異世界から来たおちこぼれ勇者様の言うことには

桐山じゃろ

勇者様と侍女

 魔王が降臨して早五年。絶え間ない魔王軍の攻撃、侵略に疲弊した我が国の王は、禁術に手を出しました。

 異世界から勇者を召喚する魔法です。

 以前使われたのは数百年前で、文献によれば『勇者は魔王を討ち滅ぼしたが、その後勇者によって国が滅亡寸前に追いやられた』とありました。

 勇者に関する詳しい資料は殆ど残っておりませんが、断片をつなぎ合わせると、どうやら勇者は「元の世界に帰れないのか」と国を責めたようです。


 それでも王は、勇者召喚を宮廷魔道士たちに命じました。

 たとえ国が滅んでも、魔王を滅しなければ人の世に未来はないとの判断です。


 そして召喚された勇者は、二人。

 ふたりとも十八歳という若さの男性で、見目よく、黒髪黒目という珍しい色をお持ちでした。


 お一人は召喚直後から強大な魔法や素晴らしい剣技を会得し、すぐに王様の信頼を得て『真の勇者』の称号を賜りました。

 もうひとりの方は……魔法も剣技も人並み以下、というか全くお持ちでない様子でした。

 王は落胆しましたが、勇者として召喚されたのは間違いないため、『勇者』の称号をお与えになり、城で修行を積ませることになりました。



 申し遅れましたが、私はこの国の王宮に仕える侍女です。

 勇者様のお世話を任されまして、今日も勇者様にお食事をお持ちしました。

「ねえ、一緒に食べない? いっつも一人だから味気なくて」

「ええと……」

 勇者様の願いはできるだけ聞き入れるよう、命を受けております。

 この場合も、それに該当するのでしょうか。

「では、自分の食事を持ってまいります」

「いや、これ半分こしよう。いつも多すぎて残しちゃうんだよね」

 勇者様が指差したのは、ご自分のお食事です。

 真の勇者様のお食事を見たことが有るのですが、明らかに差をつけられています。

「畏まりました」

 私がお返事すると勇者様は、ぱあっと光るような笑顔になり、取皿に食事の半分をいそいそと取り分けてくださいました。

「あ、あの、そのようなことは私が」

「あとさ、敬語もやめてもらえないかな」

「それは……はい、えっと、追々でいいですか?」

「うん、ありがとう」

 勇者様のお食事は味付けが薄いものばかりでしたが、心が暖まるようなひとときを過ごしました。


 勇者様たちが召喚されてひと月が経ち、真の勇者様は国内の優秀な戦士や魔法使いを伴って魔王討伐の旅に出られました。

 私がお仕えする勇者様の方は、まだ魔法も剣技も未熟とのことで城に置かれました。

 もし何かしらの才能が開花することがあれば、すぐにあとを追わせるとのこと。

 勇者様には剣技や魔法以外にも、薬や鍛冶といった道具アイテム作りの指導も施されました。

 どの分野にも才能は見い出されませんでしたが、一番近くで見ていた私は、気づきました。


 勇者様は、本来の実力を隠しておいでです。



 真の勇者様が旅立ってからひと月が経ち、いよいよ魔王と相対するという知らせが届きました。

 真の勇者様は、勇者様との会話を望まれたそうです。


 しかし、その頃の勇者様は、あまりに才能が無いということで、城を追い出されて市井に住んでいました。


 私は勇者様に望まれて、侍女としてついていくことが許されました。


「一目惚れでした。一生懸命仕事する姿に、更に惚れました。僕と付き合ってください」

 市井の、平民が住むような小さな家を押し付けられた勇者様は、私に跪いて、私の手をとりそんな言葉を囁いたのです。

「私のような一介の侍女では、勇者様とは釣り合いません」

 そう断ったのですが、勇者様の決意は堅く、私は何度目かの申し出に首を縦に振りました。


 国から支給されたお金はわずかで、勇者様は働きに出られました。酒場で朝から晩まで、給仕の仕事をしておられます。

 王宮から連絡が届いたのは、私が家事をしているときでした。


 私が勇者様は仕事に出ていると伝えると、すぐに呼び戻せと命令されました。

 仕方なく従い、勇者様の働く酒場へ向かいました。


「ほんっと、勝手に喚んで勝手に勇者にして勝手に追い出して……横柄な連中だなぁ。アイツも苦労しただろう。店長に断ってくるよ」


 勇者様は私を連れて、城に戻りました。

 私は王に謁見できる身分ではありませんが、勇者様が「一緒じゃなきゃ嫌だ」と言い張ってしまったので、私も一緒です。


 謁見の間の中央には、巨大な水晶が置かれていました。

 宮廷魔術師たちが開発した遠距離通信用の魔道具で、そこには真の勇者様とお連れの方々が映っていました。


『なんとかできないか』

「なんとかできるけど、もう少しだけ待ってくれるか」

『わかった』


 勇者様は真の勇者様とそんな会話をして、王様に向き直りました。


「二度と異世界召喚なんてしない、これが終わったらアイツだけでも元の世界へ返すって約束するなら、僕も手伝う。約束破ったらこの国を攻め滅ぼす。どうする?」


 不敬罪過ぎて即刻打首も免れない物言いでしたが、その場に居た騎士たちは一歩も動きません。


 何故なら、勇者様が今まで見たことのない魔法を展開し、手にはご自身で作った業物の剣をいつの間にか握り、周囲を威嚇していたからです。


 王様は哀れなほど狼狽えながら、元の世界に帰す術はない、と仰いました。

「そこは心配しなくていい。アイツを元の世界に帰すのを心から反対しないなら、僕がやれる」

 なんと勇者様は、元の世界へ帰る術をお持ちでした。

 しかしその魔法は、この世界へ喚び出した者が『帰す』と心から思わなければ発動しないそうなのです。


 宰相や大臣たちが異を唱える前に、王様は勇者様の言うことを全て了承しました。


「あ、あと彼女が不快な思いをしてもこの国滅ぼすから。じゃ、行ってくる」

 勇者様は気軽に「滅ぼす」という単語を何度も言い残して、ふ、とその場から消えました。


 私は侍女時代にはお客様の相手としても決して入れなかった貴賓室で、丁重に丁重に扱われました。

 三日ほど貴賓扱いされて過ごした後、勇者様が消えたときと同じく突然帰ってこられました。

 肩には傷だらけで意識のない真の勇者様を担いでいます。


「魔力回復薬持ってきてくれ!」

 勇者様の悲鳴にも似た叫びに、誰かが慌てて魔力回復薬を持ってきました。

 勇者様はそれを立て続けに三本飲み切ると、すぐに治癒魔法を展開しました。

 真の勇者様の傷はみるみる癒えて、目を覚ましました。


「悪かったな、全部押し付けて」

「助けに来てくれたんだから、いいよ」

 真の勇者様……いえ、勇者様たちはお互いに肩を叩きあっておりました。



 その後、『真の勇者』様は約束通り、元の世界へお帰りになられました。

 一度、返還魔法に失敗したときは、勇者様が「約束を破るつもりだな」とまたあの強烈な威圧を放ち、王様を脅しました。

 王様は、勇者様たちを召喚したときの威厳は影も形もなく、ただ震えて「違う」と訴えるだけでした。

 返還魔法は三度目でようやく成功しましたが、城は半壊しました。

 その責任を問われた王様は退位を余儀なくされ、宰相のご子息が新しい王に就きました。



「よし、召喚魔法陣も滅して二度と再現できないようにした。なあ、この国出ないか?」

 勇者様自身は、元の世界へ帰ることを望みませんでした。畏れ多いことに、私と一緒にいたいと仰るのです。

 その上で、別の国へ行こうと提案されました。


 確かに、他所の世界から人を召喚して身勝手な要求を突きつけるような国には、もう未練はありません。


「私は貴方と一緒なら、どこへでも行きます」


 勇者様は太陽のような笑顔で私を抱き上げると、転移魔法を使いました。



 山間の小さな村で暮らしはじめた勇者様は、勇者様と名乗らず、ただの村人として今日も畑を耕し、家畜の世話をしています。

 私も身重の身体でできるだけのことをして、〝元〟勇者様と幸せに暮らしました。

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