第52話 そして、犯人は?

 注目された人物、もとい犯人、もといローラ・ウェルは、いつもの人懐っこい笑顔を崩さない。アクア夫妻は苦々し気な表情でローラを見ている。

 この中で、一番驚いたのはアリアだろう。ローラのことは、ずっとずっと妹のように可愛がってきた。昨日だって、普通に話していた。

 待て、とアリアは心の中で思う。最近ローラが話しかける内容は、「捜査がどれくらい進んでいるのか」ということばかりだった。アリアを通して、エリリカがどれくらい解けているのか、確認していたのだ。

「何日ぶりに話したのかしらね。私と話すと事件のことを言っちゃいそうで、避けてたんでしょ。朝の連絡の時にアリアに証言すれば、私から話しに行くことはないからね。だから、自分からアリアに証言しに行ったんでしょ」

「当たりです。はぁ。完璧な計画だと思ったんですけど、やっぱりダメでしたか。残念です。その様子だと、動機やあたしの素性とかも知ってるんですよね。完敗です。一つ、聞いても良いですか」

「ええ。何でも聞いて」

 犯行を見破られたとは思えないローラの態度に、エリリカは苦笑いしている。

「氷で水瓶を吊るしたことに、どうして気づいたんですか」

「箱の中身が消えていたからよ。片方が水瓶なのは分かっていた。協力者を作ってまで運んだんだから、もう一箱も水瓶くらい重要な物だと考えたわ。

 そこで注目したのが、床に零れた水の量と、暖炉の中で燃えていた何か。この段階では、暖炉で燃やされている物が何か、分からなかった。だから、部屋にないはずの物が暖炉で燃やされた、と仮定して推理することにしたわ。もう一箱の中身が消えていたからね。

 大量の水を床に零すため、水を運ぶ容器として使った。それに気づかれないように、暖炉で燃やしたのかもしれない。いいえ、違う。それなら、水瓶の使い道を『水を運ぶ容器→アリバイ作り』とすれば良いだけ。荷物を一箱にすれば、協力者を作らなくて良いしね。

 この説が否定できるとなると、水は何処からか運んできたわけではない。しかし、水瓶に入る水の量より多いことは分かっている。何より、水の染みがライ大臣の下、床部分には、ほぼなかった。まるで、ライ大臣が寝転がっている上から水をかけたみたいにね。一回目に殴られた時点で、ライ大臣は死んでいた。これは、クレバ医師の検死結果がある。死んでうつ伏せになったのなら、その上から水をかけることは可能だわ。ライ大臣は動かないからね。それなら、ライ大臣の下にほぼ染みがなかったことも説明できる」

 エリリカは一度言葉を切ると、クレバ医師の方を向いた。クレバ医師は間違いないと力強く頷く。エリリカは再びローラの方を向いた。

「水の使い道を論理的に説明できる、他の方法がないかと考えたわ。水瓶の中にあった水でもなく、水道から運んできたわけでもない。それ以外だと、氷が解けて水になった、くらいしか思いつかなかった。この段階では、アリバイ作りなんて考えてなかったわ。何かしらで氷を使い、解かして水にしたんじゃないかって思っただけ。この仮説を立てた後、七つの謎を順番に検討してみたわ。そしたら、論理的な説明がついたのよ。さっき、説明したみたいにね。その時は流れを切りそうだから説明しなかったけど、追加で二つ。

 一つ目、うつ伏せで寝ているライ大臣の上から水が落ちれば、彼の下にほぼ染みがなかった説明がつく。ライ大臣の死体で、水が床に零れるのを防ぐ形になっていたからね。周りの染みの形は、氷が少しずつ解けたり、いっきに解けたりした影響ね。ライ大臣の体に水滴が当たって、跳ね返った分もあると思う。

 二つ目、暖炉で燃やされていた物は、クーラーボックスだった。暖炉の中を見てない人もいるから、簡単に説明するわ。暖炉の中には、三、四種類の破片があった。燃え切っていなかったから、破片は水瓶より大きめだったわ。でも、バラバラだったり焦げていたりで、元がどんな形状だったかは分からなかった。これも、床に零れた水が元々は氷だった、という説で気づけたわ。箱の中身であったクーラーボックスは、暖炉で燃やされたから消えていた。途中で氷が解けたら、計画が台無しになる。水瓶と同じ重要性でもあるわね。暖炉の中に三、四種類の素材があったのは、クーラーボックスもいくつかの素材で作られているからよ。まぁ、素材を知らなくても、前二つを踏まえれば当てられるわね」

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