【創作童話】拾った指輪

北條カズマレ

本文

 あるところに、とても貧しい家に産まれた少年がいました。少年は、たった一人で男の子を育てなければいけない母のことをとても心配していたので、あれが欲しい、これが欲しいだなんて言うこともなしに、日々をずっと我慢して過ごしていました。


 ある日少年は道端で、とても綺麗な金色の指輪を拾いました。少年は母の教えを思い出します。


「ねえ、坊や。いくら私たちが見窄らしい貧乏な人間だったとしてもね。人間がずっと大切にしないといけないことを売り払ってまで、裕福になろうとしてはいけないよ」


 少年はぎゅっと口を結ぶと、指輪の落とし主を探すことにしました。自分のものにしてしまおうだなんて、これっぽっちも考えてはいませんでした。しかし、好奇心から少年は、自分の細い指に、その指輪を通すことにしました。少しだけのつもりでした。その時、思いもよらないことが起こったのです。指輪の不思議な力が解き放たれ、少年のボロのような服は、たちまちのうちに金の刺繍が入った豪華な絹の織物に変わったのでした。少年は自分の身に起こった変化に驚きましたが、やがて豪華な服を見せびらかすように、ずんずんと道を進んで行きました。


「もし、そこの少年」


 少年を呼び止める者がいました。見ると、あちらも豪華な服を着ています。髭をたっぷり蓄えた商人のようでした。しかしその服は豪華とは言え、少年が今着ているモノと比べると、幾分か見劣りするモノでした。


「そんな華美な服は見たことがない。その服を売ってはくれまいか」


 少年は得意げになって、それはできない。これは父の形見だから、と言いました。咄嗟に出た嘘でした。商人はがっかりして、こう言いました。


「ワシは生まれてこの方、王のもとでずっと働いて財を成してきた。しかしそれでどうなった? 残ったのは財を誇ることだけ。その証が華美な服装なのだ。もうワシにはこれしかないのだ。父親の形見と言ったな? それが嘘か真かはもう問わぬ」


 それだけ言うと商人は項垂れてお付きのものと一緒にとぼとぼ歩き去って行きました。少年は不思議そうにそれを見送ると、またのしのしと道を進みます。するといつのまにか、華美な服装は立派な鎧になって、腰には煌びやかな装飾が施された腱が提げられていました。少年にはいささか大きすぎるそれも、彼をウキウキさせました。


「もし、そこの少年」


 少年を呼び止める者がいました。見ると、あちらも立派な鎧を着て剣を携えていました。誉ある剣士のようでした。しかしその剣士はもはや年老いていて、その装備も少年と比べると、いささか見劣りするモノでした。


「そんな素晴らしい剣は見たことがない。その剣は誰からいただいたモノなのだ?」


 少年は得意げになって、これは父から受け継いだものだ、父は高貴なる人物からこれを賜ったのだ、と言いました。咄嗟に出た嘘でした。老いた剣士はがっかりして、こう言いました。


「ワシは生まれてこの方、ずっと王に奉仕することで生きてきた。ワシが今提げている剣も、戦さで功を為して王から賜ったものよ。しかし今やワシはもう、戦争に行くこともできない足の弱ったお払い箱よ。今ではこの剣だけがワシの誇り。少年よ。ワシのそんな剣よりも豪華なその逸品を、誰からもらったのか、それはもう問わぬ」


 それだけ言うと老剣士は項垂れてお付きのものと一緒にとぼとぼ歩き去って行きました。少年は不思議そうにそれを見送ると、またのしのしと道を進みます。するといつのまにか、少年は見窄らしい格好に戻って、もとの貧民の姿になっていました。それに気づくと少年は苦笑しますが、次にどんな人物が目の前に現れるか、気になりました。少年はもう魔法の力を発揮してくれなくなった指輪を外すと、それを掲げて眺めながら歩きました。


「そこのお方」


 そんな少年を呼び止める者がいました。見ると、馬車から頭を出してこちらを見ているのは、これまで見たこともないような豪華な装いの少女でした。周りには、これもやはりこれまで見たこともないような華美な剣と鎧を身につけた騎士が侍っています。少年が、目の前の少女がこの国の姫であることに気づくのに、時間はそうかかりませんでした。


「その指輪、お父様にもらったものなのです。落としてしまって……渡してはくれませんか?」


 少年の目には、このキラキラした同い年くらいの女の子が、まるで同じ人間には見えませんでした。馬車はまるで異界からやってきた不思議な乗り物。少女が纏う雰囲気は、この世のものとは思えませんでした。少年は、母の教えの通りに行動したと言うより、呆気に取られたが故、指輪を渡しました。


「ありがとう、あなたはとても貧しそうに見えるけれど、とても誠実な人ですね。お父様に伝えますね。この国には、この少年のような、とても誠実な若者がいるって。あなたがしてきたことは、間違っていなかったと」


 そしてお姫様は、一言礼を言うと、お付きのものを使って少年に金貨を握らせようとします。しかし、少年は受け取るのを拒みました。母の教えでは、当然の行いに対価をもらってはいけないからです。どうしても金貨を受け取らない少年に、姫は根負けすると、馬車で去って行きました。


 少年は、家へ帰って、母にこれまでのことを話しました。


「お前は本当に誠実だねえ。きっとその誠実さが、いつか報われる時が来るさ。商人さんのようなお金持ちにも、剣士さんのような武勇の人にも、きっとなれるさ」


 その日、少年は、ベッドの中で眠れないまま、何度も何度も今日の出来事を思い出していました。商人を負かした誇らしさも、老剣士から受けた眼差しも、母にもらった褒め言葉も、今はもうなんとも思いませんでした。少年の心の中には、ただ一つ、ぽっかり穴が空いていて、その中心ではあのお姫様、あの女の子がくるくる回って踊っているのです。とても楽しそうでしたが、それを見ていると、なんだかとても悲しい気持ちになりました。涙が一筋流れて、少年の枕を少しだけ濡らしました。しかし、その跡は翌日にはすっかり乾いて、このお話はここでおしまいなのです。どうか、少年がこれからも我慢して生きていけるように、お祈りしましょう。

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