっす」などと敬意があるのかないのか、変な返事をダルグスレーンがするが、睨みつけられ、「どうも」と言い直していた。

 二人でスタンドアッパーを下り、作業場へ行くとココアが用意されている。さすがにスタンドアッパーでも飲酒運転はご法度だ。

 いつまでも子供扱いだよなぁ、とぼやきながら、しかしダルグスレーンはきっちりとココアを飲み、添えられていたクッキーは俺の分も食べ尽くした。

 二人で最新型のスタンドアッパーの性能と値段について話をした。二人ともこの話題に飽きることがないあたり、根っからのスタンドアッパーマニアである。

 そうこうしているうちに仕事の再開になった。祖父が何も言わずに作業を始めた。本来は無口な人物であるから、俺たちに休憩を提案したのはちょっと珍しい事態だった。

 二人で作業場を出て、防寒着の上からでも刺されるような錯覚を伴う冷気の中をスタンドアッパーへ向かう。俺はまだ荷物の整理があったし、ダルグスレーンは帰宅するためだ。

 しかし思わぬ光景がそこにあった。

 小柄な人物がダルグスレーンのスタンドアッパー、パワーウイングⅧ型の前に立っている。

 コートは明らかに女物、肩のラインや背丈も女性、髪の毛も長かった。帽子をかぶっているが、髪の毛はなぜか背中に流されている。そういう流行りでもあるのかもしれない。

「知り合いか?」

 俺とダルグスレーンが同時にそう口走って、お互いの顔を確認する。

 どうやら二人ともが知らないらしい。

 立ち尽くしてもいられないので、俺たちは歩を進めた。関わりたくないが、そこに二機のスタンドアッパーが駐機姿勢で跪いているから、仕方ない。

 俺たちの足音に女性が振り返る。本当に女性だった。目元をサングラスで隠している。それでも初対面の相手だと思う。あるいは昔馴染みのマオの知り合いかもしれない。

 ダルグスレーンが果敢に質問を向けようとした途端、女性が問いかけてくる。

「このスタンドアッパーはどなたのものかしら」

「この、っていうと?」

 機先を制されたダルグスレーンの演技過剰な朴訥とした問いかけに、女性が「パワーウイングⅧ型の方」と答える。

 その瞬間、ダルグスレーンが勝者の笑みを浮かべたが、それよりも俺は深い記憶が刺激されていた。

 この女性とはどこかであった気がする。しかし大昔だ。

 学生の頃……?

 しかし、どこで……。

 女性の口元がほころぶ。彼女はダルグスレーンだけを見ているようだ。

「ずっと探していたのよ! もうハッキンゲームには出ていないの?」

「まぁ、いろいろあってね。チームもないし」

 舌が回り始めたダルグスレーンの横で、俺はやっと気づいた。

 ああ、と女が一歩二歩、よろめくように足を送り、駆け出し、ダルグスレーンに飛びついた。

「私のヒーロー、救世主、やっと会えたわ!」

 目を白黒させるダルグスレーンが困惑の表情で俺を見るが、そっぽを向いて、自分の機体の方へ向かう。

「お、おい、オリオン……!」

 ちょうど強い風が吹いたので、俺は聞こえなかった顔をしてサーヴァントⅡ型に這い上がった。

 女は何か言いながら、今にもダルグスレーンを押し倒しそうだった。

 やれやれ。


      ◆


 高校三年の秋、例の如くダルグスレーンの発案でハッキンゲームの障害物競走に出ることになった。

 俺とシャンツォは反対した。

 障害の一つに泥の中を這いずるものがあり、これはスタンドアッパーにとって最悪に近い環境だ。関節に代表される各部の可動部品に泥や土、砂が挟まると動作不良は確実だし、ついでに言えば整備が大掛かりになる。

 コーティング液でパッケージすれば大丈夫だ、とダルグスレーンが押し切ってしまい、我らがチーム、アイアンバニーはこのハッキンゲームの障害物競走にエントリーしてしまった。

「俺は操縦しないよ。責任取れないし」

 俺の方からそう提案すると、「任せとけ」とダルグスレーンが胸を張ったものだ。

 高みの見物ができるな、と俺はシャンツォとともに念入りにパワーウイングⅧ型の可動部をパッケージした。さすがにダルグスレーンもここでは金を惜しまなかったので、軍からの横流し品で異物混入を防ぐ粘性の高い塗料、コーティング液が手に入った。

 これが優れた逸品で、塗るのも簡単、落とすのも専用の溶液で洗い流せる、というものである。民間の製品も似たようなものだけど、普通の生活で使うならともかく、ハッキンゲームに参加するスタンドアッパーは絶対にこれを使う。

 コーティング液で高額を支払うのを惜しむと、次にはオーバーホールで破産する、とは使い古された表現である。

 そんな具合で、障害物競争の当日になったわけだが、最悪なコンディションがやってきた。

 雨である。

 そこは手作り感満載のイベントだけって、コースにおいて舗装されている地面は狭すぎる。前日の夜更けからの雨で、一面は広大な泥濘とかしていた。

 それでもレースが延期されることはない。

 整備スペースでパッケージの様子を確認し、パワーウイングⅧ型を送り出す。スタート地点へ進むその背中を見送りながら、パッケージによる異常発熱がないか、手元の端末で再確認。センサーでは異常は検知できなかった。

 走るくらいなら、まぁ、ダルグスレーンでもうまくやるだろう。

 いよいよ見物するだけになったので、俺はちょっと気が大きくなっていた。

「あのぉう」

 背後からの声に振り向いたのは、反射的な行動で、誰にも批判はできないはずだ。

 そこには長い髪の毛を一つまとめた、作業着姿の女性が立っていた。

 化粧っ気がないにもかかわらず、なかなかの美人だった。

 年齢は二十そこそこに見える。大学生が思い出作りにハッキンゲームに来た、というように見えた。それも観客ではなく、参加者として。

「なんですか?」

 マオが冷ややかな目で俺を見て無言で離れていく。シャンツォはちょっと離れたところにいた。

 女性が頭を低くして、唸るように言った。

「雨を想定していなくて、コーティング液が足りないんです。都合してもらえませんか? もちろん、お礼はさせてもらいます。どうか、この通り」

 深く頭を下げられるなんてほとんど経験していなかった。

 というわけで、俺はまんまとコーティング液を彼女の仲間たちに渡してしまった。様子を見ていると、俺に頭を下げた女性が整備の指揮を執っているようだ。コーティング液の缶を受け取ると、彼女たちは明らかにホッとした顔になっていた。

 そんなことをしているうちにダルグスレーンが乗るパワーウイングⅧ型はレースが始まり、あれやこれやの障害をクリアし、ちゃんとドロドロの沼の中もはい進み、ゴールまで走り抜けた。

 結果、タイムは平凡で、予選落ちだった。

 泥だらけのパワーウイングⅧ型と入れ違いに、さっきの女性のチームのスタンドアッパーが進み出ていく。ちゃんとした第三世代モデルだ。金だけはあるんだな、と妙に感心する俺だった。

 帰ってきたダルグスレーンが嘆いている横で、俺とシャンツォで機体を整備する。マオはプログラムの細かな修正をすると言って先に引き上げていた。

 レースは意外なことに、例の女性のチームが決勝で二位に入った。

 決勝は俺たちが撤収した後のことで、結果を教えてくれたのはシャンツォだった。しかし教えられたのはレースの三日後、学校でのことだ。たまたま廊下ですれ違ったのである。

「オリオンさんが恩を売ったのを、あの人たち、きっと忘れませんよ」

 シャンツォは感情のない声で言う。

「俺としては、忘れて欲しいかな」

 俺とシャンツォは確実に、もしくはマオも知っているかもしれないけど、俺はあの女性に融通したコーティング液をダルグスレーンにはごまかしていた。ダルグスレーンが我らのパトロンでもある。

 液を多く使った、と言ってある分のいくばくかが例の女性に横流しされたのだ。

「貸しですよ」

 そんなことを言ってシャンツォは去っていった。


     ◆

 

 さて、「貸し」と言っても、誰が誰に貸しがあるやら。

 そんなことも結局、俺は長い時間の中で忘れてしまったのだった。

 サーヴァントⅡ型の操縦シートにまたがったところで、メインモニターではまだ女性とダルグスレーンが押し合いへし合いしていた。

 これはこれで、貸しを返せた、と言えるかもしれない。

 俺はスタンドアッパーを立ち上がらせた。



(了)

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