再び日本へ

「リリコ、実はちょっと相談があるのだけれど」


 何だか先日からクレイドを見ると動悸が変なことになり、バグが続行中のため、変に思われたらいけないとなるべく彼と顔を合わさないようにしていた私は、ある日アルドラから声を掛けられて部屋に招かれた。


「アルドラ様、どうしました? マンガ学校の件でしょうか?」


 私はアルドラの部屋に訪問して早速尋ねた。しかし美女の部屋というのは何故いつも良い香りがして、私と同じタイプのゲストルームなのにより豪華に見えるのか。アルドラ本人から発生している綺麗オーラのせいだろうか。


「いえ、そうでなくてね。……実は、私は絵の才能はからきしなの。見たり読んだりするのは大好きなのだけど」


 悩まし気に顔に手をあて、紅茶を飲む姿は映画のようで、惚れ惚れするほど美しく羨ましい限りだ。自分の平凡な見た目を思うと、少々落差が激しく落ち込みそうになる。ま、彼女のせいではないので恨みもないのだが。


「でも私、お話を考えるのは好きなのよ。お姫様が攫われて、勇敢な殿方が彼女を救いに行くようなハッピーエンドとかね。──でね、マンガというのではなく、お話を考える人の学校、というのはあなたの世界でもあるのかしらって聞きたくて」

「んー、シナリオライター養成学校とか小説教室みたいなものは知っておりますが……ああ、そう言うのも作りたいと?」

「そうなの。絵は描けないけど、自分の考えた話をマンガにしてくれるなら、こんな嬉しいことはないじゃない? そういう人も沢山いるんじゃないかと思って……私も書きたい、というのが一番にあるのだけれど」


 この人たちは私を過労死させるつもりか。次から次へと色んな話を持ち込みまくりおって。……でも、原作とマンガ家が別なのは最近良くあることで、話を作るのが上手くても絵は描けない人と、絵が上手くても話が今一つ面白くない人というのはいくらでもいる。要は一点集中型というタイプだ。

 ホーウェン国ではマンガが先に出回り始めたが、小説というのはまだ出ていない。わちゃわちゃと絵があるものより、文章でゆっくり読み進めたいという人も絶対にいるだろう。どちらも好きだという私のようなタイプもいるだろうし。確かにマンガだけではなく、小説や原作を書ける人間を広げるのも悪い話じゃない。


「すごく面白そうな案件ですが、私は小説作法に関しては教えるほどの知識がないんですよね……あれはマンガとは基本的な作りが別物なので」

「まあ、そうなの……残念だわ。じゃあ難しいかしらねえ」


 本当にガッカリした表情になるアルドラを見ていて、私はふと思い出した。ああ、うっかりしてたけど、身近にいるわそういうの詳しい子が。


「あのう……実は私の弟が日本で小説を書いておりまして」

「まあ! それは本当なの?」

「もしかすると力になってくれるかも知れません。ただ弟も仕事が忙しいので、ご期待に沿えない場合もあります。了承して頂けると助かります」

「勿論よ! ……ただ、私も創作意欲というのかしら、そういうのが抑えられなくて、少しでも早く書き始めたいという気持ちがあるのよね。一緒にリリコの弟に直接お願いしてみるのはどうかしら?」


 こんな美女が現れたら弟が鼻血出して倒れるんじゃないかと思うので、どうか勘弁して下さいと言いそうになったが、一番魔力値が高いと言っていたクレイドすら、抜け出る魔力消費を抑える為に少年の姿で日本に行っていたのだ。アルドラも少女の姿でないと何時間も日本にはいられないのではなかろうか。美女ならまずいが美少女ならアリか? 弟にロリコンの気はないはずだし。万が一私の知らない闇の世界を持っていたとしても、流石に姉の前でみっともない真似はしないだろう。


 私もここ一年ちょっとこのホーウェン国にいる。

 日本に行った時に、魂だけの存在のためスッケスケの実体がない状態になってて、クレイドに体が安定するまでは、うっかり成仏しかねないから日本には行かない方がいい、と言われていた。もうそろそろ弟の顔を見に行ってもいいんじゃないだろうか? 久しぶりに顔を見たいし。

 そう考えると、居ても立っても居られない気持ちになり、アルドラにはちょっと確認したいので少し返事は待って欲しいと伝え、急いでクレイドのところへ向かった。彼はもう次の本のペン入れを始めているはずだ。


「あ、リリコ先生こんにちはー」

「こんにちはー」


 作業部屋に入ると、放課後(と言ってもまだ午後二時ぐらいだ)からクレイドの手伝いにやって来た生徒たちが口々に笑顔を向けて声を掛けて来た。


「ん? どうしたリリコ」

「ちょっと話があるんですが、いいですか?」


 手招きして外に呼び出すと、私はアルドラの希望と日本への訪問について尋ねてみた。


「うむ……そう言えば私も忙しくて最近トールに会いに行けておらぬな。リリコもこちらに来てから大分経つし、もう大丈夫かも知れぬ。アルドラも一緒に連れて行くか。──だがネックレスだけは身から離すなよ」


 まだ仕事も忙しくない状態だから、明日にでも向かおう、という返事が聞けて私は笑顔でお礼を言った。

 未だにクレイドと間近で顔を合わせると胸がザワザワしてしまう。男性に膝枕される、などという経験は生涯で一度もなかっただけに、どうしても意識してしまう。でも普通は逆のような気がするんだけどね、膝枕って。

 でもクレイドがいないと日本にも行けないし、今は気にしていられない。弟にも会いたいし、話がしたい。

 多分小さくなっても美少女であろうアルドラに会わせたら、弟はびっくりするだろうなー。楽しみだなー。




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