天使降臨
紗織《さおり》
天使降臨
水泳部のエリカは、その日朝から緊張していた。
今日は、もうすぐ行われる大会のリレーメンバーを決める日だったからだ。
しかしエリカは、最近スランプになっていた。
得意のバタフライのリズムが上手く取れないのだ。
いつもならドルフィンキックに合わせてリズミカルに回る腕。
その相乗効果で誰よりも勢いよく水の上を飛ぶように力強く泳いでいるエリカが、リズムに乗れないのだ。
ピッチを早くしようとすると、足とのタイミングが合わなくて水に乗れず、自分の体が抵抗となってしまって前に進まないのだ。
気持ち良く泳げない時は、当然の事ながらタイムも悪い。
自己ベストの更新どころか、それに近いタイムで泳ぐ事も難しかった…。
「どうしてなの!?
毎日みんなと一緒に頑張って練習しているのに。
この間までは、あんなに調子が良かったというのに…。」
三日前、練習中に足がつった。
雨の降る中の練習で、プールの水温が低かったせいなのか?
それとも水分を練習に夢中になっていて、あまり取らなかったせいなのか?
結局その翌朝も、つってしまった右足ふくらはぎにシコリのような違和感が残り、泳ごうとすると少し足が引きつるような感覚があった。
それを気にしないように泳いでいたはずなのだが、その日からタイムに伸びがなくなってしまっていた。
そして決定戦当日も、エリカの足は不調な状況のまま、無慈悲にも練習の最後には、タイムレースの決定戦が始まってしまった。
「…お先に。」
部活が終わると、エリカは誰よりも早く更衣室で制服に着替えると、帰宅の途に着いた。
「エリカ、ちょっと待てよ。一緒に帰ろうぜ。」
やはりダッシュで着替えた部長の飯島が、エリカの後ろから追いかけて来た。
「今日は、一人で帰りたい気分なんだけれど…。」
エリカは不機嫌そうに返事をした。
「まぁ、そう言うなって。
同じ方向なんだし、一緒に帰るべ。」
そう言うと飯島は、エリカの少し後ろを付いて来ていた。
「そんなに落ち込むなよ。
次の大会のリレーの決定戦までには、調子も戻るって。」
「何!?そんなの分からないじゃない。」
(まずい!?これは八つ当たりだ!)
エリカは心の中ではそう思っていたのだが、強い口調で飯島に返事をしてしまっていた。
「いやいや、分かるよ。
そもそも今回の決定戦だって、フリーリレーは選出されたじゃないか。」
「飯島は、フリーもメドレーも選ばれてるじゃん。
私なんて、メドレーのバッタで負けちゃったんだよ。
有り得ないよ、本当に。」
エリカは、もう悔しさを隠せなかった。
「そんな時もあるよ。
大体今まで一度も負けた事が無かったエリカが超人過ぎたんだよ。
今回は、大会でメドレーリレー直前の、エリカのレースに集中出来るようにって、神様が休憩をくれたって考えたらどうだ?」
飯島が励ます様に言ってきた。
飯島が優しさで言ってくれているのは分かっていた。
そういう奴だから。
でも、今日は素直に聞けるような気分じゃない…。
「あのさ…」
エリカが飯島に返事をしようと、彼の方を振り向くと、その遥か後ろに…
「すごい!!
飯島、見て、天使。
富士山が天使になっている!!」
遠くに見える富士山が、珍しい事にちょうど頂上の上空に笠雲がかかっていたのだ。
その傘雲は、太陽の光で天使の輪のように外側が光って見えていた。
「こんな富士山初めて見た…。綺麗。」
エリカはすっかり感動して、嬉しそうに飯島に言った。
「あ~ぁ、せっかく励まそうと思って頑張っていたのにな。
あっさり負けたよ。
エリカは富士山が本当に好きな。」
飯島がエリカの笑顔を見ながら、楽しそうに言った。
「あっ、ごめん飯島。
ありがと。飯島の励ましも嬉しかったよ。」
すっかり機嫌がよくなっていたエリカは、慌てて飯島に謝った。
「おう、もういいよ。
大会、お互い頑張ろうな。」
飯島が笑顔で答えた。
天使降臨 紗織《さおり》 @SaoriH
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