第7話 聖騎士の誓い
「聖女クラウディア姫、聖騎士レアが馳せ参じました」
布に包んだジゼルの髪を片手に、王女の私室で跪く。天蓋から幾重もの薄絹が下されて、ふとした拍子に軽やかに揺れていた。寝台に横たわっているらしい王女の姿は、影がぼんやりと見える程度だ。
「……レ、ア」
絞り出すように紡がれた声に、すでに生気はなかった。やはり、彼女が女神メルの御許へ召される日はそう遠くないように思われる。
「遅くなり、申し訳ございません。クラウディアさまにご報告があり、こうして参った次第です」
本当ならば、本物の聖女ではない相手にこうして膝をつくのも憚られるが、ジゼルを守るためだと自分に言い聞かせ、ぐっと堪える。心情を悟られることのないように、いつも通り無表情に徹した。
「その報告とやらは後になさい。あなたには、王家より特命がくだされました」
「特命、ですか……?」
わずかに視線を上げて問い返せば、王家付きの神官が一歩前に歩み出てきた。その手には、仰々しい紋章の描かれた羊皮紙が握られている。神官はそれを開くと、静かな声で匿名の内容を明らかにした。
「聖騎士レア・アディ。あなたには、妖花の魔女を捕獲してもらいたい」
「お言葉ですが、妖花の魔女は――」
「――問題ありません。居場所は既に特定してあります」
神官は羊皮紙を私の目の前に差し出し、細い指で地図をなぞった。それは、今まさにジゼルが身を隠しているベルテ侯爵家の別邸の場所を記すものだった。
ジゼルの居場所が見破られている。どくん、と心臓が跳ね上がった。
ジゼルの逃げ場所は、伯爵とベルテ侯爵令息、メルエーレ伯爵令息にしか共有されていないはずだった。私はもちろん、ジゼルを愛する彼らがジゼルを売る真似をするとは考えにくい。伯爵だって同様だ。
……ジゼルの妹にだって居場所は教えなかった。それなのに、誰が……。
羊皮紙を力一杯握りしめながら、王女の寝台を守るように立ち並ぶ神官たちを見定める。その中に、一人見覚えのある女性神官がいた。
……あれは、フローラ付きの侍女……。
思わず唇を噛み締める。フローラにいつも張り付いているあの侍女は大方フローラの監視役なのだろうと踏んでいたため、警戒していたつもりだったのだが、ジゼルの居場所を突き止めるほどの情報収集能力があったなんて。
……あるいは、何か強引な手段を取った可能性だってある。
温厚そうな伯爵と、ジゼルに冷たく当たるフローラの姿が目に浮かんだ。私にとってはどちらもさして情のない相手だが、彼らが傷ついたらジゼルはさぞかし悲しむだろう。苦々しい思いを悟られぬように、俯いて表情を隠した。
「妖花の魔女の居場所を隠蔽するとは、ベルテ侯爵家には処分が必要なようですね」
「……監視役である私の落ち度です」
「わかっているならさっさと捕らえてきなさい」
神官の声が冷たくなる。監視対象であるベルテ侯爵家が絡んでいることが明らかになってしまった以上、監視役の私が責められるのは当然のことだった。
それだけではない。この先の私の行動はすべて、疑われると思ったほうがいいだろう。既に密偵が付いていても不思議はない。
……ジゼルの髪を使う場面はまだ先かな。
ジゼルの髪を包んだ布を、騎士服の中にそっと仕舞い込む。決して無駄にはさせないし、彼女を悲しませるような結果にはしたくない。
「ただし、殺してはいけませんよ。聖女を害した忌まわしき存在は、我々が処分いたします」
「……承知いたしました」
大方、ジゼルを捉えて王城の奥にでも閉じ込めておくつもりだろう。王女の命は長くないだろうが、すくなくとも次の聖女が生まれるまでの四年間は、王女は存命であると偽って、ジゼルに影の聖女の役割を強いるつもりなのかもしれない。
「期待していますよ、聖騎士レア・アディ。次代のメル教の指導者として、名誉を挽回するまたとない機会です」
「……必ずや、忌まわしき魔女を捕らえて参ります」
騎士の礼をして、羊皮紙を片手に王女の部屋を去る。いつもは退室しようとすると必ず王女に引き止められるものだが、もはやその気力もないらしい。
青鈍色の髪を靡かせて、王城の廊下を突き進む。目指すは命令通り、ジゼルが待つベルテ侯爵家の別邸だ。
自分と同じ速度で付き従う何者かの気配を感じる。どうやら早速監視役がつけられているらしい。
……手紙を送るのは厳しいか。こうなったら、一刻も早くジゼルのもとへ向かうしかない。
場合によっては、私は裏切り者として処分されるだろう。聖女を守るために神殿と対立するなんて笑える話だ。
……でも、それでも私は聖騎士の誓いを果たしてみせる。
足早に王城を抜け出して、馬に乗り体制を整えるべくアディ伯爵家に向かう。
憎々しいほどに晴れ渡った青空は、ジゼルが気に入っていたドレスの色によく似ていた。ベルテ侯爵令息の隣で、嬉しそうに笑う彼女の姿が思い浮かぶ。
……ああ、私はただの「レア」としても彼女のことを守りたいのだな。
ジゼルは聖女で私の主人であるだけじゃない。初めてできた友人なのだ。
ジゼルと彼女を溺愛する彼らとともに他愛のない話をした時間が、どうしようもなく恋しく思えてならなかった。
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