ふたりのありか

魔法少女空間

第1話 ふたりのありか

 ふたりはずいぶんと長い間、同じ家に住んでいました。いつから一緒にいたのか、どうして一緒にいるのか自分たちでも忘れてしまうほどずっと前からです。

 家の中ではふたりはなにからなにまで同じように暮らしていました。朝起きる時間、顔を洗って歯を磨く時間、朝食のためのパンを焼く時間…… ふたりは整った文章の中に句読点を打ちこむように、同じ時間の中で息をしていました。ささいなことで、例えばジャムの瓶の蓋が固くて開かなかっただとか、水が冷たすぎてお湯が沸かなかっただとか(本当にそんなことがあったのです)ふたりの時間が揃わなさそうになるとき、そのたびにふたりは少しずつ、小さなものを諦めることでなんとかやりくりをしようと試みてきました。瓶の蓋が開かなくなった次の日の朝はジャムの代わりに目玉焼きが添えられました。手がかじかんで卵が割れなくなると、熱したバターを。今となってパンに冷たい塩しか振りませんし、寒い朝に暖かい紅茶を摂ることは最初から諦めていました。

 あるとき、片割れのひとりが門の柵の上に寄りかさりながら星を見ていました。その表情の上にはなにか耐えがたい苦しみの姿がありました。

「私たちは表面上、とても仲の良い二人に見える。いや、実際にそうなのだろう。ここまで一緒の時間を生きている二人なんて見たことも聞いたこともないのだから。でもそれは私の正しい在り方なのだろうか。時間がかかるからといって、ジッパー付きのコートは捨ててしまった。私はあのコートをとても気に入っていたのに。目立つからといって、最近はカーキ色のセーターしか着ていない。私は鮮やかなオレンジ色が好きだったのに」

 一方でもうひとりも苦悶の表情を浮かべながら、湖畔のほとりを歩いていました。あたりは星明りで薄暗く、自分の影がひたひたとついて回るような嫌な感じがしていました。

「私はいつからあの家にいるのだろう。あの家に住む前のことはもうずっとずっと昔の出来事のようで霧がかかってしまったように思い出せない。甘いケーキプディング、明るい歌。どうしてこんな懐かしく思えるのだろう。いや、今だって二人で一緒にいるというのが嫌なわけではない。ただ時折いろんなことが耐えがたい苦痛となって私に襲い掛かってくるような気がする。もっとも、その感情でさえも今は忘れかけているのだけども」

 もうしばらく経つと、ふたりの意識は磁石のように吸い寄せられます。冷たい夜風が撫でるように吹くと、二人の意識は跡形もなく消えてしまっていました。今日は奇跡のような夜でしたが、ふたりはそんなことに気がつくはずもないのです。星が沈み、月は消えて、静かな湖だけが残りました。そうなるともう、あたりは本当に真っ暗になってしまったように思われるのです。




 1984年。最後の猟奇的犯罪者であった、グロッドニコル兄弟は己の快楽を満足いくまで堪能した後、捜査の手を逃れるために森の奥の洋館へと逃げ延びました。そこでじゃれあっていた際、拳銃が暴発して弟が帰らぬ人となると、すぐさま兄もその手で自分のこめかみを打ち抜きました。静かな森の中で、二発の銃声は確かに空気を震わせましたが、その振動が誰かの元へ届けられることはありませんでした。

 ふたりは犯してきた罪のことを忘れ、双子であることを忘れ、ただただ今はそこに横たわっています。誰も手を触れていなければきっとそうでしょう。これがあの事件の真相です。これから向こう六十年、熊狩りに来た猟師に見つかるまで、ふたりの死はそっと深い森の洋館の奥で静かにたたずんでいるのです。それがふたりの救いとなるとは露とも思わずに。

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ふたりのありか 魔法少女空間 @onakasyuumai

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