終章―幸― 4
*
杜若の女房に案内されて、藤壺に着くなり、紹子が駆け寄ってきた。勢いがすごくて、紫檀と紫苑が慌てて止めたくらいだった。
「右近さん、落ち着いて」
「だって、藤小町が連れ去られたって聞いて、うち何も出来んくて。もう心配で心配で。大丈夫なん? 何ともないん?」
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「良かった。ほんまに、無事で良かったあーーー」
紹子は、床にへたり込むと、子どもみたいに泣きじゃくってしまった。これほど心配してくれていたことが、素直に嬉しかった。
「紫檀、紫苑、わたしの代わりに右近さんをぎゅーっとしてくれる?」
「任せなさい!」
「分かった」
紫檀と紫苑が、紹子に飛びついてしっかりと抱きしめた。紹子は、さらに強い力でぎゅーっと抱きしめる。二人が、苦しい~なんて言って笑うのを見て、涙を引っ込めた紹子は楽しそうにしていた。
中宮が、菫子のことを手招きした。菫子は、少し前に進み出て、傾聴の形を取った。
「さっきまで清涼殿で、お披露目をしていたのよね。忙しいのに呼んでごめんなさいね。右近がどうしても、藤小町の元気な姿が見たいと言ってね」
「いえ、わたしも会うことが出来て、嬉しく思っております。ご配慮、ありがとうございます」
「お披露目はどうだったの? 上手くいったのかしら」
「はい、無事に終えることが出来ました。あのような場は初めて、とても緊張いたしました」
中宮は、それは良かった、と穏やかに微笑んだ。
「わざわざ藤小町を公の場に出して、主上はよっぽどあなたを買っているのね」
「そう、なのでしょうか。毒小町には危険がないと示すためかと存じますが……」
「ふふっ。もちろんそれもあるでしょうけれど、単に見せびらかしたかったのよ。私の女官はすごいんだって。そういう御方よ」
ふと、菫子の装束を見て、中宮は何かを考えるような仕草を見せた。どうかしたのかと問うと、中宮は小さなことだけれど、と前置きをして言った。
「わたくしがあなたに会ったのは、相模という名を使っての時だから、こうして鈍色の着物を着ているあなたと会うのは初めてね。こちらの方が『毒小町』なのでしょうけれど、あなたには、色鮮やかな着物の方が似合うと思うわ」
「うちも! 今度、うちが色合わせしてみてもいい?」
紫檀と紫苑とじゃれ合ったまま、紹子が立候補するように手を上げた。中宮が楽しそうに、わたくしもしようかしら、と微笑んでいる。
「ありがとう、右近さん。あの、わたし、また、一緒に香を作りたいわ」
「香作りうちもしたい! また遊びに行くー」
「藤壺にも、たびたびいらっしゃいね」
「はい。ありがとうございます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます