第113話 ダブルヘッダー
おそらく判断が難しいのではないか。
ダブルヘッダーというのは昼と夜とで試合を行う。
そのため延長戦を行うにあたっても、タイブレークを採用している。延長に入れば即座にタイプレークだ。
大介としては懐かしのタイブレークだ。
どうしても思い出すのは、高校二年の夏の甲子園準決勝。
あれほど緊張感に満ちたタイブレークは、以前も以後も経験していない。
今日はオットーとスタントンがそれぞれ先発するわけであるが、リリーフ陣はどうすればいいのか。
「というわけで野手にも投げてもらう可能性はあるからな」
特に大介の方を見て、FMのディバッツが言った。
ヒューストンとの対戦は、重要なものである。
アナハイムとの戦力比較の上で、戦うべき相手だ。
明日の第三試合は武史が投げるため、メトロズの一番強いスタメンで戦うことになる。
だがヒューストンはヒューストンで、蓮池が登板してくるのだ。
大介は蓮池と、対戦したことはある。
だが回数はそれほど多くなく、完勝とまでは言えない相手だ。
コントロールに優れた速球派投手であるが、器用な投手でもある。
使う変化球もコロコロと変えていて、スライダーで有名になったと思ったら、左右に少しずつ変化するムービングを主体にしたりもした。
カーブやチェンジアップなど、緩急を取る球も投げる。
だが直史のような、完全な変化球のコントロールまで持っているとは言えない。
現在の蓮池は、またムービング系主体だが、100マイルほども球速は出ている。
スタイルが変化するのはおそらく、NPBとMLBのトレンドの違いに合わせているということだろうか。
あとはさすがに、全ての変化球を使うのが、肉体への負担が厳しいのかもしれない。
「蓮池か……」
大介としても、NPBのピッチャーの中では、五指に入る実力かな、と思わないでもない。
ただパのピッチャーに関しては、正確な評価は難しい。
セのピッチャーであれば、上杉、直史、武史、真田の四人まではさらっと選べる。
五人目はタイタンズに移籍してきた島や、スターズに移籍してきた上杉正也、あとは大介が日本を離れる時はまだまだ未熟であった、ライガースの後輩の阿部などが候補だろう。
上の世代のピッチャーであれば、ライガースの山田、レックスの東条なども優れていた。
山田はさすがに衰え、東条もMLBで引退したが。
あのあたりと比べても、見劣りはしないと思う。
それでも投手としての実力では、武史の方が上だとは思う。
しかしヒューストンは打力も高いチームであり、去年は上杉と当たってスピードボールにも慣れているだろう。
大介と勝負するかどうか、それが試合を決めるかもしれない。
短い期間ではあるが、大介の知る限りにおいては、プライドの高い選手ではあった。
だが冷静に計算する選手でもあったので、無理に勝負をしようとはしないかもしれない。
(まあ正面から一度でも勝負してきたら、それを倒す)
明日の話であり、まずは今日のダブルヘッダーだ。
オットーとスタントンはどちらも、他のチームでも普通にローテーションを任されるピッチャーだ。
オットーは15勝3敗、スタントンは13勝2敗と素晴らしい数字を残している。
だがこれは打線の援護あってのものであり、平均的な打線と守備であれば、年に五つほど勝ち星を貯金できるかどうか。
それでももちろん、優秀なピッチャーなのは間違いない。
ただこの二人には完投能力はない。
あったとしてもこの時期に、無理をさせる必要はないだろうが。
第一戦のオットーは、六回を三失点。
打線も三点を取って、同点の状態でリリーフに継投。
そしてここでメトロズは、勝ちパターンのリリーフを投入できない。
ダブルヘッダーの試合なのだから、同点の場面では投入出来ないのは当然だ。
だがヒューストンは八回の裏に勝ち越すと、そこから強いリリーフを投入してくる。
結局は5-6でメトロズからまず先に勝ち星を奪った。
第二戦のスタントンは、七回までを投げて三失点。
だがイニングが昨日と違い、そして一点差ながら勝っているメトロズは、勝ちパターンのリリーフを迷わず投入。
ヒューストンはこれに対し、ベンチは敗戦処理のピッチャーを投入。
九月になってロースターが40人になっていることを、ちゃんと使っている。
もちろんメトロズも同じ手段を取っているわけだが。
少しでも消耗したくないというのは、両方のチームに共通のこと。
メトロズは一気に大量点を入れ、そこからはまた勝ちパターンのリリーフを温存する。
最終的には7-4でメトロズの勝利。
一勝一敗で第三戦となる。
メトロズはピッチャーの中では、最大戦力の武史が先発。
それに対してヒューストンも、強力なピッチャーである蓮池を投入。
数字を見る限りでは、ヒューストンはこの蓮池を、三番目として扱っている。
もしもこの勝負にメトロズが負けるなら、短期決戦ではかなり不利なことになるのでは、という予測がつく。
蓮池はパ・リーグのピッチャーであったため、上杉と佐藤兄弟による、タイトル独占時代の被害者ではない。
毎年15勝前後をして、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率、このあたりのタイトルを年に一つ程度は確実に取っている。
どちらの方が上であるのか。
武史はどうでもいいと思っているが、蓮池は自分の方が上だと思っている。
確かに球速では負けるし、変化球の種類もそれほど大きな違いがあるわけではない。
だが武史には不足している、マウンド経験。
純粋にプロで過ごした期間は、蓮池が一年長いということも条件となるだろう。
それらのことを考えた上で、どちらの方が上であるか。
「タケだろうとは思うけど、今日はホームゲームじゃないからなあ」
合法ドーピングである嫁ブーストを、ヒューストンまで持ってくるわけにはいかなかった。
なので必ずしも、メトロズが圧勝できるというわけではない。
交流戦があるため、大介は蓮池との対戦経験はある。
あの時は普通に打っていったが、日本シリーズでの対戦は七年目の一度だけ。
ホームランを打って、大介とライガースが勝った。
ただあの頃もだが今も、スタイルを変えている。
大介からするとそれは、もったいないなと思わせてしまうものだ。
蓮池の器用さは、確かにすごいとは思う。
だがそれでも、中途半端な器用さだ。
全体的に見れば、確かに多くの変化球が使える。
しかしそのシーズンに限れば、ある程度の制限がかかっているのだ。
毎年のようにスタイルを変えるため、分析して対処するのは難しい。
だが一試合の中で、もっと様々に変化球を投げ分けるということは、出来ていないのだ。
肉体の強度限界か、あるいは精度限界か。
強度限界としたら、直史があれだけ自由自在に投げられるのはなぜなのか。
「まあとりあえず、最初の勝負だが」
先攻のメトロズは、一番の大介が打席に立つ。
蓮池にとってみれば、最初にラスボスがやってきたような感覚だろう。
蓮池が入学した時、まだ大阪光陰の三年には、白富東との激闘を知っている者がいた。
後にはレックスに進み、蓮池とプロで対決した緒方などが代表だろうか。
蓮池が在籍していた間、大阪光陰は春と夏に一度ずつ全国制覇を果たした。
その中では何度か白富東と当たっていた。
不思議なチームだな、という印象を受けた。
大阪光陰も野球のために、全国から素質を持った選手が集められていた。
その中でも蓮池は、同年代の中ではトップ。
白富東との削り合いがなければ、あと一回か二回は全国制覇を果たせただろう。
大阪光陰も野球部としては、前時代的な要素を極力廃したチームであった。
だが白富東はそれ以上で、全く統制が取れていないように見えながら、しっかりとチームワークがあった。
上下関係を全く感じなかったあたり、蓮池としてはむしろ、あちらに入った方が面白かったかな、と思ったこともないではない。
もっとも白富東は公立高校。
千葉県の人間でなければごく少数の例外を除いて、入学を志望することすら出来なかったが。
プロ入り後には、アレクが同じジャガースにいた。
白富東では一番を打っていて、蓮池よりは三つ年上。
元々日系ブラジル人ということもあって、彼も上下関係などには頓着していなかったし、大阪光陰の選手だったとしても、別に敵愾心などはなかった。
チームメイトとしては、センターにフライを打たせれば、高確率でアウトにしてくれる名手。
そして一番を打ちながらも、ホームランをかなりの数打っている選手であった。
アレクが先にMLBに移籍して、活躍することが出来た。
だから蓮池も、迷いなくポスティングを申請した。
大介と対戦するために。
プロ入り後に経験した、ポストシーズンの大介。
最後の甲子園では八割を打ち、ホームラン記録も大幅に更新した怪物。
日本一を賭けて対戦したのは一度だけだが、打ち取れるイメージが全く湧かなかった。
ホームランだけは避けて、あとは野手の捕れる範囲に打ってくれるのを祈るしかない。
大介の甲子園時代は、最後の一年はそんな感じであったのだ。
蓮池はMLBに来てからも、充分に自分の力が通じるのを実感していた。
ただそれでも自分とほぼ同格のピッチャーが、チームに二人もいるのは、それなりに衝撃であったが。
蓮池がもう一つ、MLBにやってきた理由。
それは直史との投げ合いに勝つためだ。
直史はプロ一年目、日本シリーズで伝説の四勝を上げた。
その中で対決したピッチャーの中の一人が、蓮池である。
ヒット一本の無失点に抑えられたのだから、蓮池がどう頑張ろうと、勝てなかったのは仕方がない。
だがそれでも、投げ合って負けたという意識は強い。
同じリーグの同じ地区だというのに、蓮池は今年、直史と投げあったことがない。
直史がヒューストンとの試合で、一度も投げていなかったのだから仕方がない。
だがこのまま予定通りであれば、九月の中盤に一度だけ投げ合いの機会があるはずだ。
もっとも投げ合って勝てるか、と言われれば自信家の蓮池であっても、なかなか頷けるものではない。
防御率が2点のピッチャーというのは、プロにおいては超一流であるのだ。
蓮池はそんな中、NPB時代は2を切ってきた。
MLBに来てからも、3以下に抑えている。
だがそれでは足りないのだ。
(なんでこうも、化け物ばかりが)
中学時代までは、蓮池は陸上競技をいくつか掛け持ちしていたことがある。
身体能力では本当に、圧倒的な選手であったのだ。
だがフィジカルのスペックでは大介に負け、テクニックのスペックでは直史に負ける。
中学時代は自分が言われていた、不条理という言葉。
高校時代に勝ちはしたものの、白富東のユーキと対決し、自分と同格だと認めた。
またバッターが相手であれば、やはり後に同じジャガースでチームメイトになったが、悟も同レベルのプレイヤーだと感じていた。
彼はMLBではなく、NPBにとどまることを選んだ。
ジャガースは選手の流出に寛容な球団であるため、ポスティングでこちらに来ることは出来ただろうに。
優れたプレイヤー全てがプロに来るわけではなく、またMLBに来るわけでもない。
蓮池にとってみれば、不思議なものだなとは感じる。
己の身体能力を頼みに、ずっと戦ってきた。
ただ球速のみにしても、上杉や武史という壁がある。
後輩の毒島も、同じような球速であったが。
だがまずは、目の前の大介との対戦。
トローリーズの本多は、ある程度打たれながらも、メトロズに勝利している。
ならば自分もまずは、それに並ぶべきだ。
そう思って大介と対峙する。
散々に歩かされて、フォアボールや敬遠の記録を作っている大介だが、それでもこの初回の先頭、全く打ち気を隠していない。
勝負をしろと散々にその目が言っている。
蓮池もまた、ここで安易に避けるつもりはない。
(当たるなよ)
初球、サウスポーからのカットボール。
大介はサウスポーのスライド変化に弱いとは、散々に言われていた。
だが同時に、たいていの変化は簡単に打ってしまうとも言われていた。
どっちなのだ、という気分である。
どちらも正しい。
確かにサウスポーのスライダー、カーブ、カットボールなどに対して、大介はやや打率が落ちる。
それでもまだ、超一流のレベルだということが、両方を正しくしてしまっている。
この打席でも、蓮池が勝負する雰囲気を悟っていた。
そして自信家の蓮池は、いきなりそこに投げ込んでくるのかとも思っていた。
細田のカーブや、真田のスライダーに比べると、変化量が足りない。
背中に一度隠れるような感覚がなければ、それほど打ちにくいボールでもないのだ。
膝元のインローに入ってきたボールに、バットを合わせる。
普通に打たれたボールは、普通に飛んでいく。
いつものライナー性の打球ではなく、掬い上げたフライ性のボール。
「惜しい」
ポールを切って、ファールになってしまう。
蓮池は元々、スライダーを使えたはずなのだ。
MLBに来てからは封印しているようだが、NPBではちゃんと使っている時もあった。
そもそも高校時代は、一年生の時から150km/hを投げて、高速スライダーも持っていた。
そのスライダーであれば、大介にとってはもっと打ちにくいボールになるはずだ。
投げる変化球を多くしすぎると、負荷がかかりやすい。
あるいは変化球を一つに絞りすぎると、負荷がかかりやすい。
どちらなのだ、と大介などは思うが、岩崎は前者であったし、直史は後者であった。
ようするに体質の問題で、変化球はどれだけ投げられるかが決まるのだろうが。
(スライダー、投げて来い)
果たしてそれが、通用するのかどうか。
大介は楽しんでいる。
ピッチャーとの対決を、何よりも楽しく思ってしまう大介。
樋口のように大事な時に打つため、わざと打たないという選択肢は持たない。
蓮池との対決も、大介にとっては大きな愉悦となるのであった。
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