第14話 ライ・クルー大臣①

「ライ大臣、あなたにも聞きたいことがあります」

「ちょっと待って下さい。まさか、わしを疑っておられるのですか」

 エリリカの鋭い視線を受けて、ライ・クルー大臣はたじろいだ。それを悟られないようにするためか、きつい語調で声を荒らげる。だが、エリリカも負けていない。強気の姿勢を崩すことなく応戦する。

「ごめんね、そのまさかよ。あなたからしたら私やアリアも疑う対象でしょうけど、それはこちらも同じ。昨日、パーティーに遅れてきた本当の理由は何?」

「それは申しましたよ。研究をしていただけです。キリの良いところまで進めたかったので遅れました。それとも、わしが犯人だとでも仰るのですか」

「そこまでは言ってないわ。でも真実を話してくれないのなら、ライ大臣も犯人候補になるだけよ」

「何を根拠に真実を話してないと?」

 大きく鼻を鳴らし、灰色の長髪を後ろに払う。ライ大臣がイライラしてきた証拠だ。対するエリリカは、その質問を待ってましたとばかりに微笑む。

「一国の大臣が、王女の誕生パーティーに遅れていたのよ。それなのに、お父様とお母様は何も言わなかった。ワインがないと乾杯できないとしても、アスミだけ待って大臣を待たないのはおかしいでしょ」

「それは、わしが研究していたからであって―」

 痛いところを突かれたのか、ライ大臣の声が少しずつ小さくなる。エリリカはその瞬間を逃さない。

「あなたが真剣にやっている研究を馬鹿にしたり、軽視したりはしないわ。でも、もう一度言うわね。一国の大臣が、王の娘である私の誕生パーティーに参加せず、研究をしていた理由は何かしら」

「そ、それは」

「お父様達が何も言わなかったのは、あなたがいなくても良い理由を知っていたからじゃない?」

 ここまで一方的に言われ、ライ大臣は遂に黙ってしまう。小太りの体を震わせ、貧乏揺すりを始めた。

「あくまでも犯人候補よ。あなたがあの時間、大広間にいなかった正統な理由があれば良いの。それさえあれば、一番の白じゃない。言えないというのなら、あなたは何を隠しているの」

「わしは、研究をしとっただけです」

 遂にライ大臣の視線が逸れた。誰とも目が合わない。心なしか、アリアには彼の声が思いつめたもののように聴こえた。というより、何かに怯えている?

「お願いよ。私達は真実を知りたいの。あなたがいなかったこと以外でも良い。関係なさそうなことでも良い。何でも良いから、教えて欲しい」

「・・・・・・姫様が、女王となられるための手続きをした資料です」

 ライ大臣は絞り出すように言葉を残し、資料の束を机の上に叩きつけた。音を立てて椅子から立ち上がり、入口に向かって大股で歩き始めた。

「待って」

 エリリカの声で、ライ大臣は足を止める。彼のローブがわずかに揺れた。

「資料の用意から手続きまで、ありがとう」

 エリリカは立ち上がってお礼を言った。ライ大臣はゆっくりエリリカ達の方を振り返る。

「傷つかないためにも、ここで引き返すべきです」

 それだけを言い残して、ライ大臣の姿は食堂から消えてしまった。今の言葉が理解できず、エリリカとアリアは顔を見合わせる。

「どういう意味でしょうか」

「分からない。でも、私が言ったことは合ってるみたいね」

「コジー様とエリー様が、ライ大臣のいなかった理由を知っていたかもしれないことですか」

 嬉しそうに微かな笑みを見せるエリリカには、少しずつ推理が組み立てられているらしい。彼女の思考についていこうと、アリアも必死に知恵を絞る。

「それに、過剰なまでに警備を気にしていた理由も不思議ね。いくら娘の誕生祭だからって、警備の配置やワインの準備にあれだけ気を遣うのは変よ。まるで、何かが起きることを知っていたみたい。もしかして、ライ大臣がいなかったのは、そのことに関係があるのかしら。

 お父様達は何かを知っていて警備を強めた。それについての頼み事をしていたから、ライ大臣を待たずにパーティーを始めた。お父様達が頼んだことなら、いない理由を知っているのも当然だわ」

「大臣がいないといえば、アクア王国の大臣もですわ。フレイム城にはいらっしゃいましたが、大広間には入られませんでした」

 大広間の入り口前で、イレーナ・スノー大臣に会ったことを話す。彼女は、引退した身だから混雑した場所にはあまりいたくないと言っていた。乾杯の前後には、ワインを運んできたアスミしか出入りしていない。イレーナ大臣は、乾杯の時間になっても大広間に入らなかったのだ。

「あの時大広間に入ってきたのは、アスミしかいなかったわね。イレーナ大臣とは、パーティーが始まる前に会ったきりだわ。ほら、セルタ王子にお会いした後、一時間ほど別行動したでしょ。その時に挨拶したのよ」

「エリリカ様と合流した時に入口にいらしたので、コジー様のご挨拶は聞こえていたはずですわ。それに、開始時間は事前に招待状にてお知らせしておりました。仮にご挨拶が聞こえなかったとしても、記載通りの時間にお部屋に入れば間に合うはずです」

「ライ大臣にしてもイレーナ大臣にしても、乾杯時の行動が分からないわね」

 ここで、二人は話し合いを一時中断した。アクア王国に向けて、今後のことを手紙で送らなくてはならない。それに、フレイム夫妻の葬儀の準備も必要になる。エリリカは手紙を書き、アリアは葬儀の手配をすることにした。

 葬儀は明後日。このフレイム城で執り行われる。アリアは嫌な予感がしてならなかった。胸の奥が異常なほどざわつく。

 そして、その予感は不幸にも、最悪な形で的中することとなった。

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