二年が過ぎて

 各地の学校と職員用の宿舎の建設が進む中、ポテチとポップコーンについても町で売り出すための準備が並行して進められた。

 ポップコーンはハチミツを絡めた甘いタイプのものも用意され、スタンダードな塩と二種類。ポテチも塩味のほかに、バジル、コショウがプラスされたものが出来た。


 東ホーウェンの町からも主要な商人や料理人を呼び寄せて、試食して貰ったところ、とても評判が良かった。

 私も自国のお菓子の情報提供者として顔を出した。

 出来れば商店や店で気軽な軽食感覚で安価で売って欲しい、別にレシピの使用料みたいなものは要らないし、レシピも単純なので、ご家庭でも作れるように広めて欲しいのだ、と希望を伝えた。

 売り物にする時には、その店のオリジナル要素など加えたり好きにアレンジしてくれて構わないし、むしろ大歓迎と説明すると、皆とても喜んでいた。


 この国でもパウンドケーキや素朴な味わいのクッキーなどはあるが、野菜を直接使うお菓子というのはなかったらしい。材料費も安く済むので売値も安く出来る、子供たちも買いやすいだろう、と早速顔を突き合わせて料理人たちが話をしていた。他にも野菜を使ったお菓子について研究すべきだな、などと聞くと、私もにんまりしてしまう。この国の皆さんの力で、是非とも新しいレシピを沢山生み出して欲しい。料理の世界もお菓子の世界も創意工夫で発展するのを期待したいものだ。



「おーい、リリコー」


 授業を終えて城に戻ると、パーシモンが私を見つけて手を挙げた。


「パーシモン様、どうされました?」

「だから様は要らねえよ。いい加減その堅苦しい口調止めろって」

「そう言われましても、癖みたいなものですから」

「まあいいや。おい、見てくれ!」


 パーシモンが持っていた紙を広げる。マンガのキャラクターらしきものだ。筋肉質なマッチョばかりである。正直まだ子供の落書きに近い。最初の頃のクレイドよりはマシだけど。


「これはパーシモン様が描かれたのですか?」

「おうよ。初めて描いたにしちゃ中々だろう? お前の書いた学校用の指導マニュアルを読んで、ちょっと描いてみようと思ってさ」

「確かに初めてにしては上出来ですね。──ただ、格闘系のマンガを描かれたいのならば、骨格や筋肉の筋の動きとか、肉の付き方をしっかり見て描くようにお願いします。マンガでもいいし、実際の人を見ながらでもいいです。これ一番大事な要素なので。これがダメだと、戦うシーンが安っぽくなりますので」

「んー、だよなあ。体のバランスが悪いと見てておかしいしな。分かった!」


 上機嫌で自室に戻って行くパーシモンを見送り、内心でため息をついた。

 だからいい加減帰って自分の国でやって欲しいんですが。


 ローゼンはあくまでも読み専のようで、学校建設などの件は前向きだが、自分が描くつもりはないようだ。常に打ち合わせや食事など必要な時以外は黙々と自室でマンガを読んでいる。


 アルドラはせっせと小説を書き溜めては、クレイドを連れて弟のところへ通っている。クレイドは「私は原稿があるのだ」と文句は言うものの、


「トールがケーサツとやらに捕縛されるのは困るゆえ」


 と断ることなく付き添いを務めている。


 そんなこんなで毎日驚くほどの早さで一日が過ぎてゆき、気が付けばこの国にやって来てもう二年が過ぎていた。


 東中央ホーウェンの学校では一期生がほぼ進路を決めて卒業し、新たに二期生が入って来た。

 生徒にまた一から教えないとならないので、私はマンガ家になった子たちのマネージャー業務をしたりする暇がなくなってしまい、彼らはホール出版社とマネジメント契約をして直接編集者とやり取りする形に落ち着いた。

 マンガや最近出回り出した小説などで大成功を収めたホール出版社は、事業が手一杯になり、別途他の中小出版社も新たに生まれた。

 恋愛もの、冒険・成長系、格闘系など特定のジャンルに特化した出版社が出来始めたことで、各マンガ家たちも、自分の作品に合った会社と契約を結ぶことが増えた。日本でいうレーベルカラーみたいなものであろうか。


 パーシモンやアルドラ、ローゼンたちも地元に戻って学校運営や野菜のお菓子などの研究に勤しんでいるようだ。たまに息抜きと称して城にやって来るが、忙しいせいか以前のように三カ月とかふざけた滞在はなくなった。


 パーシモンもようやく最近格闘系マンガ家としてデビューした。ペンネームは『ポプコ』である。魔王たちはペンネームをお菓子名にしたがる生き物なのだろうか。ポップコーンをポプコに縮めるのは若干無理がある気もするが、本人がそれで良いのなら止めはしない。考えてみたら私もまーぶる名だったので人のことは言えない。

 初めての本を持って嬉しそうに私に見せに来たが、彼も地道に特訓したのだろう、見違えるほど絵が上達していた。


「いや、マジで一本仕上げるのにこれだけ苦労するとは思わなかった。クレイドの大変さがようやく実感出来た……」

「パーシモン様も一年ほどで良くここまで頑張られましたね。一生徒として南中央ホーウェンの学校にも入られたと聞きましたが」

「おう。クレイドも学校で学んだというしな。負けられねえわ」

「……パーシモン、お前は何で私との勝ち負けにこだわるのだ?」


 うっしっしっ、と少々品のない笑いをするパーシモンに、呆れたような表情でクレイドが尋ねた。


「ん? いやほら、ローゼンは読むばっかだし大人しいだろう? アルドラは女だし、やっぱり同性のライバルみたいな奴がいねえと盛り上がらねえじゃんか? 描くのキツいなあと思っても、クレイドがやれてることを俺が出来ない訳がねえ! って発奮出来るっつうかな。格闘系マンガでは強敵がいることで強くなれんだよ主人公が」


 彼も大概マンガの影響を受けてしまっているが、確かにライバルがいることで心が折れにくく、向上心も高まるケースも多々あるので、一概に悪いことでもない。


 アルドラの町ではマンガ学校と併設する形で小説学校も作られており、彼女は小説学校の方で学んでいた。町では特に恋愛やファミリー系のマンガが好まれているらしい。

 弟のところにも何度も通っているうちに、異世界転生やチート物に興味が湧いたらしく、パーシモンより一足先に小説家としてデビューしている。すぐに読み終えてしまうマンガもいいが、時間をかけて世界観を楽しみたいという人たちにとても人気があるようだ。

 余談だが、雑談を交わすことが増えて知ったが、驚いたことにこの超絶美女は、実は四魔王のうち一番年長者らしいということだ。てっきりローゼンかと思ったが、彼はパーシモンより下らしい。つまりは末っ子だ。クレイドが二番目。見た目詐欺もいいところだ。

 近隣住民に変態扱いされることを恐れている弟には、弟子が合法ロリどころではなく合法ロリババアだから安心しろと伝えた方が良いのか悩んでいる。ただ日本での見た目は外国人の超美少女だから、そんな情報は意味がないかも知れない。


 ローゼンの町では医学ものが流行りらしく、調薬が凄腕の医師が各地を放浪し、人との出会いと別れを経験する、という作品が大ヒット中だ。


 町によって流行りとか人気が異なったりするのも、魔王様たちの領地運営などが影響するものなのか不思議だが、色んなジャンルが出回るようになるのは良いことである。


 クレイドは既にベテラン人気作家ポテチとして、あちこちから引っ張りだこになっていたが、彼が一番嬉しかったのは、普段ずっと強面で怖がられていた子供たちや女性からのファンレターが沢山届くことだったらしい。


「毎晩、少しずつ読むのだ。私のマンガを楽しんでくれていると実感できるのは、とても嬉しく穏やかな気持ちになるものだな」

「分かります。私もファンレター貰うと何度も読み返したりしてました」


 そんなのほほーんとした緩やかな時間をクレイドと過ごすのは、私の密かな楽しみであった。




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