第134話 第三者

 第三戦が終わった。

 メトロズが二勝一敗と、アナハイムをリードしている。

 去年のメトロズがアナハイムに勝てたのは、大介をある程度封じていたからだ。

 逃げていたとも言う。

 また去年のメトロズは、上杉を第六戦に先発させたのみ。

 最初から先発として直史に当てていれば、あるいは四つ目の勝ち星を持っていたヴィエラに当てていれば、優勝していたのはメトロズだったのだ。


 去年はメトロズが投手運用に失敗した。

 今年はアナハイムが、投手への采配に失敗し、勝利を逃している。

 結局こういった大舞台では、ピッチャーが勝敗を決する最大の要因となる。

 大介でさえ、九人いるバッターの中の一人でしかない。

 明日は直史が投げてくる。

 大介はそれを考えると、汗を流してさっさとベッドで眠りに入った。


 翌日、一人だけのベッドで目が覚める。

 集中するために一人になっていたが、ツインズには一緒にいてもらった方が良かったか。

 それにしても実の兄とは言え、夫と対戦する家にお世話になるとは、直史の集中力が心配ではある。

 だが大介と違い直史は、家族が多い家で育ったのだ。

 冬の休みの時にも、普通に子供たちの世話を焼いていた。


 ホテルの食事を仲のいいチームメイトと摂って、練習の時間を待つ。

 だがその大介の端末に、珍しい人物からの連絡が入っていた。

「おや」

 返事をすると、またすぐに反応がある。

 なんとホテルのエントランスのラウンジで待っているのだという。

 MLBのチームが遠征する場合、ホテルの格式は三ツ星以上とメトロズの場合は決まっている。

 その同じホテルに泊まっているとは、なかなかに高給取りだからこそ出来ることだ。


 大介が姿を見せると、向こうから立ち上がってやってきた。

「よう」

「うす」

 真田との久しぶりの再会であった。




 家族を連れて、遊園地へ、というのが真田の話である。

 だがそれは建前で、真田本人はワールドシリーズの第四戦以降を、現地で見るためにやってきたのだ。

 今時日本であっても、便利に試合を視聴することは出来る。

 だが真田は去年の対決を見てから、かなり前から第四戦以降のチケットなどを抑えていたそうだ。


 ライガースのスタッフは、助っ人外国人を手配するために、アメリカにもいる。

 そこからチケットを手配してもらおうとしたのだが、随分と大変だったそうな。

「お前はもう、こっちには来ないのか?」

「俺は……適性がないからな」

 MLBとNPBでは使っているボールに質の差がかなりある。

 簡単に言えばMLBのボールの方が、大きくて縫い目が高い。

 過去にNPBでは活躍しながら、MLBでは失敗したピッチャーというのは、このボールへの適性がなかったということが多い。


 真田はまさに、その適性がないタイプのピッチャーだ。

 それはWBCの選考の時に、既に分かっていたのだ。

 挑戦という言葉は、真田は使わない。

 そもそも中学時代など、日本製のボールを使った世界大会では、優勝しているのだ。


 MLBはもちろんNPBの中でも、真田の体格は小さめだ。

 それでも大介よりは、明らかに大きいのだが。

 身長はともかく体重でも、直史よりは重い。

 ただやはり体格は、耐久力を保証する。

 大介も直史も、セイバーの紹介がなかったら、MLBのチームは果たして取りにきただろうか。

 実績を積んだ今なら、全く何も問題はないだろうが。


「そういや家族って、お前のとこも双子だったっけ」

「今年で四歳の男の子が二人ですね」

 大介の長男昇馬と、同じ年齢である。

「やっぱ野球やらせるのか?」

「どうかな。やりたいならやらせるけど、父親がプロ野球選手とかだと、変に期待されたり失望されたりもするし」

 真田のところの結婚も、オフシーズンに行われたため、一応大介は出席している。

 なんと中学時代の同級生と結婚したのである。

 大介としては自分のところがアレなので、あえて家族としての付き合いなどは避けていた。

 しかしまあ、人に歴史ありといったところか。


 去年は日本で見ているだけであったのに、今年はわざわざ本場に見に来たのか。

 それはやはりMLBの空気を、自分で体感したかったのか。

 今年真田は29歳。

 ギリギリMLBであっても、挑戦できる年齢だろう。

「いや、俺は本当に、試合を見にきただけだ。多分今年が、一番盛り上がるワールドシリーズになるだろうし」

 他にも何人か誘ったのだが、乗ってこなかったそうだ。

 中には来年に向けて、既に自主トレに入っている者もいたそうだ。


 真田の目から見ても、今年はメトロズとアナハイムの決戦と見えるのか。

「そりゃMLBのシステムを考えれば、来年までまたこのカードが成立するとは、さすがに思えないからな」

 それに気付いているということは、やはり真田もMLBについては調べていたということだ。

 世界最高のレベルでプレイしたいという思いはあったのだろう。

 だが生来の適性が、彼を諦めさせてしまったのだ。




 MLBはNPBよりも、はるかにFA移籍やトレードが多い。

 そのため選手の移動によって、あっという間にチームの戦力が変わってしまう。

 メトロズはシュミット、ペレス、シュレンプとの契約が切れる。

 ピッチャーならばウィッツに、クローザーのレノンも元から一年契約だ。

 これだけのメンバーを、引き止めることが出来るのか。

 引き止めたとしても、ペレスやシュレンプはやや、パフォーマンスが衰えてきている。


 対するアナハイムは、スターンバックとヴィエラが抜けるのが痛い。

 もっとも樋口がその年俸に対して、充分すぎるほどの結果を残してくれてはいる。

 新戦力のアレクも、リードオフマンとして満点の実力を示した。

 打線の方はいいのだが、スターンバックとヴィエラ、この二人をどうするのか。

 新しくマイナーから上がってきたピッチャーは、まだまだ実力不足だ。

 直史がいくら勝っても、年間に30勝ほど。

 あと60勝は誰かが勝ってくれなければ、およそポストシーズンに進むのは難しいだろう。


 最強のメトロズとアナハイムの対決は、今年までしか見られない。

 そうおもったからこそ、真田はわざわざ現地にまで来たのだ。

「確かにうちは、来年は苦しいだろうなあ」

 大介もそれは認める。

「だけど俺は打つぞ」

 それにあのオーナーであれば、金に糸目をつけず、選手を集めてくるはずだ。

「そういや来年こっちに来そうなのって誰かいないのか?」

「うちからなら阿部がけっこう、MLB志向らしいけどね」

「あいつそうだったのか?」

 ライガースの後輩である阿部は、甲子園を経験していないピッチャーだ。

 それでもプロ一年目から活躍し、現在では真田と共にライガースの主力投手となっている。

 確かに体格もあって、MLBでも通用しそうには思えた。

 だがFAまでには、まだ少しあるはずだ。

「こっちに来るとしたら、来年のオフだな」

 ポスティングを求めているのでは、という話は聞こえてくる。


 大介は別に、MLBには来たくて来たわけではない。

 実際に来てからは、とてつもなくエンジョイしているが。

 NPBはMLBにとっての4Aクラス、などということも言われたりしている。

 だがその4Aではそれなりに抑えられていた大介は、MLBの歴史を塗り替えまくっている。

 その勢いはNPB時代をさらに上回っているのだ。


 直史もまた、圧倒的なピッチングを続けている。

 だが直史は、来年でもう引退する。

 それは大介との約束で決められていたこと。

 おそらく多くの人間が、それを引きとめようとするだろうが。




 二人の話題は、おおよそアメリカでの大介の生活と、日本のプロ事情に集中していた。

 MLBのハードな日程のことなどを聞くと、やはり真田はため息をつく。

 真田はNPBで一度故障している。

 高校時代にも一度、故障していたことがある。

 おそらくMLBの、中五日では投げていけない。

 しなやかに体を使って投げる真田は、そもそも球速自体は150km/hちょっとしか出ていない。

 それでも日本のボールを使うなら、あのスライダーとカーブで、充分に通用していたと大介は思う。


 日本ではとにかく、今年はレックスの失墜が大きかった。

 樋口と武史の二人が抜けたのだから、それも無理はないと言えるだろう。

 だがそれでもシーズン後半はそこそこ立て直して、三位とさほど差のない四位。

 来年以降に期待、といったところだろう。


 ライガースはペナントレースを制し、またクライマックスシリーズでスターズを破り日本シリーズに進出。

 だがそこで福岡に負けて、日本一は逃している。

 MLBにさっさと行ってくれと言われている選手は、何人かいる。

 大介の後輩であり、入れ違いに白富東に入った悟などは、毎年のようにトリプルスリーに近い数字を残している。

 ただポスティング申請はせず、去年の国内FA権も使わなかったので、今年はどうなるのか。

 かつては自分がいた舞台の話をされているのだが、大介の耳にそれらの情報は遠い。

 西郷が相変わらず打っているのを聞くと、安心したりするのだが。


 NPBとMLBでは、同じルールで野球をやっている。

 アンリトンルールなどはあるが、基本的には全て同じものであるはずだ。

 だが大介がこちらで感じるのは、もっと原始的な野生に近いものだ。

 システムや機材などは、むしろMLBの方が、しっかりと金をかけている。

 かけていない球団は、本当にかけていなかったりするが。


「さて、そろそろ俺は行くわ」

 共通の話題は、それこそたくさんある。

 だが大介は、これから対決に向かうのだ。

「正直、一度ぐらいあの人を、倒してほしいとは思うけどね」

 真田が直史のことを言っているのは、大介にもよく分かる。


 甲子園においても、プロにおいても、真田は直史に勝てていない。

 どれだけ相手を抑えていても、直史はそれ以上に抑えて、真田を負かしてしまう。

 それは別に真田だけに限ったことではなくて、他の多くのピッチャーやバッター、チームにおいても同じことなのだが。

 白富東がセンバツに出た、二年の春。

 あれを知らない人間は、直史の負けた姿を見たことがないはずだ。

 もちろん今では記録媒体で、あの敗戦試合を見ることは出来る。

 だが恐ろしいことにこの14年間ほどは、直史が負ける姿を、リアルタイムで見ている人間がいないのだ。

 さすがにオープン戦でのピッチングを見て、勝った負けたと騒ぐことはない。


 直史と、勝負することさえ許されたのは、大介だけとなる。

 そもそも大介があんな条件を出さなければ、直史との対決は成立しなかったのだ。

 あと一年、あるなどと思わない方がいい。

 メトロズもアナハイムも、とにかく今年は強すぎた。

 だからといって来年も、この強さを維持できないのがMLBだ。

 同じことを、去年も言っていたような気がするが。


 来年などはない。

 今年、このカードで。

 大介は、直史に勝たなければいけない。




 アナハイムは連敗しているが、スタジアムの観客は、そんな悲壮な表情を浮かべていない。

 MLBにおいて無敗という、とてつもない記録を持つピッチャーが、今日は先発なのだ。

 直史の名前がコールされると、スタジアムが大きく蠢いた。

 口笛があちこちで吹かれる不協和音。

 この第四戦の意味を、誰もが分かっている。


 昨日まではそれなりに、メトロズ側にも声援は送られていた。

 だが今日は完全に、アウェイの雰囲気となっている。

(今日はまあ、落としても仕方がないんだろうな)

 メトロズが本気で勝ちにいくなら、直史から点を取ることだけではなく、メトロズほどではないが充分に強力な、アナハイムの打線を封じることも考えなければいけないのだ。


 ジュニアを中三日で、というのもあっただろう。

 だが首脳陣のプランは、この試合はオットーとスタントンを使うというものだ。

 二人を初回から全力で投げさせ、どうにか六回まで。

 そこからは普段どおりの、リリーフリレーという考えだ。


 それでもおそらく、アナハイムを完全に抑えるのは不可能だろう。

 この試合は大介にとって、チームのことを考えなくてもいい。

 個人と個人の対決に、集中することが出来る。

 ある意味ぜいたくな試合なのである。


 マウンド上ではいつものように、力なくボールを投げる直史の姿。

 そして土を掘って、フォームに合わせていく。

(さあ、今日も楽しい野球の時間の始まりだ)

 第四戦、戦力的には圧倒的にアナハイムに有利な、ワールドシリーズの試合が始まる。

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