私にあなたの愛を向けて欲しい
桝克人
私にあなたの愛を向けて欲しい
日曜日、私たち三人兄弟は早起きをし、歯を磨いて顔を洗う。そして朝ごはんを残さず食べてから、テレビにかじりついた。
七歳手前の兄は戦隊ものヒーローが好きだった。特に『赤』を好んでおり、クレヨンや色鉛筆は真っ先にチビた。
三歳の妹は魔法少女が好きだった。煌びやかで可愛い衣装を身に纏い、ステッキを振る女の子に憧れた。誕生日には大好きなキャラクターのステッキを買ってもらい、毎日飽きることなくそれを振り回しキャラクターに成りきって遊んでいる。
五歳の私はどちらも大して興味はなかった。テレビに映るものが作り物で偽物だと知っていた。寧ろそんなものに夢中になれる兄や妹の方がどこかおかしいと思っていた。ただ母親が三人仲良くしていれば楽が出来るのだろうと、二人の兄妹に合わせ惰性でそれを見続けた。
そんな私は祖父母は可愛げがないと思っていたようだ。兄も妹もおもちゃを買い与えると凄く喜んでいたのに対し、私は物欲というものがよくわからなくて、いらないと断った。流行りのアニメにも絵本にも、ゲームにも何にも興味を示さない幼子を気味悪がった。確かに私を奇妙な物を見る目を向けたし、母にも影でこっそり「あの子変よ」と告げているのを聞いたから間違いない。
「お義母さん、心配なさらなくても大きくなったら何かしら興味を示しますよ」
母はそう言って祖母を宥めはぐらかした。
それでも母自身の私に対する憂いは晴れるのに時間がかかった。小学校でも大人しく静かな子供で中学生になっても変わらない。その間情緒教育がなっていないことを心配した両親が、せめてこれだけでもと本を買ってくれた。私は与えられたものは全て読んだが、なにひとつとして心を動かされるものはなかった。ただ読書をしていると、それなりに普通の子に見えたのだろう。周囲の大人たちの慰めにはなったと思う。
そしてついに私は母が望む何かしら興味を示す普通の少女になった。それは中学三年生のときだった。
その頃、兄はネットゲームにはまっていた。休みの日は部屋にこもってゲームばかりしていると、よく両親に不健康だと叱られていた。妹は流行りのアイドルにはまっていた。アイドルの彼が出ているドラマやバラエティは全て録画をし、テレビに一秒でも映っていれば見逃せないと、目を皿にして熱心に編集し『〇○くん』と題してDVDに焼き何度も繰り返し見ていた。
話を戻して、私と彼との出会いは家族そろって食事をしている時だった。ふとテレビで流れた彼の姿に目を奪われた。
生まれ変わった思いだった。彼のことを考えない日はなかった。常に頭には彼が居て、彼のことを想うとこれほど精神が高揚したことはない。これが幸せということかと私は初めて感激した。
彼のことをもっと知りたい。そう思い、テレビやネットで彼のことを調べた。時には図書館に足を運び、彼のことが書かれた本を片っ端から読破した。
彼のことを知りたい、出来れば会いたい、話したいという欲求が止まることがなく、どうすればいいかネットで検索をした。するとファンレターを送れば接点がもてると書かれていたので、私は近所の文房具屋さんで一番彼にぴったりな便せんを買い、彼が一番好きな色のペンで丁寧に記した。
何度か一方的に手紙を書いて送ったが、彼から返事は一度もこなかった。当然である。彼は万人の手の届かない特別な存在だ。私のようなつまらない女になんて興味はないだろう。しかし少しでも私のことを知って欲しくて、手紙に自撮りの写真を同封した。おしゃれな服は持っていなかったので制服姿で撮った。
すると驚くことに彼から初めて返事がきた。私は頭が沸騰するかと思うほど興奮し、すぐに封をあけた。
『こんにちは。何度も手紙を送ってくれてありがとう。僕も何度か返事をしたくて筆をとったけれど書けなかったんだ。君の手紙があまりにも心が震える程素敵だったから、何を書いてもつまらなくなると思って書かずにいたことを許して欲しい。君はこれまで会った十人の女性よりも美しい。君は僕に会いたいと言ってくれたよね。僕も同じ気持ちだよ。でも今の僕たちにはそれは叶わない。せめて一年前に出会えれば良かったのに…でもずっと僕は君のことを想っているよ。また手紙を送って欲しい。ずっと待っている』
私は彼の手紙を胸に抱きとめた。知らなかった。幸せ過ぎると頭がぼんやりするんだ。私はそのままベッドに横たわり目を瞑った。
彼とのやりとりは十年以上も続いた。彼は私を『愛しい子』と呼んでくれた。私は彼の名前を呼んだ。手紙だけのやりとりは甘美なものだったが次第に私は物足りなさを覚え始めていた。
『愛しい人、ついに君に会える日決まりそうだ。良かったら僕のことを迎えに来て欲しい』
私は声をあげてはしゃいだ。彼が指定した日に私はトランクにありったけの荷物とお金を詰め込んで彼に会いに行った。
外で待っていると彼はぼさぼさの頭でスウェットスーツに身を包んでいた。目が合うと彼は私の元へ駆け寄って身体を寄せて力強く抱いた。
「待ってたの、ずっと」
「待たせてごめん。これからはずっと一緒だ」
彼は万人が出来ないことをする私だけの
彼はまたテレビに映った。それを私は知らない。
私にあなたの愛を向けて欲しい 桝克人 @katsuto_masu
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