二人で買い物

「姉ちゃん何カ月ぶりだよもう! もう少しマメに来てくれるかと思ってたのに手紙しかくんないしさー」

「いや、はははっ、まあ色々忙しくて」


 久しぶりに弟のマンションにやって来た私は、相変わらず綺麗に住んでるなあ、と部屋の中を見回した。私より綺麗好き、と言うか彼は整頓された空間が好きなので、無駄な買い物をしないのだ。


「……こないだと同じくスケスケなんだね」

「まあ死んでるからね、こっちでは。それはともかく、今日はクレイド以外の別の魔王様を連れて来たのよ」

「んん? そのクレイドの後ろにいるフードの子? 何だか小柄だねえ」


 弟がアルドラの方を見たが、フードで顔が隠れてしまっている。見て驚くな弟よ。つうかいつの間にクレイド呼び捨てにするほど仲良くなってるんだこの子は。私が来てない間に友好を深めていたのか。


「アルドラ様、私の弟になります。桜庭チルドと言う名前でライトノベルという異世界ファンタジーなどの小説を書いております」

「西の魔王アルドラです。以後よしなにお願いしますね」


 フードを下ろして頭を下げたアルドラを見て、「うわっ」と声が出た弟が予想通りでちょっと面白かった。本当に、美人って小学生ぐらいからもう美人なのよねえと思うほど、子供バージョンのアルドラも綺麗で可愛い。クレイドもそうだが、魔王様はみな顔面偏差値が高すぎると思う。


「斉木透と言います。どうぞよろしく」

「トールね。私もアルドラで構わないので、トールと呼んでも?」

「ええ、お気軽にどうぞ。姉がお世話になっております」


 平常心を取り戻した弟が、お茶入れるから久々に話でも、と私をキッチンに呼んだ。お湯が沸くのを待ちながら、ティーカップを用意している姿を後ろから眺めていた。カップに手を差し出すとやはり素通りしてしまう。


「トール君、すまないねえ。やっぱり手伝えないわ」

「しょうがないだろスケスケなんだから。話が出来るだけありがたいわ」

「そう言ってくれると助かるんだけどさ。──でね、アルドラが小説を書きたいみたいなのよ」

「あの子が? へえ、クレイドみたいにマンガじゃないんだ」

「うん。絵心は皆無らしいの。でも話を考えるのは好きなんだって。だからマンガの原作に出来るような小説を書いたりしたいらしいの。ホーウェン国でも少しずつマンガは広まっているけど、小説のコミカライズもいいじゃない? 娯楽が少ない国だから、楽しめそうなものは何でも広げたいと思ってるの。でも小説の書き方とかまでは、私にはちょっと指導出来ないじゃない?」

「なるほどね。それで俺か……」

「ただ忙しければダメだってちゃんと伝えてあるからね」

「あ、今は本が出たばっかで全然ゆとりあるからそれはいいんだけどさ……でも、俺は感覚で書いてる人間だから、人に教えられるかと聞かれるとなー」

「プロット書いたり、話の起承転結の付け方とか、そういう基本的なところでいいのよ。後は文章を書いていかないと上達しないだろうし」

「──そりゃそうだけど。いやー、でもあんな美少女連れて来られてもさあ……あの人も向こうでは大人なんでしょ?」

「そうよ。もうスタイル抜群の超~美人!」

「うーん、合法ロリならまあいいか。……ただ、来る時は絶対にクレイドも一緒な。一人暮らしの成人男性の家に少女一人が出入りするのは通報案件だから。俺まだ人生諦めてないから」

「分かってるわよ。実際は圧倒的ショタ案件だけどねえ」

「まあね。でも日本でそれは通用しないもん。……それにしても、人外の世界は本当に美男美女ばっかだねー」

「魔王様たちは特にね。他の二人も見た目の世代こそ違うけど、三十代ぐらいのゴリマッチョ系イケメンと四十代の知的ヒゲ系イケオジよ」

「おお、姉ちゃんには桃源郷じゃん。で、どうなの?」

「……どうって?」

「ほら、華やかな話とかないの? クレイドだってイケメンだし、一緒に暮らしてるんだろ? お付き合いとかそんな話はないの?」


 私は小声で話してるのに、居間にいる二人に聞こえるんじゃないかとドキリとした。


「ないわよそんなの。今は仕事仕事の毎日だもん」

「ああ、まあ今はマンガ広めてる最中だもんね。……だけどさ、こっちでは色恋全くない状態で死んじゃっただろ? せめてホーウェン国では家族作ったりとか、姉ちゃんに幸せになって欲しいんだよね、俺」

「色恋全くなかった訳じゃないわよ失礼ね」

「微かにあっただけだろうが。半年も持たなかったろ? あの編集の男」

「……だって、締め切り前で忙しいのに、デート断ると余計に不機嫌になるんだもの。時間がある時に夜会って食事をしようとすると、毎回胃もたれするような重たい食事させるし。そばとか和食みたいなあっさりしたものが良いって言うと、それはデートじゃないって言われるし」

「ま、姉ちゃんは別にアイツが好きだったんじゃなくてさ、恋愛に憧れてた時にたまたま近くにいて粉かけて来たから、これ幸いと乗っかっただけでしょ?」

「多分そうなんだろうねえ。全くときめきがなかったし。相手にもそんなに好意がないなってバレちゃったんじゃないかな。悪いことしたわ」

「俺も姉ちゃんも、基本的に出たがりじゃないし、家でする仕事だからなあ。寂しいとは思うけど、仕事の邪魔されると苛ついたりするしさ、結局仕事大好き人間だから」

「そうなのよねえ。俺と仕事どっちが大事? とか言われて仕事って答えたぐらいだから」

「やべえ。そんな質問リアルでする人いるんだ。こええわ」

「天秤にかける話でもないと思うんだけどね。どっちも大事でいいじゃんと思うんだけど。恋愛脳じゃないんだね多分」

「単に好きじゃなかっただけでしょ。……俺、姉ちゃんがホーウェン国でもずっと独り身なんじゃないかと心配だよ」

「トールの方が心配よ。私みたいにうっかり若くして死ぬこともあるんだから、ちゃんと外に出るようにして、良い出会いを見つけなさい」

「俺も天涯孤独だからなー。確かに外に接するのも大事かなって近頃思うよ」

「斉木家の最後の生き残りなんだから、しっかり幸せを見つけなさい」

「ん、分かった。姉ちゃんも見つけなよ。せっかく異世界で実体持って生きられるって奇跡が起きたんだから」

「……そうだね」


 何となくしんみりしていると、クレイドがキッチンに顔を覗かせた。


「おいトール。アルドラの授業の前に、久しぶりに少しマンガと背景の資料を仕入れたいのだが。私とリリコは早く戻らないと学校や締め切りがあるゆえ、早めに帰りたいのだ」

「──ちょい待てクレイド。お前姉ちゃんと先に帰るつもりか?」

「いけないか?」

「ダメに決まってんだろ幼女を置き去りにするな! 俺が犯罪者になる」


 首を傾げるクレイドに私が説明し、なるほど、と頷いた。


「では、私とリリコで買い物に行って来るので、その間に授業をしたらいい。リリコも公園のトイレとトールの部屋の往復だけではつまらないだろう」

「ああそれでいい。これ金と本屋のポイントカードな。絶対ポイントつけて貰えよ? 買う量が多いからもったいない」

「任せてくれ」

「二時間ぐらいありゃ一通りの基本は教えられるから、そのぐらいには戻って来てくれればいい」


 弟に申し訳ないなあ、と思いつつ一緒にクレイドと外に出る。


「クレイド、本屋に入ったら、余り私に話しかけたらダメですよ。私は他の人に見えないから、危ない人みたいに思われますし」

「小声なら大丈夫ではないか?」

「それでも最低限にしましょう。なるべく独り言のていでお願いします」

「そうか。まあトールのカードを使うのだから問題があってもならぬしな」


 のんびり歩きながら地元の見慣れた景色を眺めると、何だかまだ自分が生きているような気がしてしまうが、向こうから歩いて来る人がクレイドを避けようとしても、私を避けようとすることはない。別に体を通り過ぎられても何とも感じないが、それでも私はもういない人間なのか、と思うと切ないような気分になる。


「……考えてみれば、リリコとこのように二人きりで町を歩くのは初めてではないか? いつもトールが一緒であったゆえ」

「ああ、そう言われれば」


 私は軽く答えてハッとした。

 そうだ、これはまるで、買い物デートのようではないか。

 そう考えたらまた何やら心臓の鼓動がおかしくなってきた。さっきまでスケスケ状態が寂しいと思っていたが、今ではありがたい。この顔の熱さを考えると、真っ赤になっているんじゃないかと思うから。

 ……私は一体幾つだまったくもう。トールも余計なこと言うからだ。




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