第89話 観戦

 ※ AL編89話の続き


×××


 野球観戦に作法はない。

 もちろん最低限のマナーはあるが、球場で見ないのは俄だとか、ビールを飲みながらなど本質を見失っているとか、そんなことは言われない。

 夏場の高校野球を、休日に昼からビールと枝豆で視聴する。そんな楽しみ方があってもいい。

 そういった点から考えると、球場のVIPルームで空調も完全な中、ワインやシャンパンと共に試合を楽しむのは、金銭的な面からだけを見れば、贅沢なものなのだろう。

 直接試合の様子を見ることも出来るし、モニターでテレビの映像を見ることも出来る。

 球場で見てもピッチャーがどんな変化球を投げたとか、バッターの打球がどう飛んでいったのか、むしろ分からないのではないか。

 テレビ視聴派の人間はそんなことも言うかもしれないし、実際に利便性を考えたなら、そちらの方が有利であるし安上がりだ。


 だが億万長者のオーナーでさえ、最高の観戦場所は砂被りだと言っている。

 メトロズのオーナーのコールも、そう言ってスタンド最前列に座っているタイプの人間だ。

 そしてVIPルームをセイバーに渡してくれていたりする。


 野球の試合を現地で見ることの恩恵は、その熱狂を全身で浴びるということ。

 もちろん瑞希も恵美理も、それは体験している。

 セイバーなどはベンチの中の空気さえ、体験しているのだ。 

 ちなみにその時の感想としては、スタンドで応援するよりベンチの中の方が、まだ涼しいというものである。


 歓声はそれなりに伝わってくるが、どうしてもガラスで空間は断絶している。

 パワーが伝わらない気がする恵美理である。

 瑞希の方はせっかく用意してもらったので、ナプキン片手にポップコーンとコーラを楽しみながら、試合やスタンドの風景を記録している。

 夫の心配などしたりはしない。

 もちろんただ盲信しているというわけでもない。


 今日の試合は瑞希と恵美理、お互いの夫同士が投げ合ったエース対決だ。

 しかし瑞希がどうしても敵役にするのは、大介を含むメトロズ打線になる。

 ピッチャーのエース対決というのは、対決とは言うが直接対決しているわけではない。

 打線の援護がどうという話になるから、お互いに冷静に応援することが出来るのだ。


 ただ恵美理からすると、瑞希の観戦光景は、少し薄情に見えたりもする。

 瑞希は叙情的な表現を用いたりもするが、基本的には散文的な人間だ。

 それに対して恵美理は、制御された感情を尊ぶ、芸術肌の人間なのだ。

 二人は仲が悪くないが、とてつもなくいいというほどではない。

 だが親戚として付き合う分には全く問題ないし、感情などを言語化する能力に優れた瑞希は、実はやや恵美理との距離感を慎重に取っている。


 二人の眼下の光景は、確かに熱狂する者がいるのも当然だ。

 恵美理は武史が三振を奪うたび、小さく、だが確実に、ガッツポーズをしている。可愛いな、アラサー。

 それに対すると瑞希は、あくまでも客観的に直史を見ている。

 立ち位置の違いと言うべきか、本質の違いと言うべきか。

 それは直史と武史の、ピッチングスタイルの違いにも関係する。




 武史のピッチングは、確かに三振をたくさん奪う、派手なものだ。

 だがこの試合も初回に30球粘られたように、それなりに力で対抗できるのだ。

 瑞希は直史がいる間は、レックス全体の成績も記録していた、

 直史がいた二年間の間に、武史は36勝2敗。

 二年目はそこそこの期間を離脱して、こんな数字を残しているのだ。

 既に名球会入り資格を得ている上杉には、さすがに及ばないかもしれない。

 だがチームの強さに違いがあるので、勝率などは上回っている。


 直史のピッチングの凄さがもっとも分かるのは、その試合が終わった瞬間。

 結局一点も取られず、取られる気配さえ見られなかったのが判明したとき。

 あまりにも安定している。高空飛行の安定というレベルではなく、衛星軌道上の安定と言ったほうがいいぐらいだ。

 ただこの試合は、さすがにそう簡単には行かないらしい。

 

 二打席目の大介も、危ないながらも打ち取ることに成功していた。

 ほとんど長打になりかけた、バックの守備力に頼ったものであったが。

 そして次のシュミットに打たれてしまった。

 ここで直史のパーフェクトもノーヒットノーランも消えた。

 さらに大介に、四打席目が回ってくることが確定する。

 九回の裏でメトロズがリードしていたら、その機会すら必要ないが。


 武史も微妙な当たりのヒットを打たれ、ノーヒットノーランが消えた。

 しかし三振の数を積み上げていく。

「どっちが勝つのかな~」

 シャンパン片手に、セイバーが気楽そうに呟く。

 その言葉に、エースの妻二人は反応した。

「私は、武史さんが勝つことを信じています」

 武史を信頼するような恵美理の言葉だが、瑞希は咄嗟には答えない。


 ここまでの試合展開。

 お互いのエースが、ほとんど打たれないような空気になっている。

 だがそれでも動くかと思えたのは、やはり大介の打席であった。

 ここからではなく、むしろ画面を確認すれば、トルネード投法を使って、それでもぎりぎりで打ち取っている。

 一度しか通用しない手段を、もう二打席目に使っているのだ。

 シュミットがヒットを打って出塁したので、九回に必ず四打席目が回ってくる。

 

 試合を動かす力は、メトロズの方が大きいと思える。

 大介の力が直史の技を上回るか、それがポイントだ。

 しかし単純に失点さえしなくていいなら、まだまだ直史には、ペテンにかける方法があるだろう。

 勝敗を分けるのは、他の要因だ。

 瑞希はそう考えて、ここまでのスコアを確認する。


 瑞希はデータ的に野球を見ることが出来るので、直史から試合の話を聞くことが多い。

 それは執筆においても必要なことだからだ。

「ここまで79球か……」

 単純に最高戦力と最高戦力をぶつけ合えば、メトロズがやや有利かもしれないと、直史自身が言っていた。

 だが野球は興行であり、この試合に全てを出し切ってしまうわけにはいかない。

 直史は苦心しながらも、後先考えずにこの試合で投げているわけではない。


 計算があるのだ。

 この試合に勝つことによるプラス、負けるマイナス、無理をして勝つことのプラス。

 そしてそれらの計算は、直史ばかりがしているわけではない。

 武史はしていないかもしれないが。

 樋口が、そしてFMにコーチが、そして向こうの首脳陣が。

 そういったものから総合的に考えると、妥当性のある答えも出てくる。

「武史君は負けないと思う」

 瑞希はそう計算する。

「でも勝てないと思う」

 瑞希の言葉は不思議なものだ。




 NPBならば試合は、12回のイニングで引き分けとなる。

 しかしMLBはどちらかがリードしてイニングを終わるまで、ずっと続いていく。

 試合によってはピッチャーを使いきり、野手が投げるということもある。

 もっとも、その場合は野手を使っているチームが、もうどうしようもなくなっている場合も多い。


 つまりMLBであれば、武史がまだ投げられると思っていても、120球前後で代えられるのではないか。

 そしてその時アナハイムというか直史は、まだ球数は100球に達していないだろう。

 ピッチャーの性能だけを見るなら、どちらも相手を0で封じる。

 ただメトロズの方には、大介がいるのだ。

 少なくともあと二打席、対決しなければいけない。

 そこを無得点に抑えられるのか。


 野球は総合力で勝負するところがあるため、ホームランにさえならなければ、他のバッターを抑えるという選択肢が出てくる。

 単純に試合の勝利を考えるだけなら、大介は敬遠してしまえばいいのだ。

 だがそこに、野球というスポーツの美学が邪魔をしてくる。

 敬遠することが許されない場面、というものが必ず存在するのだ。


 直史はそれに加えて、大介と勝負する理由がある。

 むしろ大介と勝負をするため、プロで野球をやっている。

 瑞希としてはそれは、直史が輝く舞台で活躍するようで、とても誇らしくもなる。

 弁護士になるなど、選手寿命の短い野球選手を引退してからでも、直史ならなんとかなると思っていたのだ。

 ただ直史は、野球以外のところにも、己の美学を持っている。

 その美学の方が野球の美学より、直史にとっては大切であった。


 この試合の決着はおそらく、九回までにメトロズが一点を取って、1-0で勝つ。もしくは延長に入ってからアナハイムが一点を取って1-0で勝つ。この二つのパターンのどちらかだと思う。

 あるいはピッチャーが交代してしまったら、一気に何点か入る可能性もあるが。

 果たしてMLB実績がまだ今年一年目の武史に、どこまでの球数を投げさせることを、メトロズは容認するか。

 それに比べればアナハイムは、直史の球数が少々増えても、問題はないと考えるだろう。


 五回で79球。二回以降は20球以内に武史は抑えている。

 九回を投げた時点で、おそらくもう武史は120球を超える。

 ノーヒットも途切れた今、メトロズはそこそこの球数で、武史を交代させる可能性は高い。

 無理をして投げても、それに見合ったリターンが得られないと考えるのだ。

 もし直史から勝ち星をもぎ取ったら、それは間違いなく単なる一勝以上の意味を持つ。

 だが二年前のエキシビションからこっち、メトロズは直史に負け続きだ。

 なのでこの試合でも、負けることはある程度織り込み済みなのではないか。


 メトロズ首脳陣としては、先に二試合を連勝し、そしてアナハイムがまともに武史を打てないのを確認すれば、それでいいのだろう。

 アナハイムは直史が、五回を終えたところで52球。

 初回こそ粘られたものの、それ以降は少ない球数でしっかりと抑えている。

 三振も取っていて、いざという時にはそれで相手のバッティングを抑えられる。

 そんな状況の中で、六回の表が始まる。




 瑞希の言葉は客観的で、直史を応援しているものではなかった。

 この夫婦は男と女と言うよりは、人間と人間の関係で、お互いを深く理解しているようだ。

 セイバーの目から見ると、武史と恵美理の関係は、まだお互いがお互いに恋しているような初々しさを持っている。

 だが直史と瑞希であると、お互いの人生を助け合って生きていくパートナーというのを感じる。


 それはおそらく子供が、出産時から心臓の異常で、とても成人できないなどと、言われていたことも関係しているのだろう。

 そういったこととは別にしても、育児の大変さは、武史の方からは聞こえてこない。

 元々恵美理がそういうものは、外部の手を借りることに慣れていたというのもあるだろう。

 武史の仕事の特殊性からいって、そういう余裕がなければ、二人の関係は破綻したかもしれない。


 単なる金なら、直史の方も持っているはずだが、あの二人は目の前の金銭よりも、人生の選択肢を重視した。

 それも今ではMLBで、高給取りになっているので皮肉だが。

 セイバーの場合、パートナーとの関係は、男女の関係ではないので破綻するかもしれないと、常に身構えている。

 そのあたりのことから考えると、互助関係でありながら依存性の少ない直史の関係の方が、夫婦のすれ違いは少ないと思う。

 武史の方がお互いのラブラブさがいつまで続くかで、将来もあり続けられるかが決まる。

 お互いが経済的に全く困っていないので、意外と離婚の可能性はあると思う。


 野球の試合を見ながら、二人を観察していると、人間関係が見えてきて面白い。

 夫婦関係というなら、大介のところが絶対的に安定しているだろう。

 あそこは三人で家庭の芯を作っている。

 三本足で立つ状態は、安定している。


 今の人間関係は、とても安定している。

 だがここに彼女がいたらどうだろうか。

 イリヤは直史に興味を抱き、武史に好感を抱いていた。

 そして大介を、ある意味恐怖していた。

 彼女の力も借りて、セイバーはこの資本主義の世の中を、もっと楽しいものにしようと思っていた。

 だが本当に物事は、予定通りにはいかないものだ。


 今年のアナハイムとメトロズ、どちらが勝つのか。

 去年の戦力バランスから考えて、今年はメトロズの方により注力した。

 セイバーは専門スカウトではないので、必要な戦力を都合よく持ってくるということは出来ない。

 だがお互いのチームに、必要な要素は追加できたはずだ。

 ただその追加戦力が、予想以上に活躍しているが。


 今年と来年のあと二年。

 セイバーはどちらの味方に積極的になるか、その時間で決めなければいけない。

 だが本当に、この先どうなることやら。

 直史の限界を、大介がどう攻略するか。

 セイバーから見た両者の戦いは、そういうものなのだ。




 五回の裏の直史は、意識的に打たせて取っている。

 わずか八球で攻守交替。三振も一つ奪っている。

 この六回の表も、セイバーとしては見所であった。

 九番から始まる打席なので、アレクと樋口には回る。

 そして一人出れば、ホームランバッターのターナーに回るのだ。


 まずは先頭の九番を、武史はあっさりと三球三振でしとめた。

 だがここからが面白くなるはずだ。

 アレクは初回、いきなりフォアボールで武史に多くの球数を投げさせた。

 ただそれによって、アイドリングは完了してしまったとも言える。


 単に当てるだけなら、アレクはそこそこ出来るのではないか。

 そう思わせるだけの器用さが、アレクにはある。

 だが六回の球威が最大に増してきた武史は、ストレートを中心に押す。

 ここはリードオフマンをしっかりと抑えて、力で勝っていくつもりなのだ。


 ボール球をしっかり見極めて、際どいところをカットする。

 ゾーンに勝負球がきて、それを狙って打つのだが、まともに前には飛んでいかない。

 フルカウントにまで粘ったものの、最後は高めのボール球を見極められずにスイングアウト。

 ツーアウトランナーなしで樋口となる。


 アナハイムがメトロズに勝つには、ピッチャーがお互いに削りあって、そして持久戦で勝つことが必要。

 そう思っていたのだが、武史の限界というのは、あくまでも推定の話。

 それにもしも点が取れるようなら、もちろんそこで点を取ってしまってもいい。

 投げられるボールを、上手く見極めながら、樋口は狙い球を絞る。


 そして並行カウントから、投げられたのが低めに外れるチェンジアップ。

 だが樋口はこれこそを待っていた。

 スピードボールに慣れていたせいで、少し上体が突っ込みかけた。

 さらにボール球でもあるが、低いだけならバットは届くのだ。


 自分のパワーで打った打球が、左中間を抜けていく。

 前進守備であった外野は、慌ててそれを追いかける。

 フェンスにまで打球は達して、樋口はそこで二塁も蹴る。

 バット一閃でスリーベースヒット。

 無茶して走るなと、アナハイムのベンチはひやひやものだ。




 これが限界だ。

 ツーアウト三塁。主砲のターナー。

 ここで必要なのは、シングルヒットだ。

 内野ゴロなどであっては、ターナーを一塁でアウトに出来る。

 あとは樋口としては、キャッチャーの後逸というのも、ひそかに期待している。


 一点を争うゲームなのだ。

 ターナーのミート力なら、武史のボールでもある程度は打てるのではないか。

 ここまでは打っていないが、ターナーは元はパワーピッチャーの攻略が得意であった。

 直史のピッチング練習に付き合って、その変化球への対応力は身に付いたのだ。

 とにかくバットに当てて、一塁でセーフになってくれれば、樋口としてもその間にホームに帰れる。


(球数ももうすぐ100球になるか)

 武史以外のピッチャーからなら、どうにか打てると樋口は思っている。

 あと一度は確実に、打席は回ってくるのだ。

 それでもやはり、武史を打って点を取りたい。

 ここでどうには武史に、黒星をつけておきたいのだ。


 ターナーは低めにコントロールされたムービングを、鋭いスイングで当てていく。

 だがそれはファールグラウンドに飛ぶのが精一杯。

 最後には高めのストレートを空振りし、スリーアウト。

 アレクと同じく、高めのストレートを振ってしまっている。


 あの球を受けていた樋口に分かるのだ。

 これは打てると思った球が、ホップしてバットの上を通過するのを。

 キャッチャーとしてもストレートは、ミットが浮き上がる衝撃を感じていた。

(それにしても三振が多くなってきた)

 この回は結局、アウトは全部三振で奪っている。

 特にアレクとターナー、この二人から空振り三振を奪えたのが大きいだろう。

 樋口が打てたのは、本当にただ、慣れていたからというしかない。


 この六回の裏、メトロズは大介に必ず回る。

 大丈夫だとは思うが、もしもランナーがいる状態で回ったら、さすがにまともには対決していけない。

 そう考えて直史のボールを受けるのだが、それは完全に杞憂だった。


 八番と九番を、直史は三球三振で抑える。

 珍しくも三振を目的とした配球であったが、直史もまた高めのストレートを上手く使っている。

(なんだかんだ言って、一番負担が大きいのは、全力のストレートだからな)

 樋口としてはストレートの威力は、直史のスピードでも通用すると分かっている。

 スローカーブと組み合わせれば、面白くくるくると回ってくれるのだ。

 そしてツーアウトから、一番に戻って大介の第三打席。

 ホームラン以外はなんとかなる、という状況である。




 一人のバッターを抑えるのが、これほど難しい。

 昔は手足を縛られたような状態で投げて、そして打たれていた。

 キャッチャーもバックも頼りない、中学生時代のことだ。

 高校に入って以降、直史は自由に投げることを知った。

 それでも何度か、キャッチャーの後逸などはあったものだが。


 樋口にしても、全てを完全にミットでキャッチ出来るわけではないのだ。

 しかし最低でも体に当てて、前に落とすことは出来ている。

 ピッチャーの暴投以外、樋口がボールを後ろに逸らすことはない。

 それだけの信頼を抱いているし、もしそれでも逸らしてしまうなら、もうそれは樋口の責任ではないだろう。


 そんな強力な相棒を持ちながら、大介を封じるのは難しい。

 去年の坂本よりも、よほどこちらの負担を減らしてくれているのだが、それでも本当に苦しい。

 自信を持って投げたストレートを、あそこまで飛ばされた。

 アレクでなければあれは、長打になっていたはずだ。

 続くシュミットに打たれたことからも、あの場面で一点が入っていた可能性は高い。

 しかしそのシュミットに打たれたおかげで、ツーアウトから大介と対決することが出来るようになっている。


 どこに投げても打たれる気がするが、打たれた打球はホームランにさえならなければいいし、そしていい打球も野手の正面に飛ぶものだ。

 ベンチの中で大介をどう処理するかは、しっかりと話し合っている。

 首脳陣にしても、前の二試合では勝負させていたのに、ここまで抑えている直史を、申告敬遠させる理由などはない。

 この試合に勝つ価値を、どう考えているかが判断の基準だ。


 まずは初球、これを投げる。

 ストライクゾーン高めの、ストレート。大介にとってはホームランボール。

 だが大介は振らなかった。

 その表情には間違いなく、動揺が見えている。


 たぶんこれなら打たれないと思っても、それでもホームランに出来るボールを投げるのは、ピッチャーにとって恐ろしいことだ。

 精神的な死角を突くというのは、実は向こうが備えていれば、逆に返り討ちにあうのだから。

 だがギャンブルの甲斐があって、ファーストストライクを取ることに成功した。

 一度バッターボックスを外した大介は、バットの先をじっくりと見つめる。


 集中力の勝負だ。

 初球に悔いを残していれば、この勝負は直史が勝つ。

 だが静かな気迫を湛えて、大介はバッターボックスに入った。

 また雑念を取り払っている。


 メンタルコントロールは、どちらもほぼ互角。

 だがこの投打の対決は、主導権は必ずピッチャーにあるのだ。

 サインを確認して、直史は頷く。

 どちらも極みに立って、そこからどう相手を上回るか。

 二人の対決はまだ続いていく。

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