第99話 そこそこの因縁
アメリカ人はニンジャが好きである。
忍者ではない。NINJA、あるいはニンジャである。
とにかく日本生まれのスーパーパワーを持つユニットは、とにかくニンジャ。
その次がサムライなのだろうが、アメリカ人の持つサムライは、負けたら腹を切るものであるらしい。
……野球マンガで腹をかっさばくようなものがあるので、誤解とばかりは言い切れない。
サムライジャパンなどとも言われるが、普通に大介も武史も招集されたことがある。
坂本はない。高卒でアメリカに行っていたからだ。
大介などは年配の野球ファンの人は、アストロボーイなどと呼んだりしている。
鉄腕アトムはアメリカでそう訳されているわけで、意図としては小さいのに強い、という部分を強調しているのだろう。
アメリカ人はいい加減、大きなことを正義と思うことをやめるべきである。
ただ本日のトローリーズの先発の本多も、180cmは軽くある。
なんだかんだ言って、巨体から繰り出されるパワーというのは圧倒的なものなのだ。
上杉にしろ、190cmほどの身長に、体重もかなり重い。
身近な選手で小さなプロと言うと、他のチームだが同じ千葉で争った星などは、170cmちょいしかなかった。
味方で割りと小さかったのは淳であろうが、確かそれでも175cmはあったはずだ。
かくも野球は大きな選手に有利であるし、小さくても体重はそれなりにあったりする。
本多はサムライで、大介はニンジャだ。
ニンジャなら小さくて身軽でもいいらしい。
確かに大介的にも、本多も上杉と同じく武士っぽいなとは思う。
ピッチャーとしての、エースとしての、正しいプライドを持っているという点で。
もっともこの武士像は江戸時代も中期に入ってからのもので、戦国の武士などは外道畜生と朝倉さんも言っている。
勝てばよかろうというのが戦国時代であって、その意味では本多も上杉も、偶像化されたサムライと言えるのかもしれない。
大介はもちろんニンジャではない。
彼は永遠に、ただ一人の野球少年だ。
それを言うなら本多もサムライではなく、傾奇者と言った方が本質に近い。
帝都一の松平監督も、在学中は扱いに苦労した本多。
実際のところドラフトにおいてタイタンズに指名された時、松平は苦い顔をしたのだ。
強豪となったジャガースの方が、高卒選手にとってはいいとさえ思っていた。
だが本多はそんな心配を乗り越え、タイタンズのエースとなって、今はこうしてMLBの世界にいる。
一回の表のマウンド、先頭打者に大介を迎える。
初球から投げてきたのはフォーク。
ただ最近の本多のフォークは、もうスプリットと分類してもいいのではないか、と大介は考えている。
フォークとスプリットの特徴は、スピンを抑えることで、ボールを落とす変化球であること。
フォークは強く挟み、スプリットは違う挟み方をするが、どのみち変化球の理屈としては同じで、どちらもMLBではスプリッターに一まとめにされる。
このフォークを見送った大介。カウントはストライク。
球速があるので、ストレートとの見極めが難しい。
(さっすが本多のフォーク。俺じゃなかったら見間違えちゃうね)
大介は頭の中で、本多のフォークの軌道を計算した。
二球目はツーシームを投げて、大介はこれも振る。
わずかにミートが遅れて、ボールはファールグラウンドに転がっていった。
そして外角を攻めて、視線を誘導する。
ボール球は見逃し、最後には内角を攻めてくるか。
追い込んでいる状態から、またも投げられたのは外角。
これは打てるとバットが始動する大介であるが、視覚から入る情報を脳が処理し、そのスイングを修正する。
落差のある方のフォークだ。
そしてバットは止まらない。
足を踏ん張って止めてしまっても、上半身が回ってしまうのがバッティングだ。
大介のバットの下をボールが通過し、この打席は三振に終わったのであった。
現在13連勝中のメトロズは、間違いなく最強の得点力を誇るチームだ。
そしてそういう強いチームこそ、対戦して燃えるのが本多である。
一回の表を三人で終わらせる。
対してメトロズは、今日はリリーフもこなすワトソンによるリリーフデー。
ただ実際のところワトソンは、六人目の先発として数えられている傾向もあり、実は今年は自分の先発した試合で、まだ負け星がついていない。
ピッチャーとしての実力は、ほどほどと言える。防御率は先発時は、5点に近い。
だがそれでも勝ち星ばかり五つもついているのは、いわゆる「持っている」というものなのだろう。
それでもしっかり補強をしているトローリーズは、初回から点を取っていく。
とりあえず五回まで投げてくれれば、それで充分というのがメトロズ首脳陣の考えだ。
ワトソンとしてもリリーフが本職の自分に、それ以上は求めてほしくはない。
ただそれでどうにかするには、本多と対戦させるのは、酷であったと思う。
主人公体質の本多は、上杉や大阪光陰最強時代、白富東最強時代と重なりながらも、甲子園優勝を果たしているごくわずかなピッチャーの一人だ。
高校時代の圧倒的な成功体験が、元々の素質を確実に成長させていった。
プロ入りからほぼ即戦力であったが、二軍に調整のため落ちるたび、そのスペックを上げて戻ってきていた。
今ではストレートも101マイルを記録するし、ムービング系に加えてチェンジアップも投げることは出来る。
だがやはりストレートとフォークの組み合わせが、一番の本多の武器であろう。
メトロズの一巡目を一人のランナーも出さずに抑えて、スタンドの応援に応える。
まだ六月のMLBは、本来それほど観客が熱狂するようなものではない。
だが対戦相手が強ければ、そしてエースクラスが出るならば、盛り上がるのも当然だ。
甲子園を知っている大介はともかく、観客の少ないスタジアムで戦っているチームなど、この観客数だけで萎縮するだろう。
それでも高校野球に比べれば、プロの試合で応援が勝敗に影響を与えることは少ない。
ライガースでさえもだ。
地元トローリーズから最初のヒットを打ったのは、予想通りと言っていいのかどうかはともかく、大介であった。
先頭打者として打った打球は、低い弾道で伸びてフェンス直撃。
深く守っていた外野も、届かないようなスピードであった。
ただし跳ね返った勢いも強く、なんと二塁に進むことも出来ない。
一塁を回って二塁に向かうところ、慌てて戻ってくる。
逆にそれはすごいが、得点の機会としては痛いものである。
ここは走りたいな、と大介は珍しく、報復以外での盗塁を考える。
シュミットならばどうにか進塁打ぐらいいは打ってくれるだろうし、ペレスとシュレンプならば、外野フライか内野ゴロは打てるはずだ。
ワンナウトからなら大介の足で、ホームに帰ることが出来る。
しかしベンチからサインは出ない。
シュミットのバッティングに期待しているのだろう。
そしてここでも本多が使ったのは、フォークであった。
かろうじてシュミットがバットに当て、大介はダブルプレイを避けるために急ぐ。
送球はファーストにされて、これでワンナウト二塁。
盗塁を成功させていれば、とは思うが本多はかなり牽制も上手くなった。
プロ入り当初は同じ関東のライバル、玉縄の方が明らかにそのあたりは上であったのだが。
ワンナウト二塁で、バッターは三番のペレス。
ペレスも今季で契約が切れるので、来年はこのチームにいるかどうか分からない。
優勝できるとしたら、今年の方が来年よりも確率は高いはず。
二塁のベース上から、大介がスチールしたのは、本当に気配を見せない動きであった。
強肩から繰り出される送球よりも早く、大介は三塁にスライディング。
ぎりぎりのタイミングで、これを成功させる。
リードは大きく取っていなかったが、変わりに本多の警戒が薄く、あまりクイックで投げていなかったのが幸いした。
あとは初球で外に外していて、わずかに送球に時間がかかったというのもあるだろう。
だがこれでワンナウト三塁。
内野ゴロでもホームには突っ込める。
ここでしっかりと掬い上げて、外野フライを打ってくれるのが、メトロズの三番や四番である。
センター定位置より、やや深めのフライ。
助走をあまりつけていなかったため、大介のタッチアップに間に合わない。
これにてメトロズは一点を返す。
だがランナーがいなくなったのが、ベンチの作戦としては、次に動けないものになってしまった。
ある意味この試合は、先発のローテの組み合わせで、既にトローリーズの勝利が近かったのだろう。
四回に一点を失った本多であるが、追加点は許さず五回も抑える。
その間にトローリーズが、二点を奪っていた。
3-1という点差は、まだ決定的なものではない。
ましてメトロズは、リーグ最強の得点力を誇る。
防御率が2点台前半の本多でも、抑えるのは難しいはずだ。
ただ本多というのは気分屋というか、本当に力を入れるべき時は、ギアを一段階上げて投げるピッチャーである。
まさにエースの本能を持っているため、今季も七回や八回まで、無失点で投げたという試合があるのだ。
完投はリリーフ陣に余裕があるためしていない。
そう、トローリーズのメトロズに対するストロングポイント。
それはリリーフ陣の差である。
この試合にメトロズが勝とうと思うなら、本多を打ち崩すのはもちろんだが、リーグでトップ5に入るぐらいのトローリーズ打線を、抑えることも考えておかなければいけなかった。
前半で3-1というのはメトロズからしてみたら、味方のピッチャー的には上出来であったのだ。
トローリーズはまだ本多が元気に投げる中、メトロズはピッチャーを交代。
そして徐々に点を取られていく。
二巡目のメトロズは、大介がランナーとして出た時に、ランナーを重ねられなかったのが痛かった。
六回には大介の三打席目が回ってきたが、ここはフォークを掬い上げたものの、フェンス際でセンターのグラブに収まる。
風の影響とかではなく、トロールスタジアムは広いグラウンドなのだ。
やはりフライ性ではなく、ライナー性の打球を打たなければ、スタンドインすることはない。
普通は逆なのだが。
この時点でトローリーズは、ほぼ勝利を確信した。
大介に続いてシュミットが外野に飛ばして出塁したが、その後が続かずに無得点。
八回か九回には大介に四打席目が回ってくるだろうが、トローリーズも追加点を入れている。
7-1とだいぶ点差が広がったため、本多は七回を一失点で降板。
球数的にもちょうどいいぐらいで、今日は完全に本多の調子のいい日であった。
もう遅いタイミングであろうが、ここからメトロズは反撃を行う。
大介は四打席目もヒットにしたが、それでも点は一点までしか入らない。
序盤の三点だけで、充分という7-2で最終的には決着。
大介の打席だけを見れば、四打数の二安打と、半分はヒットにしている。
だが大介に求められるのは長打なのだ。
一本は確実に長打性の当たりであったが、珍しく三振もあった。
これだけホームランを打ちながら、今季まだ12個目の三振であったりする。
今日の敗北の原因は、本多の調子が良かったから。
メトロズは去年のポストシーズンでも本多の先発試合に負けているので、これで三連敗ということになる。
今季はあと一度、今度はメトロズのシティ・スタジアムで一カードが行われる。
果たしてその時に、本多のローテが回ってくるのか。
「いや、まずは先に残り二試合だけど」
珍しく武史が突っ込みを入れたのは、完全に他人事として捉えていたからであろうか。
今年のメトロズはとにかく大量得点で、一点も取れなかったのは直史に封じられたあの試合だけだ。
なお一点しか取れなかった試合も、武史が1-0で完封したあの試合しかない。
二点しか取れなかった試合も、実はこの試合が初めて。
90%以上の試合が、五点以上の点を取っている。
そして今日の敗北についても、去年のメトロズほどは、首脳陣は悲観していない。
武史を当てていれば、トローリーズも一点ぐらいに抑えていたと思えるからだ。
武史の防御率は、今のところおおよそ0.5で推移している。
直史に比べればまだ常識的な範囲だが、先発ピッチャーで三番目に防御率のいいピッチャーでも、1点以上にはなっている。
本多にしても、調子の波がそれなりにある。
調子が良くても一点は取られているのだから、武史を当てれば勝てる。
エースにエースを当てるかどうかというのは、かなりの悩みになる。
相手がスーパーエースを出してくるなら、こちらは一番弱い駒を当てて、捨て試合にしてしまえばいい。
ただあまり露骨にこれをやると、ファンの印象が悪くなる。
プロレスではないのだから八百長はやらないが、シナリオのあるプロレスの方が、むしろ面白い場合さえある。
スーパーエースがいるのなら、二番手以降のピッチャーの運用が重要になる。
ウィッツで相手の弱いところに勝ったので、これで一勝一敗。
残りの二戦はオットーとスタントンが先発となっている。
トローリーズの方は、実質本多と二枚看板か、あるいは安定感では本多以上のフィッシャーが次の試合で投げてくる。
三番手以降のピッチャーとの対決になると、果たしてどういうことになるか。
まずは明日の試合、やや不利なピッチャーの実力を、どれだけ打線の援護で跳ね返すことが出来るか。
首脳陣はそこを考えなければいけないし、最悪でもここは二勝二敗で終わらせておきたい。
アナハイムとの勝率の差は、まだ完全に安心できるようなものではないのだ。
ただずっとフルスロットルで走り続けるのも、どこかで必ず息切れする。
それを思うと七月の中旬に、オールスターがあるのはありがたいことなのかもしれない。
トローリーズとの四連戦の後は、サンフランシスコとの三連戦。
強敵相手のアウェイゲームが続く。
ただそれさえ終われば、他球団がカモにしているマイアミとの試合。
もっともメトロズは今年、ここまで勝率七割と、圧倒的に勝っているわけではない。ローテの噛み合わせの都合だ。
六月のトローリーズとのカード、残り二試合。
重要ではあるが、考えすぎてはいけない試合が、まだ続いていく。
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