第13話 毒入りワインの毒は何?

 エリリカ達が城内に戻ろうとした時、後ろからしわがれた声が聞こえてきた。

「この挨拶が終わってからの方が良いと思い、待っておりました。コジー様とエリー様の解剖結果が出ましたよ」

「クレバ医師、ありがとうございます。早速聞かせて下さい。では、こちらへ。ああ、ライ大臣。あなたも一緒に話を聞いておいて」

「かしこまりました。それではわしも失礼しますぞ」

 エリリカはクレバ・アルト医師を食堂まで案内する。城内に戻ろうとしていたライ・クルー大臣にも声をかけ、話し合いに同席させた。アリアは途中で厨房に寄り、お茶とお菓子を持ってくる。

 アリアが食堂の机に並べ終えたタイミングで、クレバ医師が結果を説明し始めた。

「コジー様とエリー様は毒殺で間違いありませんな。姫様が適切な判断でワインを残していたので、それにて判明しました。お二人の死因はワインの中にある毒です。しかし、不思議なことが一つございます」

「不思議なこと、ですか」

 エリリカには心当たりがないらしく、首を傾げている。捲かれた髪がわずかに揺れた。

「ふむ。フレイム王国では見たことのない毒だったのです」

「フレイム王国では見たことない?」

 クレバ医師は大きく咳払いをして、白い口髭をゆっくり撫でた。たった一晩しか経っていないのに、鞄から大量の資料を取り出す。それだけで、どれほど熱心に調べてくれたのかが伝わる。

「前提として、毒はワインに溶かされていた粉末状のものです。液体の中に若干だけ粉が残っていました。僕が検査した時に粉末状で残っていたので、毒が盛られたのはさほど前ではないでしょう。また、姫様がワインを採取して下さったので、ワインの検査を最優先にしました。解けきる前だったので、検査結果に問題はないと思います。

 次に、問題の毒の種類ですな。僕はこの国で一つしかない病院の院長兼医師です。この国で製造されている薬は、当然ながら把握しております。毒になるような薬も、です。念のために薬の資料にも目を通しましたが、見つかりませんでした。もちろん、フレイム王国にある薬の組み合わせでこの毒ができるかも考えました。今言った通り、僕はこの国の薬については知り尽くしています。それは、組み合わせも同様です。しかし、全ての薬の組み合わせを考えても、あの毒はできないのです」

「なるほど。その結果について、クレバ医師はどうお考えですか。推測でも良いのでお聞かせ下さい」

 クレバ医師は迷っていたが、エリリカが真剣な表情で頼み込むのを見て、話すことに決めた。手持ちの資料に何度か視線を彷徨わせ、考えをまとめてから口を開く。

「可能性は二つある、と僕は思っています。

 一つ目はフレイム王国で違法に毒薬が製造されている可能性です。フレイム王国には―アクア王国もですが―、薬を製造する場所が一箇所しかありません。そこ以外で、違法に毒薬を製造している場所があるのかもしれません。違法だからこそ、薬として僕の病院や薬局に出回らないのです。そうなると、僕にも把握はできません。

 二つ目はアクア王国で毒薬が製造されている可能性です。これは、合法も非合法も含みます。さすがに、フレイム王国の薬ほど、アクア王国の薬に詳しくありません。もしかしたら、アクア王国で販売している薬の組み合わせに、毒になるものがあるのかもしれません。または、アクア王国公認の薬製造所以外で、違法に毒薬を製造しているかです」

 話を聞いて、エリリカもその二つの可能性が高いと感じた。

 フレイム王国とアクア王国。現状では、どの国で毒薬が作られているのか分からない。自分の両親を死に追いやった毒。エリリカは何としても見つけたい一心でいた。

「違法に製造されている薬について、調べる方法はありますか」

「僕の病院内とアクア王国の病院内には、確実に信頼できる医師仲間がいます。時間はかかりますが、その二人に協力してもらえば調べることは可能です。アクア王国内にある薬の組み合わせも検討できるでしょう」

「時間はかかっても構わないので、お願いしてもよろしいでしょうか。・・・・・・いえ、お願いしますっ! 私は何としても犯人を捕まえたいのです。ご協力下さい」

 エリリカは席から立ち上がって、腰を直角に折った。エリリカは本気なのだ。アリアもすぐに立ち上がってエリリカの隣で頭を下げる。二人の勢いに押されてか、黙って座っていたライ大臣も慌てて頭を下げた。

 クレバ医師は穏やかな笑みで、エリリカ達三人を見る。

「頭を上げて下さい。僕は最後まで惜しみなく協力させてもらいますよ。姫様にはお世話になっておりますからね。昔、僕が大きな失敗をして落ち込んでいた時に、姫様が励まして下さったのですよ。覚えていませんか」

「全然」

 エリリカには全く覚えがないらしく、キョトンとした顔をしている。

 クレバ医師は昔を懐かしむように瞼を閉じた。

「姫様が四歳の時です。戦争が終わった次の年で怪我人も多く、僕の病院は混乱していました。その結果、大きなミスが発生したのです。僕の責任で大勢の人を死なせてしまったと後悔しました。その時、フレイム城にいらっしゃる姫様にお会いしたのです。あなた様は今と同様に、堂々としておられる方でした。僕の話を最後まで聞いて下さったのです」

 それから数秒間、食堂内に沈黙が走った。

「え、終わりですか」

「はい」

「話聞いただけじゃないですか」

 救われたと聞いて、自分が大層なことをしたのかと思いきや、まさかの話を聞いただけ。エリリカは、ますますわけが分からなくなった。

 この場の全員が混乱しているのに気づいたのか、クレバ医師は苦笑いをして頭を掻いた。

「ああ、すみません。説明不足ですね。当時、沢山の人が『あなたのせいじゃない。戦争のせいだよ』と励ましてくれました。ですが、罪悪感に苛まれていたのです。僕のことを思って言っているのは理解していましたが、その言葉だけで罪悪感は消えません。姫様は否定も肯定もせずに、僕の話を聞いてくれました。それから、笑顔で『いつでもお話しましょ』と仰られたのです。どれだけ救われたか。今度は僕が姫様のお力になる番です。

 それから、コジー様とエリー様の検分は終わりました。葬儀をして頂いて大丈夫です」

 クレバ医師の説明で納得できたのか、エリリカはほっと胸を撫でおろす。王女として、過去の自分が役に立てていたことが嬉しいのだ。

「クレバ医師、ありがとうございます。感謝してもしきれません」

「それは僕も同じです。それでは、何か分かりましたらすぐにお城に参ります」

 クレバ医師が白衣をなびかせて食堂を出ていく。

 エリリカは、アリアとライ大臣も座るように促した。エリリカは一瞬だけアリアと視線を合わせる。これからまた、捜査が始まるという合図なのだろう。アリアが小さく頷くと、エリリカはライ大臣の方を見据えた。

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