第34話 チャンタダケ


 ミドリは腰の鞘に収まっていた結晶の剣を躊躇することなく素早く抜刀すると、アンリを後方に突き飛ばして盗賊の男たちの攻撃を一斉に捌いた。


 まずはサバイバルナイフを振り下ろしてきた男の攻撃を、剣のリーチを活かして器用に払いのけると、ミドリは走って前進しながら剣の柄で脇腹をみねうちした。


 ミドリは一人目の攻撃をいなすとそのまま盗賊の頭に向かって前進しつつ、右手から向かってくる鉄の棒を持った男の攻撃を体一つ横にスライドしてかわして回し蹴りを食らわせ、さらに左手から向かってくる男に対しては剣を横にして低い位置から足払いをし、正面の男には先ほど回し蹴りをした時の軸足を浮かせて二段蹴りの要領で頭を横から蹴り倒す。


 空中で両足が浮いたミドリはバランスを崩して地面に手をついて着地した。


 手下たちは素早いミドリの攻撃をまともに食らって地面に落ちたままうめき声をあげている。


 「は、速い…………」


 アンリはまるで戦闘慣れしている人間のような手際の良さで次々と盗賊の手下を機能停止に追い込むミドリにあっけに取られていた。

 

 そしてアンリが何よりも驚いたのは、ミドリはまともに剣を使っていないことだった。アンリはミドリが剣を抜いた時に流血沙汰になることを覚悟したが、ミドリは器用に刃を向けずに相手を倒してしまった。


 ただ相手を切って殺すだけの方が簡単で、無傷で機能停止に追い込むことの方が圧倒的に難しいというのは考えなくても分かる。だがミドリは目の前でそれをやってのけた。


 「よぉ、せっかく良い剣を貰ったのにお披露目する場が無くてな。夜な夜な振って練習するぐらいしか使い道は無かったが、お前らになら使ってもいいよな?これはお前らが売ってきた喧嘩だ。殺される覚悟くらい出来てるんだろうな」


 ミドリは倒した手下たちを通り過ぎて盗賊の頭の前まで行くと、手に持った剣を首元に向けて伸ばした。


 「…………少しはやるみたいだな。だが、それもここまでだッ!」


 盗賊の頭は喉元まで伸びていたミドリの剣を手に持っていた大きな斧で下から勢いよくはじき上げると、その斧を振り上げた勢いそのままにミドリに向かって振り下ろした。


 ミドリは剣を手放しこそはしなかったが、剣を持った腕を大きくはじかれて体のバランスを崩し、斧を直接体に受けそうになったが、バランスを崩した体をそのままの勢いに任せて横っ飛びをすると間一髪かわすことに成功した。


 だが当然それだけでは盗賊の頭の攻撃は止まらず、ミドリに対してさらなる攻撃をするために再度大きな斧を振り上げていた。


 ミドリは地面に手をついて体の向きを整えると、手に持った剣を横にして斧を受ける。


 斧の刃の部分と剣の刃が高い金属音を出して衝突し、火花を散らす。


 攻撃を受けられても構うことなく盗賊の頭はさらに斧を振り上げて一心不乱にミドリに打ち込む。


 これだけ激しく、間髪入れずに攻撃をされてしまうとミドリは防戦一方となり、攻撃に転じる隙も無く、ただひたすら振り下ろされる斧を剣で受け止めるほかなかった。


 一瞬でも気を抜けばそのまま斧で頭から体を真っ二つにされてしまうほどの勢いである。

 

 「ハハッ!とろいとろい!まだまだッ!」


 盗賊の頭はひたすら耐えることしかできていないミドリに対して調子よく声を上げている。


 とはいえ、相手がいくら盗賊の頭であろうとも体力は無限ではない。


 大きな斧をこれだけ何十回にも渡って振り下ろせばいくら何でも消耗は避けられず、そうなれば自分に分があるとミドリは踏んで、今は我慢の時間だと思うことにした。幸い斧の振り下ろされるのは目でしっかり軌道を追うことが出来る上に、単調な攻撃なので集中さえ欠かなければまともに食らってしまうことはない。


 ミドリは長期戦を見越して気を引き締め直したが、戦闘はその直後終結することとなった。


 「小僧、このまま俺の斧を受けていればいつか体力勝負で勝てる、なんて考えているんじゃないだろうな」


 盗賊の頭はミドリの考えを見透かしたように言った。


 「その通りだ。体力勝負なら俺に分があると踏んでいる」


 「ふん、気に入らないが恐らくその通りだろう。確かに小僧、貴様の方が体力はあるだろう。この斧もあと十発も振れば俺の体力は底をつくかもしれない。だが、さっきのしてきた俺の手下にとどめを刺さなかったのは、どう考えても甘ぇ。ここは闘技場じゃねぇんだぜ、不意打ちも騙しもなんでも許されるストリートファイトだ。……自分の甘さを後悔しながら死ねぇッ!」


 「ッ!!!」


 盗賊の頭がそういうと斧を再び大きく振りかぶって振り下ろそうとした。


 そしてそれと同時にミドリの背後からは先程倒してきた手下の一人がミドリの後頭部に向かって鉄の棒を振り下ろそうとしている。


 どちらかを防げばどちらかが防げない。


 ミドリは覚悟を決めて正面の盗賊の頭の斧を受け止めることにし、後ろの攻撃は頭をずらして致命傷だけを避ければ何とかなるかもしれないと半ば願いを込めて目を瞑った。


 予想通り正面の斧が剣に激突した痺れるような衝撃は剣を伝わってミドリの肘、肩へと伝播した。


 だが、予想と反して背後からの攻撃はミドリに届くことはなかった。


 「な、何が起こったんだ」


 ミドリは状況が掴めずに後ろを振り返ると、そこには手下たちが軒並み倒れている姿が見えた。


 「何をやっている!起き上がらないかッ!」


 盗賊の頭が檄を飛ばすが反応はない。


 「………起き上がらないと思うよ、おっさん」


 「なんだと!」


 答えたのはミドリではなくアンリだった。


 「僕はミドリを背後から攻撃しようとする手下たちのさらに背後から矢を刺した」


 「矢だとッ……!心臓を貫かれたわけでもないのに動けないはずはない!それに4人同時に!貴様何をした!」


 「おっさん、盗賊やってるなら分かるよな。……チャンタダケ。このキノコのエキスを先端に塗り込んだ矢を放った。死にはしなくとも数日は動けないと思うよ」


 アンリの言葉にミドリは納得した。つい先日ミドリがクレメの街の外れの丘の上で発見した毒キノコである。


 盗賊の頭もそのキノコについての知識はあるらしく、アンリの開示した答えに下唇を噛みしめて眉間に深い皺を寄せている。


 「………形勢逆転だな」


 ミドリは男の振り下ろしていた斧を剣で勢いよくはじき返すと、バランスを崩した相手がまだよろけている間にさらに剣を斧めがけて振り、盗賊の頭の手から斧を弾き飛ばした。


 盗賊の頭は重心の一つとなっていた大きな斧をはじかれて大きく体勢を崩し、そのまま大きな尻もちをついた。


 尻もちをついた体勢の盗賊の頭に向かってミドリは剣を、アンリは弓を引いて矢の照準を男に合わせた。


 「ま、ま、待ってくれ!分かった!分かった!負けを認める!認めるッ!だからその武器を下ろしてくれ!」


 「負けを認める?そもそも俺たちは勝ちも負けも求めちゃいない。勝手にお前たちの方が仕掛けてきただけだ。自業自得だろ」


 「…………わ、悪かった!謝る!謝って足りないなら金をだす!だから、命だけは!命だけは!」


 男は自分の状況が悪化すると途端に態度を豹変させ、命乞いをするような態度を取った。


 これにはミドリもアンリも呆れて物も言えなかったが、二人とて盗賊の命まで取ろうとは思っていない。


 「じゃあ、一つだけ条件を飲んでくれ」


 アンリは見かねたのか条件を出すことにした。


 「飲む、飲む!条件などいくらでも飲む!死ぬ以外なら何でも聞こう!泥水だって飲んでやろうじゃないか!」


 「二度と、僕たちに関わるな。いいな」


 アンリは静かに、それでいて強く言った。


 「そ、それだけでいいのか………?」


 「足りないのか?」


 「た、足りる!二度と関わらない!この近くからも撤収する!」


 男がそういうとミドリとアンリは構えていた武器を下ろした。


 そして荷物を置きっぱなしにしていたので取りに戻ろうとしたその時、後ろで物音がした。


 アンリは目で確認をせずに弓を素早く引き絞ると振り向きざまに音の下方向へと放った。


 「………ど、どうして」


 後ろでは盗賊の頭がどこに隠していたのかサバイバルナイフを片手に背後から再び襲い掛かろうとしているところだったが、アンリの矢は正確に前に踏み出した左太ももを突き刺していた。


 「やっぱりな、どこまでクズな野郎なんだ。アンリ、気づいていたのか?」


 「まぁな。命乞いをするのと同時に尻のポケットに手を伸ばしているのが見えた。あの動きは明らかに不自然だからな。少なくとも助けを懇願する人間の動きじゃない。とにかく今はこの場を離れよう。盗賊がこいつらだけとも限らない。それにこいつらの仲間が他にいないとも限らないからな」


 「……そうだな。先を急ごう」


 ミドリとアンリは荷物を手に取るとその場に倒れている五人の盗賊たちを振り返ることなく足早にその場を離れた。

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