心残り

「……何故名乗っただけで後ろに引かれるのだろうか?」


 クレイドが怪訝そうな顔を向けた。目つきが鋭いので、いくらイケメン様とは言え普通に見られただけで死亡フラグが立ちそうだ。


「いえ、あの、魔王様というのは、いわゆる王様ですよね? 日本にはない制度なので、恐れ多いと言いますか……」


 人を大虐殺するのがお仕事なのではと思いますか。


 心の声を漏らさぬように表面上は冷静を装う私を、ただ黙ったまま眺めていたクレイドが、おかしそうにほんの少しだけ口角を上げた。


「──まあ良い。この国の人間ではないのだし、リリコは別に配下でもない。特に畏まったりはせず普通に過ごせば良かろう。私が許す」


 とりあえず、今すぐどうこうという話はなさそうだし、むやみに怯えていても仕方がない。実際の魔王がどんな仕事しているのか分からないし。

 どうせ元の自分も既に死んでいる訳だから、何かあっても正式に死ぬだけのことだろう。そう考えて私は気を取り直した。


「あの、実は一つ気になることがあるんですが、何で日本にいたんでしょうか、クレイド様は?」

「……ああ、それか」


 クレイドはティーカップから口を離すと、観察なのだ、と答えた。


「観察、ですか?」

「お前の住んでいた日本、という国はかなり昔から、我が城の地下と繋がっておるのだ。まあある程度の魔力を持たないと結界自体通れぬが」


 先々代の魔王がたまたま見つけたそうで、異なる文化から何かホーウェン国を発展させるような知識を得られないかと、以前から十年に一度ぐらいのペースで覗きに行っているそうな。魔素というのが存在しない国のため、実体化に魔力を必要以上に消費するようで、長くても丸一日程度しか滞在出来ないそうだ。で、なるべく長居出来るよう猫の姿になっていたらしい。


「ですが、そんなに期間を空けたらすごい変化じゃないですか?」

「それがな、日本の時間の流れとホーウェン国の流れが違うようでな。確認してみたが、日本での一日がこちらの三日ほどになるのだ。それゆえ、日本の感覚で言うと三年に一度程度になるか。……昔は鎧を着て騒々しく戦ってばかりいるような血なまぐさい国だったので、得られる知識も少なく暫く行っていなかった時期もあるが、いつの間にか驚くほど発展して、今では私の知らぬ物も多々あってな。なかなかに面白い」


 戦国時代辺りから日本を魔王がウロチョロしていたとは。それにしてもう七、八百年は昔の時代なのだが、この三十歳前後に見える魔王様も長生きなのだろうか?


「失礼ですが、クレイド様はおいくつなのでしょうか?」

「私か? ……千年から先は数えたことがないな。二千年、三千年は普通に生きるからな魔族は。──そういえばリリコは何歳だ?」

「……二十六歳です」

「っ! まだ赤子ではないか! 魔族は百五十年から二百年で成人扱いだと言うのに」

「二百年生きる人間はまずおりませんし、百年もかなり厳しいです。人間は二十歳で成人ですので私もしっかり大人です。──あ、もうすぐ十八歳で成人扱いですけど」

「……何と……しかし短い人生よなあ」

「クレイド様たちのように長く生きるのもお疲れになるかと思いますが」

「うむ。まあただ長いというのも退屈な時も増えるゆえな」


 雑談をしていると、魔王様がごく普通の人のようにも思える。弟が魔王が実在していて、こういう人だったと言えたら大興奮だったろうなあ、と思うと、自分の死を実感して切なくなる。唯一の家族である弟とももう会えないのか。


「──どうした?」


 私の顔を見て、気遣うようにクレイドが声を掛けた。


「いえ。死ぬ前に弟にせめて一目会いたかったなあ、と。うち、両親が旅行中にバスが転落して亡くなったもので、十八歳の時から三つ下の弟と二人家族だったんです」

「そうか。そんなに若くして親を亡くすのは辛いものだな」


 暫く無言だったクレイドが、いや、もしかしたら、と呟いた。


「──リリコの親族であれば、その状態でも分かるかも知れぬぞ」

「……え?」

「試してみねば何とも言えぬが、血の繋がりというのは馬鹿には出来ぬものだ。……これを身に着けておけ」


 クレイドが空中で指を動かすと、黒く丸い水晶のようなトップがついたネックレスが出て来た。


「私の魔力が込められているものだ。結界みたいなものだな。それを着けていれば、日本に行ってもお前が輪廻の輪に入って消えることはなかろう。ただ、私が傍にいる間しか役に立たん。どんどん魔力が抜けるゆえ、補充が必要になるのでな」

「……弟に会えるんですか?」

「お前は会えるが、弟が会えるかどうかは分からぬ。だが、心残りなのだろう? 駄目で元々だ。試す価値はあるのではないか?」

「……はい。はいっ!」


 私は必死で溢れる涙を抑えようとしたが、「我慢せずとも泣きたい時には泣けばいい」とクレイドが優しいことを言ってハンカチまで渡してくれるもので、色んな感情がどっと出てしまい、生まれてこの方ここまで泣いたことはない位に大泣きしてしまった。

 私も大切な存在に思っていたが、弟は自他ともに認めるシスコンだった。その感情が本物であれば、何とか気合で私を見つけて欲しいものだ。いや、もし見つけてくれなくても、私が弟に会えるなら十分だ。

 無理な願いと諦めていたものが叶えられるかも知れない、と思うだけで私の心は温かいもので満たされるのだった。




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