私だけのヒーロー

ひぐらし ちまよったか

にぶ

 私が本当に幼かった頃の話をします。

 もう何十年も昔の事です。私が小学校の、学年は忘れてしまいましたが、低学年の時の話しです。


 当時私はC県のM市に父母と兄、四人で小さな借家に暮らしていました。

 小学校へは、子供の足で十分ほど、比較的のんびりとした毎日を送っていました。

 ひとクラスは四十人ほどでした。同じクラスに『にぶ』という男の子がいました。

 もちろんあだ名です。『のぶお』という名前でしたが、クラスメートたちはみんな『にぶ』と呼んでいました。


 にぶは言葉に障害を持つ子でした。

 「あう」とか「おー」といった感じで、会話ができませんでした。

 クラスメートたちは、そんなにぶを、時々からかいの対象にしたりしましたが、表立って暴力がふるわれたり、あからさまな苛めが有ったりなどは、無かったように思います。

 よそのクラスや他の学年にも、そういった子は何人かいましたし、特別ターゲットにされる様な事も無く、普通に接していたと記憶しています。


 夏休みが開けた始業式の日、にぶが『自由工作』の課題で、見事な戦車のプラモデルを学校に持ってきました。

 丁寧にバリが取り除かれ、接着剤のはみ出しもなく、細かく、美しくペイントされていました。塗りムラなどは一切ありません。

 私たち男の子は(女子も何人かいたかもしれません)にぶの席で、にぶとプラモデルを囲んで、感嘆の声を上げていました。

 にぶはこういった細かな作業が得意でした。図工の時間でも、けっして上手とは云えないのですが、非常に丁寧で緻密な絵を、時間いっぱい使って仕上げるのです。

 みんなに囲まれて、にぶはとても嬉しそうでした。トクイそうな顔だったかもしれません。


「もうチョット良く見せてよ!」

 そんな時、クラスでもやんちゃな『W君』が、にぶのプラモデルに手を伸ばしました。

 にぶが慌ててプラモデルを守ろうとすると、「ぽきり」と戦車の砲身が中ほどから折れてしまいました。

 ――W君が戦車の砲身を握ってしまったからでした。

 にぶは「きいいい!」と、大声を出して自分の戦車と、折れてしまった砲身を見つめて泣きだしました。


 先生が教室に入ってこられました。

 クラスメートの誰かが呼びに行ったようです。


「どうしたのですか?」

 先生はおっしゃいました。

「にぶ君のプラモデルがこわれました」

「誰がこわしたのですか?」


 ――みんなは黙っています。

 にぶはプラモデルを見つめたままズコズコと鼻をしゃくりあげてます。

「プラモデルが勝手にこわれるはず無いでしょう? ヒグラシ君、だれですか?」

 先生は私に訊ねてこられました。私が一番前でプラモデルを眺めていたからです。


 私は本当に困りました。こわしたのはW君です。

(――でもそれは、わざとじゃない。にぶが急に戦車をひっこめたからだ。)

 W君と仲が良かった私は、返答に困っていました。


「どうしましたか? ヒグラシ君、答えられないのですか?」


(――もうだめだ、「知らない」とウソを言おう)

 答えに困った私が、そう卑怯な決断をしたとき、

「うー!」

 グズグズしゃくり上げてた、にぶは、そう言うと持っていた戦車を自分の机に打ち付けました。

「がしゃ」

 美しく仕上がったプラモデルが音を立てて砕けました。

「ちょっと、のぶお君! やめなさい」

 先生はあわてて、にぶを止められました。



 にぶが何を思って自分の傑作を壊してしまったのかは分かりません。

 かんしゃくを起して衝動的にやってしまった事かもしれません。


 ――私が本当に幼かったころの話です。


 にぶが暴れてくれなかったら、私は卑怯なウソをついていた事でしょう。


 ――にぶの悲しみや怒りは、誰も救ってあげる事が出来ませんでしたが······。

 たしかに私は、にぶに救ってもらったのです。





 ―――― 了。


*この作品はフィクションです*

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