終章―幸― 4



 杜若の女房に案内されて、藤壺に着くなり、紹子が駆け寄ってきた。勢いがすごくて、紫檀と紫苑が慌てて止めたくらいだった。


「右近さん、落ち着いて」

「だって、藤小町が連れ去られたって聞いて、うち何も出来んくて。もう心配で心配で。大丈夫なん? 何ともないん?」

「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

「良かった。ほんまに、無事で良かったあーーー」


 紹子は、床にへたり込むと、子どもみたいに泣きじゃくってしまった。これほど心配してくれていたことが、素直に嬉しかった。


「紫檀、紫苑、わたしの代わりに右近さんをぎゅーっとしてくれる?」

「任せなさい!」

「分かった」


 紫檀と紫苑が、紹子に飛びついてしっかりと抱きしめた。紹子は、さらに強い力でぎゅーっと抱きしめる。二人が、苦しい~なんて言って笑うのを見て、涙を引っ込めた紹子は楽しそうにしていた。


 中宮が、菫子のことを手招きした。菫子は、少し前に進み出て、傾聴の形を取った。


「さっきまで清涼殿で、お披露目をしていたのよね。忙しいのに呼んでごめんなさいね。右近がどうしても、藤小町の元気な姿が見たいと言ってね」

「いえ、わたしも会うことが出来て、嬉しく思っております。ご配慮、ありがとうございます」

「お披露目はどうだったの? 上手くいったのかしら」

「はい、無事に終えることが出来ました。あのような場は初めて、とても緊張いたしました」

 中宮は、それは良かった、と穏やかに微笑んだ。


「わざわざ藤小町を公の場に出して、主上はよっぽどあなたを買っているのね」

「そう、なのでしょうか。毒小町には危険がないと示すためかと存じますが……」

「ふふっ。もちろんそれもあるでしょうけれど、単に見せびらかしたかったのよ。私の女官はすごいんだって。そういう御方よ」


 ふと、菫子の装束を見て、中宮は何かを考えるような仕草を見せた。どうかしたのかと問うと、中宮は小さなことだけれど、と前置きをして言った。


「わたくしがあなたに会ったのは、相模という名を使っての時だから、こうして鈍色の着物を着ているあなたと会うのは初めてね。こちらの方が『毒小町』なのでしょうけれど、あなたには、色鮮やかな着物の方が似合うと思うわ」

「うちも! 今度、うちが色合わせしてみてもいい?」


 紫檀と紫苑とじゃれ合ったまま、紹子が立候補するように手を上げた。中宮が楽しそうに、わたくしもしようかしら、と微笑んでいる。


「ありがとう、右近さん。あの、わたし、また、一緒に香を作りたいわ」

「香作りうちもしたい! また遊びに行くー」

「藤壺にも、たびたびいらっしゃいね」

「はい。ありがとうございます」

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