終章―幸― 3
「はー、疲れたのう」
「お見事な采配でございました」
「大筋を考えたのは俊元であろう。全く、頼もしいことだ」
「恐れ入ります」
臣下たちが下がった後も、菫子と紫檀、紫苑は清涼殿に残っていた。紫檀は足を崩して座っていて、紫苑に至ってはごろりと寝転がっている。
「ちょっと、紫苑」
「えー、いいじゃない。約束通り他の人間がいるところではちゃんとしたでしょ?」
「うむ。よくやっておった。後で菓子を用意させよう」
「わーい」
「わーい」
この二人は、中宮にもそうだが、帝にも何かと気に入られているらしい。身分を気にしない、飾らない態度が、尊い方々には珍しく好ましいのかもしれない。
「さて、尚薬よ。そなた、褒美は何を望む? ……殺して欲しい、などとは言わぬな?」
「鈍色以外の着物と、新たな局を所望いたします」
菫子は、帝に対してこう答えた。今欲しいと思うのは、必要だと思うのは、この二つだった。
帝は、ぽかんとした顔をした後に、愉快そうに笑った。
「ははっ、それは良い」
俊元は自分のことのように、嬉しそうに頷いていた。俊元がいてくれたから、着物と局が欲しいと、思えるようになった。菫子は俊元へ丁寧に礼をした。俊元は穏やかにそれを受け取り、帝に進言をした。
「着物は良き物を用意するとして、局はどういたしましょう。毒で死ぬことはないにしても、他の女官たちと隣り合っている局では、互いに気を遣うかと。紫檀と紫苑もいることですし」
「ふむ。では、念誦堂を建て替えてはどうだ。高階氏から没収した財産があるゆえ、それくらい出来るであろう」
「えっ」
「念誦堂である必要はないのだから、あの場所に尚薬と小鬼たちが暮らす、別棟を作るが良かろう。俊元、手配をしておけ」
「かしこまりました」
菫子が驚いている間に、話がどんどん進んでいった。確かに、中心から離れたあの場所なら周りを気にせず生活出来てありがたいが。思っていた規模と違いすぎて、菫子はついていけなかった。
「ねえ、じゃあ藤小町とずっと一緒に居られるってこと?」
「藤小町、どこにも行かない?」
紫檀と紫苑が、着物を引っ張りながら聞いてきた。父と母であり、兄と姉であり、弟と妹であるこの二人と、これからも一緒に暮らせることは、菫子にとっても嬉しいことだ。
「ええ、一緒よ」
「やったー」
「やったー」
両側から二人が抱きついてきた。それを微笑ましく帝と俊元に見られていることに気付いて、少し恥ずかしくなった。
清涼殿に続く渡殿を、女房が歩いて来るのが見えた。夏らしく杜若の唐衣を纏ったその女房に見覚えがあるらしく、帝は思い出したように言った。
「ああ、そなた、藤壺に呼ばれておるのだったな。そのまま向かうと良い」
「藤小町が藤壺へ向かうと、知らせは出ているはずだから、安心して」
「はい。あの、何から何まで、ありがとうございます」
菫子は、感謝の気持ちを込めて、深く長く、礼をした。
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