第44話
愛海と天月が帰っている途中、とある中年男性が前に立ち塞がる。
「「え?」」
それに驚き、二人ともその人物を見上げる。
「そっくりだな」
中年男性の目は品定めをするかのような目だった。
下から上までじっくりと粘り付くような視線を愛海に向けた。
そして、口角を釣り上げる。
その中年男性はそれだけ言って行き、二人の元を去って行った。
天月は小声で愛海に誰かを尋ねる。
「知らないよ」
「そっか〜て、海華ちゃんそろそろ来るんじゃない?」
「確かに、少し急ごっか」
「えちょ、待って〜」
◆
休みの日となる。
あれから特に絡まれる事は無かったが、何故か不安だ。
後少しで夏休みとなるが、それまで何事も無ければ良いが。
そんな夏休みに向けて雪が予定を建てているが、ギッチギチに詰めて、それも殆ど遊びである。
「流石に無理があるだろ」
「あくまで予定ですよ」
椅子に座っている雪の横に立ち、予定表を覗き込む。
そんな俺を見上げるように顔を上げて言ってくる。
「拓海様」
ドアがノックされ、俺が麻美さんに呼び出される。
ドアを開けて要件を聞くと、俺を訪ねに来た人が居るらしい。
玄関へと向かい、扉を開けて呼び出して来た人を見た瞬間、俺の中がガラリと替わった。
雪との夏休みに思い寄せていた心が、怨恨に包まれた。
ただ何も考えず、勝手に体が動くとはこの事かと言えるように動いた。
拳を固めて、俺は目の前にいる中年男性に向かって振り下ろす。
「たっくん何してるんですか!」
言葉だけではなく、腕を絡めて俺を止めて来た雪。暴力は未遂に終わった。
言葉だけでは止まらないと思ったのだろう。
一体俺はどんな目を、どんな顔をしているのだろうか。
雪に後ろから強く引っ張られても感じるのは怒りのみ。
こいつだけは、こいつだけは殴らないと、気が済まない。
「何しに来た」
中年男性、俺の元伯父である。
「へへ。ちょっと情報を得てな。今、お前金持ってんだろ? くれよ」
「ふざけるな」
「あっそう。⋯⋯愛海だっけ? そいつに会ったけどさ。なかなか良かったね〜あいつ引き取ってやるよ」
「⋯⋯ッ!」
雪を傷つけてはいけない。それだけの理性が俺を無理矢理動く事を阻止していた。
雪の存在が今のストッパーとなっている。
「消えろ!」
「おいおい。伯父さんに向かってなんだ、その口の聞き方は。成ってねぇなぁ。お前の母親のように教育が必要か?」
「ッ!」
「たっくん!」
血が出て来る程に歯を食いしばり、拳を握る。
グギギと口と手から音が聞こえる。
我慢しろ。暴力沙汰は雪の迷惑になる。あいつらにも迷惑になる。
「お兄ちゃん⋯⋯おじって、何?」
「⋯⋯ッ! 愛海下がってろ! 部屋に戻ってろ」
「よ、数日振りだな。お、その後ろに居るのは確か⋯⋯海華だっけか?」
「黙れッ! お前が愛海達の名前を言うな!」
愛海の後ろに隠れるようにして覗き込む海華をこいつは見てしまった。
「ん〜じゃあ。せめて『俺の血の繋がった娘』である海華は引き取ってやるよ〜。どうせ邪魔だろ?」
「黙れ! ここにお前の子など居ない。ここにお前の親族は居ない!」
「法律上違くてもな。血の繋がりは切れないぜ。ほら、海華の髪色は母親と俺を合わせた中間のような色じゃねぇか。お前らの母親は良い女だったし、まだ小さいが問題ないだろ。海華を、俺の娘を寄越せ」
舐め腐った見下す目を向け、下卑た声を漏らす。
⋯⋯このゲスがっ。
あぁもう関係ない。母さんの分、今ここでこいつをぶん殴る。
そうじゃないと、気が収まらない。
「な、何がお望みですか!」
俺の動きを拘束しながら雪が叫ぶ。
激しく俺の鼓膜を震わせるが、今の俺にはとても遠く聞こえた。
それだけ怒りに呑まれ、何も考えられずに居た。
「金だよ。そうだな。⋯⋯4000万あれば今日の所は引いてやるよ」
「二度と来ないには幾らですか?」
「お、そっちの姉ちゃんは話が早くて良いね。流石は令嬢だ。そうだな〜5億だ。そのくらいの価値はある」
「愛海さんと海華ちゃんをそのように見ているんですか?」
「親孝行は必要だろ!」
俺には何の会話かは分からない。だけど、何となく分かる。
分かるからこそ、さらに怒りが込み上げて来る。
このゲスに一発、顎が砕けるくらいの力で殴りたい。
一発だけじゃない。顔面がボコボコになって整形しても治らないくらいに殴りたい。
「本来は貴方の元に行く事はありえないのですが。話的に貴方は愛海さんや海華ちゃんの学校を知っている。何するか分かったモノではありません。分かりました。口座番号を教えてください。後日振込みます」
「雪ッ!」
「落ち着いてください! 愛海さんや海華ちゃん。ここでの生活が平穏に続くと考えたら、5億なんて端金ですよ」
「ケケ。良い財布を手に入れたな拓海。羨ましい限りだ」
「口を開くな! 雪、嘘言うな。5億なんて、そんな大金⋯⋯」
雪は顔を横に振るう。
「大丈夫です」
俺を拘束する腕がより強い力に成る。
これが雪の覚悟と思いなのだろう。
俺は弱いな。こんな時に雪の抱っこにおんぶだなんてさ。
まじで、辛い。
「じゃ、そう言う事で」
あいつが帰って行くのを見守り、雪の力が弱くなる。
俺は立つ事が出来ず、その場に崩れ落ちる。
「ごめん、雪」
「良いんです。それに⋯⋯いえ、なんでもありません」
雪に肩を貸してもらい、のろのろと自分の部屋に戻り、椅子に座る。
体全身から未だに怒りが残っており、震えが少しばかりある。
そんな俺の近くに雪は黙って居る。
そして、愛海と海華が入って来る。
「お兄ちゃん。どう言う事か、教えてくれる?」
愛海どころか海華も理解している可能性がある。
「どう言う事? 私達、血が繋がってないの?」
「そ、んな訳無いだろ。俺達は正真正銘の血の繋がった兄妹だよ」
「お兄ちゃんってさ、本気で何かを隠そうとする時の嘘って、視線が相手の頭の上に行く癖があるって知ってる? ねぇ、隠し事は無しでしょ? 辛い時は私達も頼ってよ! 頼られるだけの存在にならないでよ! 自分だけ我慢するってのはナシだよ!」
「ごめん愛海。これは我慢じゃない。これは、母さんと俺の、永遠の約束なんだ」
「「ッ!」」
愛海と海華が驚愕の顔に成る。
そう、この事は、俺達は母親の血しか繋がって無い事は秘密なのだ。
絶対に守ると誓った約束なのだ。
だいぶ忘れて来ていた。
だけど、あいつのせいで思い出してしまった。
「愛海、海華。何があっても、俺はお前達を守るよ」
愛海と海華を抱き寄せ、安心させるように呟く。
「てか、俺ってそんな癖あるんだな」
「お兄ちゃん」「お兄ちゃま」
「「無理しないでよ」」
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