第36話

 新幹線に乗って俺達は移動していた。


 俺の左側──窓側には雪が、反対の廊下側には愛海が座っている。


 後ろには左から順に、凛桜、海華、愛桜である。


 離れた場所に護衛が居る。メイドである。


「今更の疑問なんだけど、雪のメイドさん達って皆凄い人達だよね?」


「皆拾っただけですよ」


 人を拾うとは? あの子みたいな感じかな?


 でも、年とかが違うような⋯⋯考えても仕方ないな。


 後ろから凛桜の愚痴が聞こえる。


「せめて右隣りで良いじゃない!」


「姉貴、ウーちゃんを見習いなさいな」


「だ、だって、愛桜〜」


「はいはい。大声出さないの。ウーちゃん寝てるでしょ」


「ぐぬぬ姉の威厳が」


「あ、拓海の旦那、ウーちゃんの寝顔撮っておきます?」


「よろしく」


 そんな事を言っていると、左から怖いオーラを感じた。


 久しぶりな背筋が凍り、体が震える感覚だ。震えが止まらん。寒くなって来た。


 久しぶり、と言っても二ヶ月も経ってないけど。


 雪が目を瞑って窓にもたれかかっていた。


「あ、すみません。布団を三枚ください」


「はい」


 通ったスタッフに頼んでおく。


 布団が来たので、海華と雪に布団を掛けて、俺は愛海と着いたらどこに行くか話す。俺は体に巻いて温まる。


 すると、左側から服を引っ張られる。


 見ると、少し口元を緩めた雪が居た。


 起きていると判断した俺は、からかいたくなり、愛海との会話を再開する。


「味噌を買いたい」


「そうだな。本場だもんな。雪が起きたら相談するか」


「伊集院君」


「どうしましたか?」


「敬語止めてよ!」


「で、どうしたの?」


「うん。えっとね、充電器ある?」


「ほい」


「ありがとう」


「(姉貴、カバンの中に持ってんじゃん。全く)はぁ〜」


「なんで溜息吐くのよ!」


 未だ、雪に裾を引っ張られるので、俺はどうしようかと考える。


 取り敢えず、頬をつんつん⋯⋯しなかった。


 ちょっと気になったけど止めておく。


「愛海、席変わる?」


「なんでですか!」


「おはよ、雪」


「⋯⋯酷くないですか?」


 プクーと頬を膨らませてプンプンしてしまう雪。


 俺は少し微笑んでその顔を見ていた。


「愛桜、袋ない?」


「どうぞ」


「少しはツッコミを入れてよ!」


 そんな会話をしながら、俺達は目的地に到着した。


 まず、俺達は雪が用意した旅館へと向かい、荷物を置いた。


 土日の休みだが、少し故郷でゆっくりする予定だ。


 課題とかも終わらせてあるので、愛海達も安心だ。


「ここら辺は桜井財閥の手は薄いからね」


 愛桜が海華にそんな事を話していたが、小学生には難しいのではないだろうか。


 俺が海華の手を引きながら、バスなどを経由して墓場へと向かう。


「一時間に一本」


「田舎だからね。こんなもんだよ」


 凛桜が驚愕しているので、俺はそう言う事を伝えた。


「懐かしい気分です」


 雪がそんな事を言う。


 俺も同じ気持ちだ。


 母親の墓は母の遺産で建てた。それで空っぽだ。


 墓に着いたら皆で手を合わせる。


「母さん、帰って来たよ。ただいま」


「ママ、滅多に来れなくてごめんね」


「私、もっと一緒に居たかったよ」


「たっくんの『婚約者』です。昔にお会いした事があります」


「伊集院の友達です」「同じくです」


 それぞれ挨拶して行くが、わざわざ桜井姉妹もする必要があるのだろうか。


 しかし、妙だな。


「綺麗過ぎる」


 俺達しか身内は居ない。だから、墓入りに来る人なんて居ないだろう。


 俺の友達や愛海達の友達だってほぼ他人の母さんの墓を管理しないだろう。


「雪が関係している?」


「いえ。私は何も手を回してませんよ」


「凛桜さんは?」


「そもそもこんな事すら知らなかったわ。悲しい」


 だったら誰が、そんな事を俺が思っていると、ザシュザシュと地面を踏み締める音が聞こえ、振り返る。


 そこにはダンディーな紳士的なおじさんが居た。


「⋯⋯」


「えと、母さんの墓に何か用ですか?」


「⋯⋯母、ですか?」


「ええ、そうですが」


「そうですか。実は、この方には色々と縁がありましてね。安らかに眠った事を知ったのも、一年前の事です。その時から、定期的に来ては掃除しているんですよ」


「そうですか。ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、愛海と海華も頭を下げ、他の皆も下げている。


 おじさんは『ははは』と笑ってから、墓へと向かい、手を合わせて水を流している。


 母さんにこんな知り合いが居る事を俺は全く知らなかった。


 だけど、母さんの周囲の男性にこんな紳士的な人が居たと思うと、少しだけ嬉しくなる。


 それが表情にも現れたのか、俺に少しだけ笑みが浮かんでいた。


「それでは俺達はこれで」


「ええ。また会う日まで」


 また会う事があるのかは疑問だが、俺ははい、と答えてから離れ、故郷を楽しんだ。


 昔の友と会う事は叶わなかったが、なんやかんやで楽しかった。


 連絡先も、住んでいる場所も覚えて居なかったのでどうしようもない。


 旅館の部屋で雪が部屋に入って来た。


 部屋の割合は、伊集院兄妹、雪と桜井姉妹で、別れている。


 今は愛海と海華は温泉へと向かい、この部屋には二人きりである。


「ご挨拶出来ました」


「そうだね」


 続かない会話。


 だけど、こんなゆったりとした時間が俺はとても愛おしく感じた。


「母さんは、喜んでくれるかな?」


「きっと驚いてますよ」


「そうかもね。でも、母さんちょっとお茶目な一面もあるし」


「そうなんですね。お義母様と、話してみたかったです」


「そうだね」


 母さんと雪が会ったら⋯⋯想像するだけで血の気が引いていくよ。


 でも、きっと楽しいだろうな。


 ◇


(まさか本当に居たとは思いませんでした)


 コンコンとドアを叩いて、返事が来てから中に入る。


「旦那様」


「なんだ?」


「お嬢様への墓参りへと行って参りました」


「そうか。それだけでわざわざ報告しに来たんじゃないんだろ?」


「はい。実はそこで、お嬢様のご息子様とご娘様二人と会いました」


「ほう。本当に実在したんだな」


「ええ。それと、西園寺財閥の三女、桜井財閥の双子と御一緒でした」


「ふむ。そうか。探偵を出しておけ。住処を抑えておけ」


「畏まりました。早速手配しましょう」


 おじさんが出て行ってから、窓の方を見る旦那様と呼ばれた男。


「ふむ。あの出来損ないの子供か、まぁ俺の血が入っているのは間違いないだろし、政略結婚くらいには使い道はあるだろうか? 孫娘共は美形だと言っていたな。そいつらも使えるだろう。俺も動くとしようか」


 そんな事を呟きながら、目の前の仕事を終わらせて行く。

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