第141話 マイホーム・ニューヨーク

 メトロズの勢いは最高に達しようとしている。

 試合が始まるまでは、陰鬱な空気も漂っていたのだが。

 ノーヒットノーランを達成させてしまったせいで、打線に陰りが見えていた。

 しかしこの第五戦は、普通のピッチャー相手であれば、普通に打てるということが、証明された試合でもあるのだ。

 初回から先制され、ずっとリードされながらも、最終回で追いついて逆転。

 そのまま逃げ切って勝利したのだ。

 さらにここからは、ホームであるニューヨークに戻って、第六戦と第七戦を行う。

 既にワールドチャンピオンに、リーチをかけている状態。

 

 アナハイムは確かに、直史があと一試合は投げるだろう。

 だがメトロズは、そこに武史を当てなければいい。

 直史の投げた試合で負けたとしても、最終回まで逆転可能の点差で食らいつき、大介が体力や精神力を削り取る。

 今日の試合にしても、最後に出てきたのがピアースではなく直史なら、おそらく勝ったのはアナハイムであった。

 もっともホームラン二連発というのは、さすがに予想外であったろうが。

 樋口の狙いは分かっていたが、本来のリードを完全に行っていれば、やはり大介にホームランまでは打たれなかっただろう。


 残り二試合のうち、一試合を勝てば、メトロズは優勝。

 去年は先にアナハイムに、三勝されていた。

 ただ大介は、直史の非常識さを知っている。

「連投してきたらどうする?」

 一応チームの首脳陣に、それだけは言っておく大介である。

 直史の場合は去年の中二日ではなく、日本時代に実際にそれをやっているのだ。

 高校時代にしても、決勝で15回をパーフェクトに抑えて、さらに翌日も九回を完封。

 MLBとはレベルが違う、という考えは危険である。


 アナハイムがどういう投手起用をしてくるか。

 基本的にメトロズは、武史を第七戦で使う予定であった。

 もちろん今日の試合の結果によっては、第六戦ということもあったのだが。

 おそらくアナハイムは、中二日で直史を先発に使ってくる。

 メトロズは武史を、最終戦に回す。

 今日の試合、明日は移動日で休養できるのに、直史がクローザーとして出てこなかった。

 それはさすがに前日の試合で、消耗している分があるのだろうと、メトロズの首脳陣は判断した。

 最大限の警戒は、やはりしておく理由にはなるが。


 大介としては、考えないでもない。

 今日の試合は明らかに、アナハイム側に勝算があった。

 いや今日の試合に限らず、他の試合でも勝つタイミングは必ずあったのだ。

 それを逃したアナハイム首脳陣は無能である、と言ってしまえばそれまでなのだが、直史との対決が影響しているのではないか。


 直史は大介との勝負を避けない。

 だからこそ他のピッチャーも、大介を避けることがまずない。

 ワールドシリーズはMLB最大の興行とは言え、大介が直史を打てないことは、逆に他のピッチャーに勝負させる要因になってはいないか。

 ここで打ってしまったので、次の試合にチャンスがあれば、もし直史がピッチャーであっても、ベンチが申告敬遠をしてくる可能性が高くなっているのではないか。

 申告敬遠はベンチの判断なので、直史にもどうしようもない。

 だがだからといって、今日の試合で打っていかなければ、勝てなかったのも確かなのだ。


 思考するうちに、大介はやはり、前にも考えていたことに到ってしまう。

 もしも直史が自由に、大介を敬遠できる状態であれば、自分は勝てるのだろうか。

 今の状態は直史に、勝負を強制している、ピッチャーとバッターとしては不自然な状態だ。

 もちろん直史には、ボール球を振らされたり、ボール球をストライクにされたりもしているが。

 本当に、危険な場面で自由に勝負を避けられたら、チームとして直史に勝つことは出来ないのではないか。

 直史が大介を封じることによって、アナハイムも勢いをつけているという面は、ないではないのだが。


 直史はミネソタとの試合で、ブリアンを歩かせた。

 ただ本気で勝負したら、勝てたのだとは思う。

 5%ほどの可能性を、勝負を避けて0にした。

 本来なら直史は、それぐらいの安全策も取れる人間なのだ。


 勝負回避という選択肢を許していないことで、大介は有利なのだ。

 それなのにここまで、決定的な点を取れていない。

 大介は悶々と考えながら、ニューヨークへと帰還する。

 空港はマスコミやファンが大量にいて、メトロズの選手たちを出迎える。

「スーパースターになった気分だなあ」

「いや、スーパースターやろがい」

 そんな武史と坂本の、気の抜けた掛け合いもあったりしたが。


 去年は先にリーチをかけられたメトロズであるが、第六戦は勝利した。

 第五戦で直史がパーフェクトをして、完全にもうアナハイムに勢いがいったかと思ったところで、上杉がノーヒットノーランをしてくれたのだ。

 しかし直史が中二日で第七戦に投げてきて、八回と三分の一を完封。

 1-0というスコアで、アナハイムの優勝が決定した。


 マスコミとしてはここで、威勢のいいコメントを聞きたかったのだろう。

 だが首脳陣も選手も、下手に言葉を発しない。

 気が抜けているのは武史ぐらいで、あれはあれでいい。

 そしてマンションに戻ってきたのだが、ツインズたちよりも早く到着してしまった。


 マンションが静かなのは、とても違和感がある。

 大介はテレビをつけてPCを起動して、ニュースなどを見たりもした。

 MLBの専用チャンネルでは、特番が組んであったりする。

 当たり前だがリーチをかけているメトロズが、有利であるという分析がなされている。

 それはその通りで、アナハイムは二勝しなければいけないのに、直史は一人しかいないのだ。

(連投してくるか?)

 ないとは言えないのが、直史の恐ろしいところである。


 ただ大介はようやく、直史の限界が見えた気がしている。

 これまでもそういうことはあったが、今度こそ本当の限界だ。

 体力の限界を迎えたように、倒れることのあった直史。

 だが実際には脳を使いすぎて、その処理能力の限界に到達するのだ。

 ブレイカーが落ちたように、崩れ落ちてしまう。

 第四戦はそれに近く、試合後のインタビューがめちゃくちゃであった。


 もしも一日で回復するなら、第五戦も最終回かその前から、2イニングは投げてきたと思うのだ。

(つまり第六戦で投げてきたとして、こちらが限界まで力を引き出させるなら、第七戦には投げてくる余裕はないはず)

 直史は三勝するかもしれないが、メトロズは四勝する。

 それで優勝は出来る。

 だがそんな形で勝って、それでいいのか。

 大介は確かに勝利を願っている。

 だがそれは、直史に勝った上での勝利だ。


 アナハイムはスターンバックが故障して、来季はほぼ絶望である。

 ただ元々FAになるので、来年はいないだろうと思われていたのだが。

 メトロズも今年で、大きく戦力が入れ替わる可能性が高い。

 三年も連続でワールドシリーズに進出しているというのが、そもそも珍しいことなのだ。

 NPBと違ってMLBは、30チームもあるのだからして。




 遅れて戻ってきたツインズと子供たちを見て、ほっとする大介である。

 試合モードであったメンタルが、ようやく緩んだと言うべきか。

 賑やかな食卓を囲みながら、自分の中の集中力を意識する。

 第六戦か、第七戦か。

 ワールドチャンピオンになれるのは、メトロズの方が確率が高い。

 だが大介は、直史との対決を意識する。

 おそらく自分にとってのキャリアハイは、来年になると思うのだ。

 直史がプロにいる、最後の年。


 およそ、あと一年だけ。

 大介の野球人生は、そこで一度区切りがつく。

 中学、高校、NPB、MLBと舞台は変わってきた。

 しかし今度は、そういったものとは全く違う次元の話になる。


 上杉がいて、それに勝とうとしていた。

 直史が来て、それに勝とうとしていた。

 次はいったい、誰と戦うことを考えればいいのか。

 もちろん手強いピッチャーはいるし、今後も出てくるのだろう。

 追いかけていた立場が、今度は迎え打つ立場だ。

 しかし明確な目標がなくなってしまう。


 純粋に、野球をすることだけを楽しむ。

 そういった日々を送ることになるのだろう。

 だがその中に、真の喜びはあるのか。

 人生とはままならぬものである。




 メトロズの第六戦先発は、ウィッツである。

 武史は第七戦に、中四日で使う。

 たとえどんなピッチャーが相手でも、こちらも点を許さなければ、負けることはない。

 レギュラーシーズン中の、武史のピッチング。

 直史と投げ合った時も、自分のイニングでは点を許さなかった。


 ウィッツはどちらかというと変則的なピッチャーで、アナハイム打線を相手にしても、そう大量点を許すことはないだろう。

 直史はそれだけに、自分も簡単に得点を許すわけにはいかなくなる。

 この第六戦で消耗させることが出来たら、翌日の第七戦。

 さすがに先発で投げてくることはないであろう。

 第六戦は捨てる試合ではない。

 だが目的としては、直史を消耗させることが狙いだ。

 もちろんアナハイムが他のピッチャーを出してきたら、そのまま攻略を目指せばいい。

 点の取り合いになったら、おそらくメトロズの方が有利だ。

 もしもアナハイムが出してくるなら、直史以外ではヴィエラであろう。

 ヴィエラは今年、無敗のピッチャーではあった。

 しかし同時に、完投したことは一度もないのだ。

 ヴィエラを打って、そのリリーフを打って、何点取れるか。

 そしてウィッツにしても、負けはしても大量点は許すピッチャーではない。

 なのでヴィエラと投げ合えば、それは緊迫した試合になるだろう。


 メトロズはあと一度、負けることが出来る。

 それを計算した上で、ウィッツを投げさせるのだ。

 直史が投げてきたら、消耗させることを考える。

 ヴィエラが投げてきたら、そのまま勝利を目指す。


 第四戦であれだけ消耗した直史が、中二日でどれだけ立て直せるか、というのもメトロズの首脳陣は懐疑的であった。

 大介は直史なら、連投をしてきてもおかしくないとは言っていた。

 確かに去年は中二日で投げてメトロズを抑えたが、完投までは出来なかった。

 日本時代の記録を見れば、これまたおかしなものが色々とあるが、連投もしている。

 ただそこで見るべきは、大介を完全に抑えているということだ。


 去年もなんとか、大介を抑えてワールドチャンピオンになったのだ。

 だが記録を見る限りでは、その差はだんだんと縮まっていると思う。

 MLBに来た大介は、その実力をさらに伸ばしている。

 それこそワールドシリーズの第一戦では、ついに直史から点を取るほどに。

 しかし直史にしても、今年の成績は凄まじかった。

 おそらく短命に終わってしまっても、野球殿堂入りはするのだろうな、とMLBの関係者は思うほどに。

 

 メトロズ首脳陣は、このワールドシリーズ、アナハイム首脳陣の失策に助けられている。

 もちろん結果を見ればという話であるが、大介の能力をレギュラーシーズンと同じ程度に思っていたのか。

 レギュラーシーズンでもOPSが1.6を超える大介であるが、ポストシーズンではそれが2.0に達する。

 ほとんど全打席出塁しているのと、変わらないぐらいの数字なのだ。

 長いシーズンでも成績を残すが、ポストシーズンではさらに力を発揮する。

 普段のプレイにおいては、あれでも全力ではないのだ。

 そう思うと潜在能力の高さに、ひたすら驚嘆するしかないが。


 メトロズが唯一恐れるのは、第六戦でアナハイムとのハイスコアゲームとなり、そこで負けるということ。

 アナハイムが中三日で直史を最終戦に温存するなら、そして第六戦をどうにか勝つなら、今度はアナハイム側の有利にはなる。

 しかしアナハイムは第一戦と第四戦、直史だけで勝っている。

 この第六戦も、中二日であるとは言え、直史以外を使ってくる勇気は持てるのか。


 首脳陣が分析するに、一番高そうなパターンは、第六戦で先発してくるということ。

 そしてある程度の点差がついたなら、リリーフに任せてベンチに下がる。

 第七戦はヴィエラが先発し、六回ぐらいまで投げる。

 そこからは直史が、連投でリリーフするというものだ。


 これなら一番、アナハイムが勝つ確率が高いのではないか。

 もちろんメトロズは、そういった展開をさせないようにする。

 ウィッツは負ける時も、そんなに大きく崩れて負けたりはしないピッチャーだ。

 五回か六回まで、全力で投げてもらえばいい。

 あとは武史以外の先発陣を駆使して、どうにかロースコアゲームに持ち込む。

 アナハイムは直史を、少しでも消耗させたくないであろう。

 そこにアナハイムの隙があるのだ。


 そもそも今年の直史は、リーグのピッチャー全ての中で、最も多くのイニングを投げてきた。

 32先発を全て完投というのが、完全におかしなことなのだ。

 球数だけを見れば、確かに出来るかな、という気がしたりする。

 だがそれでも3000球近くを投げていて、いつ壊れてもおかしくないように思える。


 しかし去年の最後の試合を見ても分かるが、直史は肩や肘を痛めることはない。

 純粋にエネルギーを消費してしまって、限界を迎えるのだ。

 アナハイムは直史が強すぎたがゆえに、それに頼りすぎた。

 他のピッチャーまでそれを真似してしまったことで、メトロズに付け入る隙を与えている。

 アナハイムが敗れるとしたら、それが敗因になるであろう。


 去年もチャンピオンになっているアナハイムは、唯一の連覇の可能性を持つチーム。

 去年はそれを、メトロズが持っていたのだ。

 二年も連続で、ワールドシリーズで負けるわけにはいかない。

 そう考えてメトロズは、勝負に徹してきていた。

 ニューヨーカーが望むような、真っ向勝負での勝利にはならないかもしれない。

 だが勝利の美酒を飲むのは、我らメトロズである。




 どちらが勝つのか、どちらに勝ってほしいのか。

 そのどちらにも、自分の利益を見出している。

 わざとらしくホテルのスイートルームなどに泊まるのではなく、自分の家において、セイバーは考えていた。


 メトロズはオーナーが高齢であり、その遺産を相続する場合、相続人が手放す可能性は高いというか、手放さなければ税金が払えない。

 もっともこういう場合は遺産の中に、わざと負債を作って相殺しているのだが。

 メトロズはそのまま、計画通りに手に入れることが出来る。

 しかいあと数年はかかるだろう。


 アナハイムの方は、元はそのために利用するためだったのだ。

 直史がMLBにいるのは三年間で、大介のように駒のようには使えない。

 だが直史の圧倒的なピッチングは、アナハイムという球団を大きく揺るがした。

 オーナーのモートンの考えと、直史の考えは反する。

 そこにセイバーの付け込む隙がある。


 正直なところ、ここまで二つのチームが、高いレベルで拮抗するとは思わなかったのだ。

 勝ち星の新記録を更新し、そのままポストシーズンでも勝ち進む。

 ビジネスとしてはセイバーは、あちこちの球団に関係しているので、MLB自体は盛り上がったこの数年で、巨大な利益を得ていた。

 完全に合法であるが、二人が来ることによって盛り上がることは予測していたので、インサイダー取引に近い。

 だがこれは八百長ではないから、完全に見通しの問題なのだ。


 資金は充分に集まっている。

 その最後の一押しを、どうしてもらうべきか。

 メトロズはその資産価値が、過去にないほど高まっている。

 アナハイムもそれは同じなのだが、メトロズは元からある程度高い。

(けれど、そういうことじゃない)

 今はひたすら、楽しめばいいだけなのだ。


 ワールドシリーズ第六戦。

 アナハイム側からは、直史が投げることは聞いている。

 ここで勝って第七戦というのは、充分に予想できる。

 だが直史と大介の勝負はどうなるのか。


 未来は不確かである。

 だがその結果は、二日後にはもう出ていることであるだろう。

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