引きこもりの俺が異世界転生した結果
高山小石
俺だけのヒーロー
「じゃあ、行ってくるからねー」
「行ってくる」
「かあ、いてらー」
「とうさん、いってらっしゃーい」
「……」
働き者の親戚が家を出たのを確認してから、俺はそっと部屋から出た。
なぁんで異世界転生してまで引きこもってるんだろうと、自分でもイヤんなる。
俺だって最初は、せっかくの機会だから頑張ろうと思ったさ。
でもなぁ。
ぽふぽふっと、足元にあたたかなもふもふがくっついてきた。
「にーちゃん、あそんでー」
「おしっこー」
「ん。まずはしっこからなー。そんで朝ごはん食べてから遊ぼう」
「はーい」
「あーい」
いわゆる獣人の世界で、まだ幼体のイトコたちは動くぬいぐるみみたいで癒やされる。
この世界の獣人は5歳を過ぎたくらいから身体中にあったモフ毛がなくなっていって、最終的に耳と尻尾だけ残る。幼体の姿は今だけかと思うと、ついついさわりたくなってしまう。
ころころモフモフの二人を同時に抱えると、きゃっきゃっと歓声が上がった。
なんで身体にモフ毛がはえてんだってとこから、異世界転生に気づいたんだよなぁ。
でも、元引きこもり高校生の俺は、特別な知識も技術力もなくて、異世界チートなんてできなかったし、なにより……。
「にーちゃん、はやく、ごはん!」
「にー、はかせて!」
「はいはい」
獣人の世界、俺はそれがダメだった。
いや、見た目の問題じゃなくて。
この世界の実の親がちょっと無理だった。
俺サマっていうか、自己主張しまくるのが獣人としての普通らしいんだけど、その中でもかなり選民意識が高いというか、なんというか。
「ウチに生まれて、なにを軟弱なことを言っている!」
一番多く親から言われたセリフがこれだ。
獣人の世界では、とにかく主張しなくちゃ始まらない。
俺の引きこもり体質は全然あわなくて、結局、共働きの親戚の家に厄介払いされてしまった。
この親戚はおそらく分家筋とかいうのでウチに逆らえなかったんだろう。軟弱な俺を、本家からの大事な預かりモノとして扱ってくれた。
俺は、ただ1人でいるのが好きなだけなのに、「なにか伝えたいことがあっての行動」ととらえられてしまい、いたたまれないくらい気を遣ってくれていた。
1人になりたい→「私たちと一緒にいるのがイヤなの?」
話したくない→「口もききたくないほど嫌なのか?」
ただ、そっとしといてくれたらそれでいいのだと伝えても、「なにを遠慮しているのか」「はっきり言ってくれたらいいのよ」と返ってくる。
いやいやだから、と説明したところで伝わらない。
そのうち、親戚の仕事が忙しくなって、俺をかまう暇などなくなって、本当に良かった。
本来、獣人の子育てはほったらかしが基本みたいで、幼稚園や保育園、学校のようなものはない。
積極的に周囲と関わるうちに自然と学習できて仕事も決まる世界なのだ。
近所ぐるみで育てていると言えば聞こえがいいけど、それにはまず、自分からグイグイ行けるという前提がいる。
俺からしたら、家庭はネグレクトみたいだし、友達関係も弱肉強食がモロに出ていて馴染めなかった。この家で幼いイトコたちの扱いを見ているだけでも辛かった。
だから俺は、自然とイトコたちの世話をするようになった。
イトコたちがまだ幼体で、話す動物か、動くぬいぐるみの世話をしている感じだったのも良かったんだろう。
でも、こんなふうに過ごせるのも、イトコが幼体じゃなくなるまでだろう。イトコが大きくなったら俺はどうしようか。少なくともここにはいられないよな、とぼんやり思っていたら、親戚が事故にあって、二人とも帰らぬ人になってしまった。
俺には選択肢が与えられた。
本家にもどるか、別の親戚筋に行くか。
俺はともかく、幼いイトコたちはどうなるのかと聞けば、このまま二人だけで暮らすのだという。
普通は逆だろう。大きい俺よりも幼いイトコたちをひきとるんじゃないのか。
どうやら、やっぱり俺が本家筋だからっぽかった。俺を一人でふらふらさせられないようだ。
おかしいだろ。
そう思うけど、どう言えばいいのかわからなくて、今はすっかり懐いてくれた二人のイトコを見た。
まだぬいぐるみな小さい方のイトコは、俺よりわけがわかっていない様子でキョトンとしている。
違ったのはモフ毛が抜け始めた方のイトコだった。
「オレがお世話するから、このままうちにいてよ!」
十歳以上離れてるイトコの申し出に、俺は「いや逆だろ?」って思ったけど、驚いていたのは俺だけで、本家は「それでこそ分家だ」という対応だった。
結局、小さいイトコを二人だけにするよりマシだと思った俺も同意し、俺とイトコたち三人でこのまま暮らすことになった。
生活自体は親戚がいた頃と変わらなかった。いや、親戚を気遣わない分ラクになった。
大きいイトコは、早くも仕事についたらしく、出かけては稼いでくるが、弟が気になるからか、ワーカホリックだった親戚とは違ってキチンと帰宅する。
その間、俺は小さいイトコの相手をして、家のことを片付ける。なんだか住み込みのお手伝いさんみたいだ。
こんな俺でも少しは役に立てているかもしれないと思い上がっていたからか、ある夜、大きい方のイトコが馬乗りになってきた。もう一人のイトコもそばにひかえている。
物理的にマウントをとりにきたんだと思った。獣人世界では序列が絶対。家にいるだけの俺なんかに大きい顔をさせられないってことなんだろう。
「こんなことしなくても、この家の一番はお前たちだよ」
おおごとにならないようにとそっと伝えたら、イトコたちは嬉しそうな顔になった。
すっかりモフ毛が抜けて、耳と尻尾だけになった体は、どうやって鍛えたのか肉厚で圧迫感がすごい。
モフモフぬいぐるみ期間は短かったなぁ。ブンブン動く尻尾とぴくぴく耳だけはあの頃と変わらないけど。
小さい頃はよくなでていたなと懐かしくなって二人の耳をなでたら、食べられた。比喩的に。
☆
いえに、あんまりおはなししないおにいちゃんがきて、とうさんとかあさんがひそひそはなしてるのをきいた。
「それにしても、養育費をこんなにくれるなんてねぇ」
「絶対に逃がすなよ。金のなる木だぞ。食費だの被服代だの言って、いくらでもしぼりとれるんだからな」
いみがわからなかったから、よくはなすおにいちゃんにつたえたら、しばらくようすをみようっていわれた。
弟から話を聞いて、あの両親が、本家からの預かり者にしては、やけに大事にしている理由がやっとわかった。
同情はしない。そんな風に利用されるのは弱いからだ。現状に不満があるなら強くなればいいだけだ。
そのうち両親が、もらった金を賭け事に使い始めて、家に帰らない日が多くなった頃、預かり者はこっそり俺たちの世話や家事をするようになった。
はじめは俺たち兄弟が外で遊んでいる間にやっていたので、本家のクセにご機嫌とりのつもりかと、バカにしていた。
それが変わったのは、俺たちが病気になった時だ。
両親から「うつるから出てくるな!」と部屋に閉じ込められていた俺と弟は、熱と空腹で動けずぐったりしていた。
そんな俺たちに、預り者はわざわざ食べられそうな食事を用意し、汚れた毛をととのえ、外で遊べなくて退屈だろうと室内でできる遊びやいろんな話をしてくれた。
聞いたこともない昔話は面白くて、病気が治ってからも弟がねだったから、夜寝る前にも寝床にきて話してくれるようになった。
預かり者が半分眠っている時だけ、不思議な話をしてくれることがあった。
それは奇妙なホラ話というか、ここではない別の世界の話で。俺より頭のいい弟はそれを聞きたくて、毎回うまいこと預かり者が眠たくなるように誘導していた。
預かり者は、両脇にくっついた俺たちを優しくなでながら、つぶやくように見知らぬ世界のことをどこか懐かしそうに話していた。それを聞いていると、あぁ預かり者はいつかここから出て行くんだな、と感じた。
俺たちだって早く出て行きたい。
でも、預かり者がどこかへ行くのは嫌だ。それは弟も同じ意見だった。
欲しいものはなんとしても手に入れる。それが獣人だ。
俺と弟はどうすればいいか話し合った。
☆
両親が借金をつくり、本家に金の無心に行ったことで消されたのは予想外だったけど、兄との計画が早まっただけだと思った。
あの人が僕たちのことを子ども扱いしてくれてる間の方が都合がいい。
本家だって、僕たちが世話をすると言えば反対しないだろうと、予想していた通りになった。
そして、やっと僕も成獣できた。
兄を長く待たせちゃったから、最初は兄にゆずるけど、次からは遠慮しないからね。
僕たちがもらった愛を、二人で全力で返して、がんじがらめにして、あなたをどこにも逃さない。
そのために僕と兄は手を組んだのだから。
☆
深い快楽から浮かび上がっても、まだ頭がついてこなかった。
「なんで……なにが」
「あなたは考えなくていいよ」
「そうだ。気持ちは少しもわからないが、お前はお前自身が選びとることが苦痛なんだろう? 流されろ。全部オレたちが決めてやる」
実家で、自信をもって選べないことを軟弱だとずっと言われてきた。そのことは話していなかったのにと、イトコたちの言葉に驚く。
「僕と兄は、あなたのそんなところが好きなんだよ」
引きこもりの俺が異世界転生した結果 高山小石 @takayama_koishi
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