第27話 修正【完】

 母は俺、愛海、海華の前では笑顔を絶やさなかった。

 泣く姿も嘆く姿も、弱音も吐く事も無かった。

 どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、それでも母は前を向いていた。

 ポジティブと一言で言われたらそれでお終いだ。


 だが、俺達にとってそれはポジティブでは無く、ただの我慢のように見えた。

 俺達を心配させない為の我慢。

 自らが何かをすれば解決すると言う我慢。

 誰にも頼らず、1人で全部を終わらせる事を最初に考えている我慢。

 様々な我慢の上で、俺達の母親と言う存在がいる。


 母の血は俺達に流れている。

 そんな母を俺達はずっと見て来た。

 尊敬出来る、そんな母を。


 そんな母の自慢ばかりしていると、どこかの川で出会った事のある女の子に言われた。

「マザコン?」と。

 昔はその意味も分からなかったが、今では分かる。

 もしかしたら、そうかもしれない。


 その女の子の顔は太陽と重なって上手く見えなかった。

 笑っていたのか、嘲笑っていたのか、それも分からない。

 ただ、分かっているのは、その女の子はとても優しいと言う事だった。


『私、人生詰まらないと思う』


 そう言って来る。

 母の自慢話をしたのだ。今度はこっちが聞く番。


『だけど、君達と遊んだり、話したりしていると、この退屈な世界でも楽しく感じる』


 続けで話す。


『逆に言えば、君達が居ないと、私の世界は再び退屈の灰色の世界になる』


 女の子は少し涙を流す。


『私はそろそろ旅行が終わり、帰る事になる。そしたら、私は、また、──と思ってしまう。だから、お願い。君達も一緒に来て欲しい』


 俺達もその子と遊ぶのは楽しかった。

 だけど、この場所を移動する訳にはいかない。

 母が沢山の仕事を抱えているから。

 こんなところで、離れたら大変だし、生活が大変だ。

 優しい市場の人達。俺達の事情を知って毎日割引してくれる。


 だから、俺は断った。

 女の子は涙を拭き、背中を見せて小さく、「そう」と答えた。

 その背中を俺はとても悲しく見えた。

 これまでの生活、これからの生活、俺達の生活、女の子の生活。

 咄嗟に俺は女の子の手を引っ張った。

 そして、こう言ったのだ。


 大きくなったら、絶対に迎えに行く。

 それまで、待ってて、絶対に、絶対に迎えに行くから。


 と。

 女の子は振り向き、一言言った。


『うん』


 その後、何があったのかを、俺は覚えてない。思い出せない。


 ◇


「ん、んん〜」


 何か懐かしい夢を見ていた気がする。

 それが何時の話しか思い出せないけど。

 なんか、凄い眠いな。もう一眠りしたけど、学校が。


 てか今何時だよ。

 03:24

 二度寝入りまーす。


 ◆


 私は御剣天月。

 私の家はとても裕福だった。

 だけど、両親が亡くなってから私の人生は逆転した。

 毎日あった食事、お世話をしてくれる使用人、学校で毎日お話してくれる友達、そして家族。

 全部が変わった。

 食事はその日あるかないか、使用人なんて当然居ない、友達も私を罵倒してどっかに行った。両親の居ない私に価値はないらしい。

 家族は、亡くなった。

 今の家族は私が相続する筈の遺産を勝手に使っている。


 なのに、その恩恵は私には無い。

 捨てられた。

 全ての相続が終わり、それらの諸々が終わった事により、私の存在は居らなくなった。

 私は捨てられた。


 そして、拾われた。

 西園寺財閥の令嬢、雪姫と伊集院拓海と言う人に。

 優しい人達に出会った。愛海ちゃん、海華ちゃん、麻美さん、愛桜さん、凛桜さん。

 伊集院と言う苗字に聞き覚えがあったけど、多分勘違いだろう。


 私は今日、愛海ちゃんと一緒に中学校に登校している。

 私は職員室に向かう。


 愛海ちゃんのクラスは3年2組、私は3組だった。

 普通にガッカリ。


 自己紹介その他諸々を終えて、放課になるとみんな気さくに話しかけてくれる。

 私はすぐにクラスに打ち解けれたと思っている。


 昼放課、私は愛海ちゃんに会いに隣の教室に向かった。

 そこで、私は見てしまった。


 ◇


「止めて、お願い、それはお兄ちゃんが買ってくれた参考書なの! お願い、止めて!」


「はぁ? まぁた? 口を開けばお兄ちゃんお兄ちゃんのブラコン野郎が。だったら取ってこい!」


 拓海が愛海に買った参考書をクラスのボス格の女の子がゴミ箱に投げ捨てる。

 それを必死に追い掛けてゴミ箱から取り出し、ホコリを払う。


「あははは! あんなに必死そうに」


「犬じゃん」


「いやもう犬以下だよ!」


 ボス格の女の子とその取り巻き達がゲラゲラと笑い出す。

 ボス格の人は愛海に近づき、髪を引っ張り顔を上げさせる。

 愛海は参考書を必死に抱えている。


「良い顔するねぇ。ほら、今日は言いなよ。助けてお兄ちゃんって、ま、来ないだろうけどね!」


「あは!」


 背中に対して踵落とし入れる。

 純粋な暴力。

 今まで壊された鉛筆、消しゴム、教科書は数知れず。

 教科書は貰ったその日に暗記しないと意味が無かった。

 鉛筆なども様々な場所に隠さないといけない。


 顔や出ている部分は叩かず、背中や腹を重点的に攻撃する。

 まさにサンドバック。

 ボス格の女の子の両親はここら辺を締める桜井財閥が保有している会社の社長であり、その権力も大きい。

 クラスメイト達の親の殆どが桜井財閥関連の会社に就職している事から、逆らう事が出来ない。

 故に、無関心を装い見て見ぬふりをするのだ。


 教師なんて役に立たない。

 そもそも、授業中でもねちっこいいじめがあるのに、注意なんてされないのだ。

 愛海は考えている。あと1年でこいつらと別れる。

 それまでの辛抱。

 愛海にとって1番辛いのは、悲しいのは、この現状を兄である拓海に知られる事だった。

 だから、必死に隠した。

 痣の場所をしっかりと把握して海華と風呂に入る時でも見えないように気をつける。

 腕とかにはないから半袖でも問題はなかった。

 今では問題ないが、前は着替えるにもかなりの神経を使った。

 家族を悲しませない為に。


 ◇


 私は見た。この惨状を。

 愛海ちゃん。


 放課後になり、水道で顔を洗っている愛海ちゃんを見つけた。

 愛海ちゃんに私は近づいた。

 愛海ちゃんも気づいた用で、私の方を見て来る。


「あの、さっきの」


「あぁ。見られちゃったか。お願い天月ちゃん。お兄ちゃん達にこの事は絶対に言わないで」


「で、でも」


「お願い。天月ちゃん。本当に、お願い」


 真剣な顔でお願いされたら、私にそれを断る事は出来なかった。

 だけど⋯⋯

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