第122話 正面突破

 トローリーズはリーグチャンピオンシップに残った4チームの中で唯一、ディビジョンシリーズを第四戦まで戦っている。

 そのため本多をメトロズとの初戦には出さずに、フィッシャーを出してくることは予想された。

 だがトローリーズが出してきたのは、ローテの五番手ピッチャー。

 メトロズは当然のように、武史を先発として出している。


 これはMLBっぽくないな、とは思った大介であるが、NPBならけっこうあるよな、とは思った。

 重要なカードの場合、初戦にエースを持ってくるとは限らない。

 普通はエース同士の対決を演出するのが、昔としては当たり前だったらしい。

 だが現在のNPBではそれなりに、エース同士の対決を外して、確実に一勝を取りに行くということも多い。

 ファンからすればエース同士の対決を見たいのだろうが、勝つためならば非情の選択だ。


 この試合は捨てたんだな、と思わないではない。

「この試合は捨てたんだな、なんて思うなよ?」

 マウンドに登った武史に、ショートから近寄ってきて、大介が言う。

「油断させてお前から一点か二点リード奪ったら、そこから主力ピッチャーに交代させる可能性はあるんだからな」

 もっともMLBのルールでは、最低三人に投げるかイニングが終わるまで、ピッチャーの交代は出来ないのだが。

 このあたりは大介としては、左殺しのピッチャーの需要がなくなって、面白くないのではないか、と思う。

 試合展開を早くするため、MLBは色々と考えてはいる。

 だが本気で試合を早く終わらせたいなら、いっそのこと7イニングで試合を終了させてしまえばいいではないか。

 そういう問題ではないことは、ちゃんと分かっているのだが。


 大介に言われた武史は、慎重に投げることにした。

 どのみち序盤には、球数が増えるのが武史の特徴だ。

 100マイルを平気でオーバーするストレートを、四隅に投げわける時点で、油断も何もないと思うが。

 ただ、トローリーズは早打ち気味に打ってきた。


 坂本が考えるに、これは武史の立ち上がりがいまいちという点を、攻略のポイントとして考えているからであろう。

 早打ちでアウトになっても、球数が増えない。

 それならばまだ、アイドリング状態が続くということである。

(じゃあボール球投げてりゃいいんじゃないのか?)

 武史の考えは当たった。

 ゾーンギリギリに、逃げていくムービングを投げる。

 すると空振りまではいかなくても、ゴロを打たせることが出来る。

 ムービングファストボールというのは、そもそもそういう意図から発生したものなのだ。


 一回の表、三人が内野ゴロ。

 武史らしくないピッチングと、人は思うかもしれない。

 だが遺伝子的に考えれば、直史の能力もある程度、備わっているのが武史の血統だ。

 そしてリードするのは、そんな直史と一年間バッテリーを組んできた坂本。

 この第一戦は想像以上に、メトロズは楽な対戦になるのかもしれない。




(極端な作戦だな)

 当たり前のように一回の裏、大介は敬遠された。

 後続のバッターの打撃で、初回から二点を先制する。

 武史は二回の表も無失点に抑えて、二回の裏、メトロズに追加点はなし。

 三回の表、武史はまた無失点に抑える。

 三回の裏、大介は敬遠される。


 なんだこれは、という違和感が大きくなってくる。

 大介は盗塁でチャンスを作るまでもなく、後続のバッティングによってホームにまで帰ってきた。

 これで三回で三点差。

 さらにこの回、もう一点が入った。


 トローリーズは勝つ気があるのか、と多くの人間が思っただろう。

 だが日本の野球、それもアマチュア野球などを充分に経験した身からすると、このトローリーズの動きは理解出来る。

「狙っちゅう」

 坂本もそう言った。


 真っ向勝負をしても勝てないと、トローリーズは割り切ったのだ。

 メトロズのホームゲームで、相手からのブーイングは聞こえてくる。

 しかしトローリーズのベンチに、動揺した様子は見えない。

 はっきりとこの作戦は浸透しているのだ。

 そしてブーイングによってたまるフラストレーションを、発散させるタイミングを待っている。

 この第一戦を捨ててでも、この先の試合を取りにきている。

 もしも負けたらFMは間違いなく解任なのでは、と思うほどの思い切った作戦。

 果たしてどうなのだろうと思うのは、試合の行方ではない。

 ここまでやっても負けた時、FMは来年もトローリーズにいられるのか。

 そもそもあちらのFMが、どういう契約でやっているのかは知らないが。


 大介との勝負を、とことん避けてくる。

 メトロズは順調に点を取っていき、七回にはほぼ安全圏の六点差にまで点差は開いた。

 ここで武史は交代。

 六点差ならばとリリーフに後を任せる。


 


 観客はまだ武史のピッチングを見たかっただろう。

 七回までに12奪三振と、武史のペーストしては、やや少ないぐらいだ。

 そしてここからトローリーズは反撃に出た。

 しかしメトロズ打線も追撃する。


 ノーガードの殴り合いに近いが、その中でも大介は、ショートで好プレイを見せて、内野の守りを堅くしていた。

 短期決戦はピッチャーが良くないと勝てない。

 しかし同時に、ピッチャーを支えるためには、強力な守備陣も必要なのだ。

 一番身体能力が必要とされるポジションが、ショートである。

 大介はもうずっと、ショートを守ってきていた。

 この試合、全ての打席で勝負してもらえていない。

 さすがに敬遠が続いたのは三打席目までだが、それ以降もボール球ばかりを投げられている。

 一度だけ内角を攻めてこられたが、思わず力が入ってしまった。

 ライトスタンド、ポールの右へ切れていく、大きなファールフライ。

 あれが悪かったのか、そこからは徹底的に外に投げられている。


 フラストレーションが溜まる分を、大介は守備で発散していた。

 点差がそこそこあるために、盗塁を仕掛けるのは一度だけで充分だったのだ。

 怪我だけはしないように、と言われながらもショートをしっかりと守る。

 この負担の大きなポジションを守れなくなるころ、自分は何をしているだろう。

 そんなことを考えながらも、体が勝手に動いていくのに任せていた。


 14-3でメトロズの大勝利。

 たったの2イニングで三点も取られたと思うべきか。だが勝ちパターンのリリーフは使っていない。

 勝負は明日以降だな、とどちらのベンチもが思っている。

 ただメトロズ側のベンチやスタンドは、完全に勢いを持っている。

 やはり負けると分かっていても、第一戦を捨ててくるのはリスキーだったと思うのだ。


 第二戦はトローリーズがフィッシャーを出してくる。

 それに対してメトロズは、ジュニアが投げていくのだ。

 ピッチャーの能力に関しては、フィッシャーの方が上だろう。

 だが今のメトロズには勢いがあり、そしてその中でジュニアも成長するはずだ。

 坂本が上手くガス抜きをしながら投げさせれば、悪いピッチングにはならないだろう。

 そしてフィッシャーからでも、何点かは取れるはずだ。

 

 トローリーズは思い切った作戦を取った。

 そしてメトロズはそれが分かった上で、作戦ごと押しつぶそうとしている。

 この第二戦で勝てれば、おそらくもうそこで勝負は決まる。

 ワールドシリーズへ進むことが出来るのだ。




 時差の関係もあって、マンションに戻った大介は、西海岸の試合を頭から見ることが出来る。

 これはMLBとしても、二つの試合が両方視聴出来るように、しっかりと考えて時間をずらしているからだ。

 アナハイムとミネソタとの試合は、ちゃんとしたエースの投げあいで始まった。

 ただ試合を見ているうちに、トローリーズのやったことも、分からないではないのだな、と大介は思うようになった。

 メトロズに次ぐ打力を誇る、今年のミネソタ。

 特にブリアンはほぼ四割の打率と、56本ものホームランを打った。

 MLBの中では大介を除けば、最高の好打者と言っていいだろう。

 単純に強打者と言うには、打率が高すぎる。

 なので確実に、ヒットも打つことが出来るのだ。


 その第一打席を見て、なるほど、と大介は頷いた。

 直史の投げているボールは、球速はせいぜいが92マイル。

 もう少しは出せるはずだが、やはり球速では相手を抑えていない。

 重要なのは球速ではない。

 散々に言われていることだが、分かりやすい凄さはやはり球速なのである。


 直史のピッチングというのは、真綿で首を絞めるようなもの。

 または徐々に底なし沼に沈んでいくか、遅効性の毒のようなもの。

 銃弾で一撃死とか、刃物でばっさりという、分かりやすいダメージではない。

 だが気がついたときには、完全にもう手遅れになっているのだ。


 徐々に生命の危機に陥っていき、即座には殺すわけではないという、このピッチング。

 恐ろしいのは相手が、全てが終わった後に、ようやく脅威を実感するというものだろうか。

 上手く打たせることで、球数も減らしている。

 この試合はあるいは、内野安打やポテンヒットで、パーフェクトもノーヒットノーランも出来ないだろうな、と大介は早いうちから気付いていた。

 自分だったらどうするだろうか。


 ミネソタは三連勝した勢いと、その中心となる打線の若さで、アナハイムに挑んだはずだ。

 そのパワーの全てを、直史はいなしてしまっている。

 これが格闘技なら、マッチョの大男を、達人の老人が、簡単に投げているというような映像になるだろうか。

 まさに直史のやっていることは、それと同じことなのだろう。

 力ではなく技。

 少ない力をどれだけスピードに変換できるか、それを直史は考えていた。

 そしてたどり着いたのは、力ではなく技であったのか。


 人類はいずれ、170km/hを投げるピッチャーがまた現れ、人体の構造上の限界である178km/hを超えるスピードを投げるピッチャーも、出てくるのかもしれない。

 だがその178km/hを投げるピッチャーが、パーフェクトを連発することが出来るだろうか。

 全打者を三球三振でしとめても、81球が必要になる。

 直史の達成した80球以内での完封を、果たして再現することが出来るだろうか。


 単純な力と力の勝負では、直史を打つことは出来ない。

 何度も自覚しながら、大介はそれを忘れそうになる。

 求められているものは、ホームランなのだ。

 去年の最終戦、ヒット二本に大飛球を打ちながらも、一点も取れなかったのが大介だ。

 点を取らなければ意味がない。

 大介はそう考えて、試合を終了まで観戦した。




 アナハイムは確かに、投手力を含めた守備力の高いチームだ。

 だが打撃力の方も、かなり注意しておいた方がいいだろう。

 アレクと樋口の加入、そしてターナーのさらなる成長によって、その得点力はかなり高くなっている。

 樋口が、打てる時に打つのではなく、打たなければいけない時に打つことを考えているため、本当の打力はまだ分かっていない。


 メトロズの首脳陣は、どう考えるだろうか。

 直史に対して、武史をぶつけるのだろうか。

 確かに本来ならば、そうするべきだ。たとえ負けても、直史のスタミナや集中力、精神力を削るべきだ。

 だがメトロズがトローリーズにそこそこ負けて、武史がもう一試合投げることになれば。

 休養が必要となる。

 武史以外のピッチャーで投げるなら、おそらく失点はある程度覚悟しなければいけない。

 そしてある程度のリードが出来たなら、直史は失点も覚悟で投げてくるだろうか。


 大介を打ち取れるようなボールは、本当に必要な時まで、使わないのではないか。

 とは言っても大介が一番を打っている限り、そこでは必ず勝負をする必要がある。

 一番バッターを打つというのは、本当に正解だったと思う。

 ただ第一打席で点が取れなければ、先にアナハイムが先取点を取る可能性は高くなる。


 いい加減に、一度ぐらいは分かりやすく勝ちたい。

 ヒットを打ったとしても、大介には直史に勝ったという実感などない。

 バッターとピッチャーの対決で、どちらが勝ったのか。

 それはチームスポーツなので、はっきりとはしないのだ。

 はっきりするのは、どちらのチームが勝ったか、ということだけで。

 そして相手を無得点に抑えれば、それはやはりピッチャーの勝ちなのだろう。


 団体競技の中で、これほど個人対個人の勝負があるスポーツは、それなりに珍しいはずだ。

 陣形を作って、ボールを運んで、シュートをする。

 世界で一番に競技人口の多いサッカーや、バスケットボールではそういうものだ。

 しかしバッターとピッチャーの勝負は、一対一。

 ランナーが出ていたり、キャッチャーが牽制したりと、色々と周囲の要素はある。

 だが決闘と言ってもいいほど、個人の技量が関係する。

 それはこの勝負しかないだろう。


 そして明確なバッターの勝利は、唯一つだ。

 ホームランを打つこと。

 それ以外は全て、判定負けと考えてもいい。

 点が入るかどうかは、それ以外は全て運が支配する。

 直史の場合はその運さえも、支配しているような気がするが。


 アナハイムに、直史に勝つ方法。

 単純にアナハイムから四勝すればいいと、そんなことは大介は思っていない。

 自分が、直史を打ちたいのだ。

 限りなくエゴイスティックかもしれないが、大介はそれが許されている。

 いや、それはむしろ大介にとって自由ではなく、責任であろう。

 直史を打って、試合にも勝って、メトロズが優勝する。

 それこそが大介に課された、運命だと思えるのだ。




 一眠りすれば、また次の日も試合。

 ここでの二試合目が終わると、次はトローリーズのホームスタジアムでの試合となる。

 大介はあの、トロールスタジアムが好きだ。

 なんとなくではあるが、甲子園と似た空気を感じる。

 全くもって、似てはいないはずなのに。


 球団の車でスタジアムに送ってもらい、そして体を動かす。

 今日は投げない武史だが、昨日は本気を出す必要がなかった。

 本気を出す前の段階で、既にどうにかなっていたと言うべきか。

 下手をすれば中三日で、先発にまた投げることになるかもしれない。

 いや、下手をしなくても、武史ならばそれは可能なのだが。


 ニューヨークの天気、今日は曇り。

 また西海岸に先駆けて、東海岸の試合は始まる。

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