第23話 第1の事件の振り返りから
アリアは溜息を吐きながら、エリリカの部屋をノックする。返事が聞こえると思いきや、いきなり扉が開いた。予想外のことに驚いて、アリアは一歩下がる。部屋の中から、勢いよくエリリカが飛び出してきた。
「分かっていることの整理から始めるわよ。クレバ医師の検死には時間がかかるだろうし、あの後ゆっくり話ができなかったでしょ。今の内にまとめておきたいの」
「急に出てこられたので驚きましたわ。・・・・・・あの、正直この事件、私には全く分かりませんの。お力になれるどうか―」
「このエリリカ様がついてるんだから、大丈夫よっ!」
エリリカは花が咲いたように笑った。太陽のように眩しい笑顔。それに釣られて自然に笑顔になれた。エリリカの笑顔は、いつでもアリアを照らしてくれる。
「それよそれ。やっぱり、アリアが世界で一番美人だわ。私の目に狂いはない。そんな落ち込んだ顔をさせてるようじゃ、私も駄目ね。あなたには笑っていて欲しいから、早く解決しなきゃ。もちろん一緒によ」
「そうですわよね。申し訳ありません。私も全力で頑張りますわ。ですが、一つだけよろしいでしょうか。世界で一番美しいのはエリリカ様です。それは譲れません」
「この流れでそれを言うアリアもなかなか頑固よね。まぁ、良いわ。よ~し、それじゃあ昨日イレーナ大臣から聞いた話を先に教えてくれる? その後で、まとめて考えていくわよ」
アリアはその考えに同意した。廊下で話していても仕方がないので、部屋へ入る。エリリカに促されて椅子に座った。イレーナ大臣は、アスミと話した理由を「お茶を持ってきてもらうため」だと言い張った。しかし、アリアはそれを信じていない。
食堂で聞き出したことを全て伝え終えた。それを聞いたエリリカは唸り声を上げる。
「うう~ん。ダビィ王が話してかけてから城へ帰ったってことは本当だと思う。ただ、お父様の挨拶前後の行動が不確かに思えるわ。イレーナ大臣は『何か起きた』とも仰ってなかったみたいだし。アスミが早足で戻ったのは、お茶を取りに行ったためだと説明したのよね」
「はい。それと昨日の帰り、エリリカ様が動機についてお聞きになられた時です。イレーナ大臣は何かを隠しているようで、早口に答えていらっしゃいましたわ。他の皆様に便乗して、使用人の犯人説を唱えているようでした。それに、ダビィ王とミネルヴァ女王の表情は、必死で何かを隠しているようでしたわ。唯一セルタ王子だけが、普段と変わらないご様子でした」
エリリカが犯人の動機について尋ねた時の、全員の様子も付け加える。全員の反応、それをアリアはしっかり確認していた。少しでも役に立ちたい。推理を聞くだけじゃなくて、一緒に解決したい。その一心で動いていた。
「そこまで見ていたのね。やっぱりアリアは頼りになるわ。あのイレーナ大臣が動揺してたんだもんね。犯人かどうかは分からないけど、動揺するだけの理由があるはず。動機を聞かれて動揺したのか、食堂でのアリアとの話を気にして動揺したのか、そこまでは分からないけど。ダビィ王とミネルヴァ女王が何か隠している様子なのに対し、セルタ王子にそんな様子はなかった。これも気になるわね。二人だけが知っている何かがあるのかしら。それとも、ダビィ王、ミネルヴァ女王、イレーナ大臣の三人が知っていて、セルタ王子だけが知らない何かがあるのかしら。どちらの可能性もあるわね」
「やはり、動機が重要になってくるのでしょうか」
「メモの内容もあるし、動機の重要度はかなり高いと見て間違いなさそうね。
さて、次は最初から事件を振り返っていきましょ。新しく手に入れた情報も多いからね。順番に考えていけば、何か見えてくるはずよ」
最初と言えば、フレイム夫妻が毒殺された事件。エリリカにとっては、何よりも辛いことのはず。彼女は少し苦々し気な表情を見せた。しかし、すぐにいつもの堂々とした表情に戻す。エリリカが話を進めようとしたので、アリアもあえて励ましの言葉をかけなかった。
「お父様とお母様は毒殺された。これは検死結果にある、紛れもない事実よ。ここでの問題は四つ。
一つ、誰が毒を入れたのか。言い換えれば、毒を入れるタイミングがあった人は誰かってことね。仮に動機があったとしても、物理的に入れることが無理なら、犯人には成り得ない。それと、犯人は私達のグラスの色を知っていたことも条件ね。
二つ、動機は何か。私にはこれが一番の謎ね。娘ながら恥ずかしいけど。お父様とお母様、それにライ大臣。三人の繋がりはフレイム王国の住人であり、フレイム城に住んでいること。あとはフレイム王国の政治に関わっていることくらいかしら。この繋がりから動機を探っていくしかなさそうね。私にだけ動機がないこともヒントになるのかしら。
三つ、どのタイミングで毒が入れられたのか。アスミがワインをグラスに注いでいる間は、コック長が真横で監視していた。ワインが事前に開けられた形跡はないらしい。彼女が大広間に入ってからは、大勢の目があった。ワインは私達がお盆から取ったのだから、配られた際に入れられたわけではない。となると、アスミが『厨房を出てから大広間に入る間』ってことになるわね。
四つ、誰があのメモを書いたのか。『犯人=メモを書いた人物』っていうのは、今の状況からじゃ分からないわ。でも、この等式が合っていたら動機にも繋がる。もしそうなら、メモの言葉と動機を結びつけて、犯人を検討できそうね」
アリアはペンを走らせて、素早い速度でメモを取り続ける。書いたメモと睨めっこし、自分なりに意見を考える。この四つの中で、一番捜査しやすそうな事項はどれだろう。順に読み返し、二つ目の項目に目をつける。
「罪を犯したという文章を読む限り、犯人は過去のことについて言及しているようですわ。また、二つ目でエリリカ様が指摘なさった通り、被害者三人の共通点はフレイム王国にあります。そこで、フレイム城の書斎にある、書籍や資料などを調べてみるのはいかがでしょうか」
「天才じゃない! 書斎をあたってみましょ。申し訳ないけど、お父様とお母様、ライ大臣の部屋もついでに漁るわよ。ライ大臣はベッドを使用した形跡がなかったからね。部屋に何か残ってるかもしれない。行動その一、その二、決まりね」
エリリカは嬉しそうに指を鳴らす。少しでも役に立てたことに安堵した。なので、漁るというお行儀の悪い言葉はこの際スルーする。
「あとはアスミの手が濡れたタイミングね」
「あの、この前は質問せずに聞いておりましたが、アスミの手が濡れた時間に拘るのはなぜでしょうか」
「あ~、はいはい。さては嫉妬ね。『エリリカ様は私のことだけ考えて下さいませ』っていう。全く仕方ないわね」
「別の仕事に行ってもよろしいでしょうか」
「ごめんなさい。毒を入れた時間や方法が分かりそうだからです」
エリリカは真剣な表情になって、間髪入れずに頭を下げた。それを見ていたアリアは思わず呆れてしまう。謝るくらいなら最初から真面目にやって欲しい、と。
「もう少し詳しく教えて頂きたいですわ」
「任せなさい。『アスミの手が濡れた時間』と『毒が入れられた時間』が、ほぼ同じだと考えられるからよ。
アスミの手が濡れた時間は、『ワインを配って大広間を出てから厨房でお盆を拭くまでの間』って言ったわね。毒が盛られた時間は、『ワインを注いで厨房を出てから大広間に入る間』ってことも言ったわね。ほぼ同じっていうのは、大広間でのワインの受け渡しを挟んでのことよ。毒を盛るのに失敗し、ワインを零して手が濡れたのなら理解できるわ。でも、受け渡しを挟んで別々のことが起きた理由が分からない。説明がつかないのよ。
それから、アスミは始まる時間に少しだけ遅れてきたわ。それも気になるの」
エリリカの説明で、アリアにも納得できた。確かに、毒を盛った時間と手が濡れた時間が別々なのは気になる。毒を入れた際に手が濡れたわけではないのなら、他に原因があることになる。
「大広間の厨房側にある入り口に、何か手掛かりはなかった? どんな些細なことでも良いわ」
「何か、ですか。そうですわね・・・・・・」
少しの間黙って考える。それからすぐに、ああと小さく声を出した。本当に些細なことで、事件に関係があるかは判断できない。今まですっかり忘れていたほどのこと。
「あれは、コジー様とエリー様のご葬儀の日ですわ。お亡くなりになられた日ではありません。だから、関係ないかもしれませんけど」
「良いわ、教えて」
エリリカはアリアの瞳を見据えて力強く頷く。
「ダビィ王方と大広間に戻った時ですわ。大広間周辺の確認するため、一度部屋の外に出ましたわよね。厨房側の出入り口、向かって左側の棚にある花瓶の位置が、変でしたの。いつもは棚の中央に置いてある花瓶が、少し扉側に寄っていましたから。こちら側の扉は使うことも多いですし、誰かがぶつかっただけだと思いましたわ。でも、もう一つおかしなことがありましたの。その花瓶だけが軽かったのです。ですので、水道でお水を入れましたわ。気のせいかもしれませんが、花が少しだけ枯れているように見えました」
「それじゃないっ!」
エリリカは扉を開けた時よりも勢いよく立ち上がる。アリアには、何が「それ」なのかさっぱりだった。
「これで、アスミの手が濡れていた理由が分かったわ」
「ええっ」
「良い、ちゃんと聞いてよ」
エリリカはもったいぶって、咳払いをした。しかしその顔は、早く説明したいという喜びを隠しきれていない。エリリカもまだまだ子どもだな、とアリアは思った。
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