第120話 お祭り男

 NPB時代もMLB時代も、さらに昔には県大会より甲子園。

 なぜか相手が強く、厳しい状況の方が、成績が上がるのが大介である。

 第一戦ではホームランを二本打ち、そして第二戦。

 一回の裏の先頭として、またもホームランを打った。

 学習能力はないのか、とも思うがレギュラーシーズンでは、初回の先頭打者としては出塁を優先していたのが大介である。

 レギュラーシーズンとポストシーズンでは、戦い方が違う。

 一勝の重みが、一点の重みが違うのだ。


 この試合のメトロズの先発はジュニアだった。

 一回の表にランナーは許したが、失点はしていない。

 そしてその裏、問答無用の大介の一発。

 打撃力に定評のあるチーム同士の対戦は、先制点はさほど重要ではない。

 だがそれでも、初回に先頭打者が打ったというのは、チームに勢いをつけるものであった。


 初回に三点を奪ったメトロズは、このまま一気に試合を走りぬけるのかと思われた。

 だがポストシーズン、サンフランシスコは戦い方が分かっている。

 去年はメトロズに、ディビジョンシリーズで敗れている。

 その記憶から、戦術を考えているのだ。


 ハイスコアゲームにしなければ、メトロズには勝てないと分かっている。

 そして武史相手では、それが不可能であろうことも。

 幸いにもサンフランシスコは、直史との対戦がない。

 だが直史に比べればマシと言っても、武史の残した記録も異常なものなのだ。


 年間400奪三振の記録を作り、さらに500奪三振。

 おそらくこの記録を破る者は、二度といないであろう。

 だが大介は、薬物が禁止になった今、二度と破られないであろうと思われたホームラン記録を、たやすく更新した。

 そして二年目には、前人未到の80本オーバー。

 二試合に一度は必ず打っているという、とんでもないペースであった。

 

 投打におけるパワーの極み。

 直史の場合はインテリジェンスとテクニックが見受けられるが、大介と武史はひたすら圧倒的なパワーで蹂躙する。

 もしもこのカードが第五戦までもつれこんだら、武史が中五日で投げることが出来る。

 そうなればサンフランシスコが打ち崩すのは難しいし、打ててもせいぜい一点ぐらいか。

 なので先に三勝するしかないのだが、この試合はメトロズの攻撃を止めることが出来ない。 

 ジュニアも被弾したのだが、ビッグイニングを作らないように、坂本が上手く誘導していた。


 ホームランを打たれても、ソロならばそれほどの痛手にはならない。

 一点を取られたとしても、アウトを着実に取って、追加点を許さないのが重要だ。

 これはそういった試合になってきている。

(そのはずなんだけど、俺を歩かせるのかよ)

 大介は不機嫌だ。


 二打席連続で歩かされている。

 そんなことをしても、シュミットなどが打っていって、結局はビッグイニングのきっかけになるであろうに。

 大介の機動力は、あるいはこういう試合では、長打力より厄介かもしれない。

 そう認識できる人間が、果たしてどれだけいるだろうか。

 

 シュミットは大介の機動力を活かすために、長打ではなく出塁を意識していた。

 もちろん打てる球は、打ってしまうのがシュミットだ。

 その後のペレスとシュレンプで、犠牲フライを打ってもしっかりと点を取る。

 メトロズの打線の方針は、完全に一貫している。


 着実に、相手よりもチャンスを活かして、点を取っていく。

 大介もそうだがシュミットも、それなりに走ることは出来る。

 ただメトロズは、目の前の試合だけではなく、頂点を目指して戦っている。

 そこに油断や傲慢さがないかと言われれば、あると言えるのかもしれない。

 しかし同時に、覇気と勢いもあるのだ。

 128勝でおよそ80%という圧倒的な勝率。

 自信に満ちたメトロズは、打線がしっかりとつながっていく。


 二戦目はさすがに、一戦目ほどの大量点は取れなかった。

 だが打線が常にリードを確保し、ジュニアも大量失点はない。

 リリーフにつなげて、9-5と危なげのない勝利。

 これで二連勝となる。


 サンフランシスコは去年から、メトロズ相手にポストシーズンは五連敗。

 第三戦の先発は、ウィッツである。




 飛行機でニューヨークからサンフランシスコへ。

 ニューヨークには及ばないが、それでも超巨大都市のサンフランシスコ。

 フランチャイズでありながら、第三戦にスタジアムに集まったのは、サンフランシスコのファンは比較的少なかったかもしれない。

 それでもスタンドは満員で、試合を楽しみにしているベースボールファンは多い。


 メトロズは現在、MLBの中で最も人気のあるチームかもしれない。

 個人の人気が、そのままチームの人気につながっている。

 大介の記録尽くめのパフォーマンスは、まさに歴史に残るレベル。

 ワシントンで試合があった時は、大統領が観戦に来ていたこともある。


 サンフランシスコは新しいものが発信される都市であるが、人気は既に絶頂期は終えたはずのベースボールが、また復権してきている。

 そのビッグウェーブに乗ろうと、にわかなファンが増えている。

 ただ騒げれば、それでいいのだという人間もいるだろう。

 だが大介のプレイは圧倒的で、期待を裏切ることがない。


 最強のバッターが、記録ではなく伝聞でもなく、今目の前にいるのだ。

 それを見逃す手はない。

 フォアボールを選んで、着実にチャンスを広げるような、そんな退屈な野球ではない。

 大介はボール球でも打っていくし、それが体に当たりそうなブラッシュボールでも、体を開いて自然に打ってしまう。

 とにかくそのバッティングだけではなく、守備も走塁も、パフォーマンスが桁違いなのだ。

 なおブラッシュボールは和製英語であり、MLBでは「brush back pitch」と呼ぶのが正しい。


 アウェイとなるサンフランシスコでのゲームなので、その大介の打席が一番最初に回ってくる。

 いきなり盛り上がる場面であり、スタンドはおおいに沸いている。

 フランチャイズであるのにサンフランシスコの選手は、むしろ萎縮してしまっている感じもする。

 武史には封じられ、殴り合いでは負けている。

 サンフランシスコらしい試合が、出来ていないのだ。


 せめて一勝、とホームの試合で勝とうと考えているかもしれない。

 だがただ勝利を目指すなら、この先頭打者の大介と対決してはいけなかった。

 出塁してチャンスを作ることを、大介は考えていた。

 だがそれは相手が、普通のピッチャーである場合のみ。

 アナハイム戦を見据えて、大介は考えている。

 直史と対戦するなら、自分一人で点を取る覚悟をしなければいけない。

 そこが徹底できていなかったからこそ、去年は負けたのだ。

 徹底していても勝てたとは限らないが。


 初球を打った。

 インハイを攻めたボールは、のけぞらせることが本来の目的であった。

 だが大介は右足を大きく引いて、体を開く。

 スイングは開始されるが、バットはまだ出てこない。

 充分にひきつけてから、ライトの方向へ打ったのだ。

「よっしゃ」

 久しぶりに、いい感じの打球になった。


 ライナー性の打球は、おかしな放物線を描いていた。

 ライトのフェンスを越え、さらにスタンドを越え、またさらにその先へと。

 そう、ライト方向にある、海へと飛び込んでいったのだ。

 計測すれば、150mは軽く飛んでいただろう。

 大介ならば打つと予測して、ボートでこれを待っていた人間もいた。


 左打者不利のはずの、このスタジアム。

 自分のバッティングさえ出来れば、大介にとっては特に意味はなかった。




 殴り合いに勝たなければ、この先へは進めない。

 サンフランシスコは第二戦を落とした時点で、実は諦めていた。

 だが諦めたからといって、試合で全力でプレイしないわけではない。

 特に今年で契約が切れたり、FAになったりする選手は、全力でパフォーマンスを見せつける。


 ウィッツは左のサイドスローで、どちらかと言うと軟投派である。

 だが同時に、ちゃんとした技巧派でもあるのだ。

 この試合というかこのカード、彼はちゃんと理解していた。

 サンフランシスコはハイスコアのゲームを狙い、メトロズもそれに応じるであろうことを。


 完封などは目指さない。

 だが安定したロースコアゲームにする。

 それがウィッツのスタイルであり、それでずっと戦力になってきた。

 35歳というのは、メジャーリーガーのキャリアとしては、晩年に差し掛かっているのだろう。

 そんな時期に大介のようなプレイヤーと一緒にやれたのは、幸運以外の何者でもない。


 一回に一点、三回に一点、六回に一点。

 三点を取られたクオリティスタートで、リリーフにつなげる。

 その間にメトロズは、倍の点数を取っていた。

 ピッチャーとバッターのレベルが、上手く釣り合っている。

 バッターの方が強いが、ピッチャーはその得点力以内に、相手の打線を抑える。

 野球というスポーツにとって、最も基本的なこと。

 味方の取ってくれた点数以内に、相手の得点を抑える。

 これが出来たからこそ、今年のメトロズは強かったのだ。


 リリーフ陣はクローザーのレノンをはじめ、この試合で終わらせるつもりでいる。

 1イニングずつをしっかりと抑えて、その間に味方はさらに点を取ってくれる。

 このチームは最強だ。

 おそらく20世紀の伝説のチームなどよりも、さらに強いチームだろう。

 もっともそれに拮抗するようなチームが、もう一つあるのが異常であるのだが。


 メトロズは勝利する。

 三連勝のスウィープで、まずはディビジョンシリーズを終える。

 三試合で取った点数は30点。

 対して失点は11点と、これもそれなりに取られたと言えるだろう。

 同じリーグのもう一つは、やはりトローリーズが上がってくる様相だ。

 去年と全く同じカードで、ポストシーズンを争うことになるのか。


 去年よりも投手力が強くなったメトロズ。

 武史を本多と当てれば、おそらくやっと勝てるだろう。

 去年も今年も、本多を打ち崩せてるとは言えない。

 もちろんそれでも、ワールドシリーズに進めればそれでいいのだが。


 大介はふと、アナハイムの成績を見てみた。

 同じく三連勝のスウィープで、リーグチャンピオンシップに進出している。

 しかし三試合のスコアの合計は、16-5となっている。

 得点も失点も、メトロズのおよそ半分の数だ。


 ロースコアゲームになれば、おそらく勝つのはアナハイムだ。

 ハイスコアならば、メトロズが勝てる。

 ただ直史が投げてくる試合が、ハイスコアになるはずはない。

 それは同時に、武史が投げる試合にも言えることだ。

(チームはどう考えているのかな?)

 全体の作戦などには口を出す立場ではない大介だが、そのあたりは少し気になる。




 サンフランシスコから、ニューヨークへ戻ってきた。

 そしてその日、西方からトローリーズの勝報が届く。

 去年と同じ、トローリーズとのリーグチャンピオンシップ。

 さらに言うならこれで、三年連続同じである。


 今年はさすがにそろそろ勝ちたいと、トローリーズは思っているかもしれない。

 だがそろそろ勝ちたいと思っているのは、大介も同じなのだ。

 NPBではわずか一年だが、その間に直史には負けている。

 そして去年も、ワールドシリーズの舞台で敗北した。

 今年こそは、と思っている気持ちが強いのは、果たしてどちらか。

 気持ちなどではなく、ただひたすら強ければ、強いほうが勝つのであろう。


 トローリーズとの初戦は、武史が出るのは間違いない。

 一方のトローリーズは、おそらくフィッシャーを出してくるのではないか。

 あるいは二枚のエースを使わず、初戦は落としてもいいと思ってくるかもしれない。

 それぐらいの運用をしてくるなら、トローリーズにはまだ勝算があると言えよう。


 正面からの激突、力と力の勝負を、アメリカ人は好む。

 大介は小さいが、そのパワーは大きい。

 奇跡のように見えるその力は、アメリカ人の意識の根底を覆すものだ。

 だからこそ余計に、注目を浴びているのだろうが。


 アナハイム、ミネソタ、メトロズ、トローリーズ。

 四つのチームが残った。

 このうちミネソタ以外は、去年と同じラインナップ。

 戦力均衡が上手く働いていないのではないか、とさえ思える。

 だが今年でメトロズもアナハイムも、主力がFAになり、契約切れになる選手も多い。

 考えたくないことだが、来年は戦えないかもしれないのだ。


 今年が最後のつもりで、必死で戦う。

 大介はその日も、日課の素振りを続けていた。

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