第58話 恋の・キューピッドちゃん・です♡


◆     ◆


 大地がひび割れ。



 地の底よりずる赤黒き光が――魔界まかい灰田愛はいだめかたむかせ、飲み込んでいく。



 その一角いっかくしかのぞかせていなかった魔界が、今ようやく地鳴じなりをあげながら――この世界への侵食しんしょくを再開する。



 け目でしかなかったそれはもはや「門」と呼べるほどにさえ広がり、赤黒き門は先とは比べ物にならぬ量のコウモリを――サキュバス・インキュバスを実体化じったいかさせる。

もはや空は羽音と叫び声で真っ黒に埋めくされ、結界内に地獄絵図じごくえずごとき光景を顕現けんげんさせていく。



 地のけ目からは幾筋いくすじもの赤黒い光が伸び、次々と――まるで灰田愛はいだめを飲み込むかのように、その数を増やしていく。



 そうしてあふれ出る瘴気しょうきが、のオーラが――



「ふふふはは――忘れていた忘れていた! 全盛期ぜんせいきの俺――魔界にて夢魔むまの王として存在していたあの時の力!! 満たされている、かつてないほどに充実じゅうじつしているのがわかるぞ!! どうなるってんだ、ここに人間の精気せいきが加われば俺はどれほどの力を――!!」



 ――夢魔王むまおうヨハイン・リフュースを、極限までに強化していく。



「もはや待たんぞ、まわしき『半魔はんま』のガキ。そうやって仮初かりそめの安らぎの中で、メス共と仲良く地獄のかまへ落ちていけッ!!」



 ヨハインが手を広げる。

 と同時に地が決定的に裂け――――まるで血のように赤くにごった巨大な光の柱が、灰田愛すべてを飲み尽くし――――粉々こなごな粉砕ふんさいし、飲み込んだ。



 ひびわたるヨハインの哄笑こうしょう

 賛歌さんかのごとき従者達じゅうしゃたち羽音はおと、叫び声でかなでられる饗宴きょうえん



 ゆえに。



そこから一条いちじょうの光がびたのを、誰も見逃さなかった。



「ん?」



 光が伸びた先。

 それは灰田愛の生徒達が――生徒会長せいとかいちょう天羽あもうが、かろうじてしがみついていた割れかけの大地。



 何事かと目を見張みはる天羽を置いて、光は大地と生徒全員を丸く包み、それきり――ヨハインには、中の様子を探ることがまったくできなくなった。



(――まさか)



 赤き光が勢いを失い、消える。



 その中心にあらわずるは――――ささくれったような形をしている、光のベール。



(いや違う――バリアの類じゃない・・・・・・・・・!)



 いな



 夢生むう達をおおい守っていた、極光きょっこう両翼りょうよく



「っ――ふうちゃんッ!!」



 翼を広げた天使が、抱きかかえていたふう夢生むうへと渡す。

 サクラは一目見ひとめみて、すでに風の傷が消えているのを見てとった。



(これが、天使の本当の力……!?)

(だがどうやって――アイツの力はとうにゼロ、それを俺の恋堕れんだで無理矢理――)

「――大丈夫。風ちゃんはもう大丈夫だよ。レピア」

「……! そうか――はは、そうかそうか! とうとう可愛かわいさに天使をムリヤリ恋堕れんだにかけたか! そうだな、そのメス天使を使いつぶせば多少の勝機しょうきはあるかもな!?――――さて、それで?」

「ッ――!」



 サクラが思わず耳をふさぐ。

 他の音が聞こえなくなるほどの鳴き声とはばたきが――その音のぬしどもが視界も空間も埋め尽くし、たった一人の天使を嘲笑あざわらう。



「逃げて負けてちるところまでち尽くした半人前の不良天使に! 一体この状況の何をくつがえせるってんだ、あァ!?」

何もかも・・・・だっつーの」

「――あ?」



 レピアが身にまとう、流麗りゅうれいなひだを持つ純白じゅんぱくのキトンが風に波打なみうつ。

 後頭部こうとうぶ宿やど放射線状ほうしゃせんじょうの天使のが、脈打みゃくうつように小さく明滅めいめつする。



「もうしゃべんな出歯亀でばがめ野郎やろう。人の恋路こいじをあーだこーだ最後までひっかき回しやがって。キューピッドとして、女として――――ぜってーお前を許さない」

「もう俺が手を下すまでもねえ――食い殺せ、あいつらを!!」



 黒き夢魔むま奔流ほんりゅうが天使へ飛びかかる。



 レピアはうすく開けていた目を閉じ、息を大きく吸いながら。



 白く輝く拳銃けんじゅうを持った片手をゆっくりと上げ、顔の前を通過させ――



「――行こう、レピア。夢魔王を倒そう!」



 ――――桃色ももいろの♡が宿やどった両目を開き、不敵ふてき素敵すてき微笑ほほえんだ。



「お・け・ま・る♡」



 瞬間。



 音も無く銃口じゅうこうから伸びた、曲線きょくせんを失うほどの速度の無数の光弾こうだんが――――襲い来るサキュバス達を一匹残らず穿うがち尽くし、消滅させた。



「――――――――――は?」

「『可愛かわいさにアタシをムリヤリ』? それお前じゃん」



 極光きょっこうの翼をはばたかせ、笑い。



「思い知らせてあげる、」



 両目にラブのキューピッドが、静かにマジギレする。



「アタシらの『好き』は、あんたなんかに理解できないってことをね」

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