ワイバーン殲滅作戦
■ 基礎鳥の夏!
慈姑姫は瀬戸際に追い込まれていた。
王国軍は慈姑の首都に宣伝ビラをまき、空から拡声器で国民を炊きつけた。もはや民衆の怒りは臨界を越えて革命へとひた走る。市内で発生した火災が拡大して、潰走中の親衛隊にとどめを刺した。
頼みの援軍はこない。
妖精王国は人々に飴を投げ与えた。慈姑王朝の打倒に参加した者には兵役を免除するという。これが呼び水となって散発的な抵抗勢力はこぞって王国軍に合流した。生きのびた親衛隊も命惜しさに次々と寝返る。
気の早い野心家が革命評議会を組織し、政権転覆後の組閣を討議し始めた。
さっそく慈姑人民共和国が樹立され、議長名義で妖精王国に集団的自衛権の行使が請願された。
王立庭園は風前の灯火であった。
西からは民意の逆風が吹き、東からはワイバーンの爆風に煽られている。
「こんな状況の中で衛星軌道まで逃れるなんて、死にに行くようなもんだわ」
慈姑姫は引き出しの奥をまさぐって青酸カリを取りだした。
「かくなる上は未来に向かって脱出するわ」
早まる姫に小町がすがりつく。
「また来世〜、なんてコンビニのゴミ箱に読み捨てされるライトノベルみたいなこと言わないで下さい」
「じゃあ、どうすりゃいいのよ。このまま裸で逆さづりされて死ぬの?」
言われて小町も我に返った。慈姑姫の自殺を食い止めたものの、のぼせた頭ではアイデアがまとまらない。
召喚ゲートの操作卓を眺めてみても、神の救済は得られない。
脈絡なく視線を泳がせていると、剥がれかけたポスターが目に留まった。雄鶏が立派な鶏冠を逆立ててこちらを睨んでいる。日頃から慈姑姫とねんごろにしている軍需産業の広告スペースだ。御用達とあらば、馬鹿な民衆は何でもこぞって買う。王朝の癒着は根深い。
ニワトリは民生用殺獣ガスメーカーのマスコットだ。慈姑王立軍の兵器技術が民需に転用され、それなりのシェアを誇っているのだ。
『キソチョーの夏!』
小町は惹句を棒読みしてハッと閃いた。
「そうよ! キソチョーよ。頭上のウザい奴らを追い払うにはキソチョールがいちばん!」
手元の水晶玉からアドレス帳の登録先を呼び出す。
「ちょっと待って! 落ち目の権力者に日和る馬鹿はいないわ」
慈姑姫が呆れたように言う。その脇で小町は軍事メーカーの社主と和やかに話している。経営者は勝利を確信し、王家に恩を売れば有効な投資になると睨んだようだ。
『まいどー! キソチョール三個大隊、お届けに参りました〜』
間抜けた構内放送が響き渡るや、湖面にキラキラと燐光が乱舞し始めた。
「除虫菊族(きそちょうる)! 慈姑の最大シンパですわ」
女性魔導士たちが色めき立つ。サッカー場ほどはあろうかという大輪の菊が二つ、三つと実体化する。
「ピレスロイドは爬虫類の神経細胞上にある受容体に作用する神経毒ですよ」
小町が満面の笑みを浮かべる。
「防御結界、最大魔力で展開!」
呼応するように魔導士たちが両手を差し伸べると、湖面に筒状の発光体が現われた。菊の花弁からシュウっと毒々しい煙が噴射される。それらを筒が吸い込んでいく。溜め込むだけためこんでしまうと、筒はワイバーンの群れる空へ登っていった。
ブシュウウウーーッ! シュウシュウ!!
便秘を一気に解消したような噴射音が間断なく鳴り響き、断末魔が降ってくる。
ギェーッと目を回した翼竜が水面に叩きつけられ、折り重なる。首の骨が折れたのか、あらぬ方向へ捻じ曲げ絶命している。
除虫菊族が召喚せしスプレー缶は天空に君臨し、水を得たマンモスのように噴流を浴びせかける。ノズルが右へ左へ、首を振るたびに、ワイバーンどもの絶叫が墜(お)ちてくる。
「鵺が落ちる鵺が落ちる鵺が落っち〜〜る〜♪」
「どぉしてこんなに鵺が落ちる〜ぅぅぅ〜〜?」
「キソチョ〜〜ルのせいだよ! オラ、知っチョ〜〜ル♪」
不快な鵺退治に効果てきめんだと謳われているキソチョールの宣伝歌。子守歌として聞いて育った魔女たちが合唱する。
累々と湖面に浮かぶ死体。慈姑姫は吐き気をもよおしながら言った。「金輪際、消えてちょうだい」
閃光が湖面を一掃すると、禍々しい抜け殻が雲散霧消した。
■ タホ湖底 スライスシャトル
「頭上の脅威が一掃されましたでごじゃるよ」
魔王が作業の手を休めて戦況モニターに見入っている。
「姉さんたら! キソチョウルに頼ったのね!」
あんぐりと口をあけてあきれ果てる小町。
「何だよ。王国軍を瞬殺できるんなら、最初っからとっととやっとけよ」
骨折り損のくたびれ儲けとばかりに遼平が説明を求める。それだけの軍事力を隠し持ちながら王国に隷従してきた慈姑国家そのものに彼は嫌悪感を抱いた。
「慈姑の内情を知らないよそ者に教えてあげるわ。慈姑の国是(ポリシー)はマイルドな八紘一宇(せかいせいふく)よ。宗教対立や思想の違いから生じる紛争をなくすには、普遍的な価値観を明文化された憲法として打ち立てて、細かい差異を幅広いけど制限付きの権利擁護で吸収しようというもの。それに異を唱えているのが急進派のキソチョウルよ!」
けっ、と小町に向かって遼平は唾を吐いた。
「希釈したファシズムをお茶で濁そうってか。真綿で首を締める政治が成功した実例は無いぜ。で、キソチョウルがどうしたって?」
「世界を歪めているのはわたしたち慈姑の心がけだ、という思想を『自虐的すぎる』と批判してるの。慈姑王朝は消極的平和主義を捨てて、軍拡によって自身の誇りを取り戻し、もっと祖国の正当性をアピールしろって」
「まぁ、それが妥当だわな。軍事力が世界平和を支えている」
遼平は小町のふぬけた主張を聞いているうちに、慈姑周辺国の軍事力が欲しくなった。巧く掌握すればヴァンパイアどもを抹殺できる。
「あなたまで売国奴(きそちょうる)の肩をもつわけ?!」
小町がキレた。
「お取込み中ですが、破廉恥姫様に着信がございますですよ」
魔王が朝顔型の受話蔓を差し出した。
「誰なの? いま、遼平と議論してて忙しいの。魔王、代わりに出て」
話の腰を折られた小町が魔王に苛立ちをぶつける。
「慈姑姫じきじきにお話があるそうですよ」
「アバターのあたしに何の用があるってのよ」
魔王と押し問答していると、小町の眼前に幅広い葉が覆いかぶさった。慈姑姫の横顔が浮かび上がる。
「ウルトラファイトになった気分はいかがかしらね?」
「いきなり、何です? 見捨てておいて! わたしは量子空爆で死んだんですよ」
アバター小町が召還計画の失敗をなじっていると、慈姑姫は視線を魔王に移した。
「そこの、あなた!」
「な、なんでごじゃりますか?!」
魔王がビクっと震える。
「あなた、いったい何者なの? ゲバルト三世っていうのは世界的な盗人(ぬすっと)の名前じゃないの」
「いきなり、何を言い出すでごじゃいますか?」
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