第32話 国家


 ☆


 

 「ミドリ、何か一つでも情報を得られたか?」


 「いや、こっちはだめだ。アンリは?」


 「こっちもだめ。まともに取り合ってもらえない」


 「ふー。これで3つ目の街だってのに全く進展がないなぁ」


 ミドリは愚痴をこぼしたが、アンリもミドリと同じ気持ちだった。


 それもそのはずで、二人はニルディを旅立ってからというもの2ヶ月近くをかけてようやく3つの街を渡り歩いたのである。にもかかわらず成果は得られないまま時間だけは無情にも過ぎ去っていく。


 街の探索を終えた二人は外れの小高い丘の上で集合して休憩していた。


 「まぁ、一朝一夕に結果が出るものではないっていうのはミドリも分かっていたことだろ?」


 「そりゃ分かっていはいたけどさ、こうも何もないと流石に気が滅入るよな」


 「それより僕はニルディの村が属していた国がこんなに大きかったことに驚いているよ」


 アンリはメモのようなものを取り出してそれを眺めている。


 アンリの言うようにニルディというのは独立の村ではなく、村の規模は小さくとも一応国家には属している。


 国の名前はメトラム。


 東西に細長い土地でニルディを含める大小32の村や街がある。その中でもニルディは西端に位置していて、近くの村や街からも離れているため国に属しているという実感はほとんどないが国の政(まつりごと)の影響は少なからず受ける。


 現在ミドリとアンリが滞在している街はクレメという名前でメトラムの中では小さい部類の街だが、街というだけあってニルディのような村に比べるとその規模は比べ物にならない。


 今まで回ってきた村や街の規模は一日、二日もあれば回りきれるような程度のものだが、それよりも街と街、村と村の間の距離が尋常ではなく遠い。そしてその道のりも山越えをしなくては行けなかったり、大きな湖があって迂回しなければならないなど険しい道のりを行かなくてはならず、ミドリとアンリは思いのほか時間を取られていたのである。


 「ほんと、街に滞在している何十倍も移動に時間がかかってしかたないぜ。腹も満足に満たせる日の方が少ない。参ったな、全く……。っと、こんなところにキノコが生えてるよ。これ、食えるのか?」


 「ッ!!それは絶対に食べちゃダメだ!」


 ミドリは足元に生えているキノコをつまんでアンリに見せると、想像以上に大きな反応が返ってきてミドリは手に持っていたキノコを落としてしまった。


 アンリはミドリの落としたそれと、その近くに生えていた同じ種類のキノコを丁寧に摘み取ると、ミドリによく色と形をみせた。


 「……これはな、チャンタダケって言って毒キノコなんだよ。致死性はほとんどないけれど、口にしたり体内にエキスが入ると体が激しい痺れに襲われて丸三日は寝ていないといけなくなるんだぞ」


 「へぇ、そんなやばいキノコだったんだな」

 

 「僕も図鑑以外で見るのは初めてだよ。もっと湿気の多い場所に群生しているのかと思っていたけれど、こんなところにあるなんて意外だな……。いいものを見つけたよ」


 アンリはそういうとバックの中にそのキノコをしまった。

 

 ミドリはどうして毒キノコをしまうのか気になったが、珍しいものを見つけたからに違いないと納得した。


 「俺はこの世界についてまだ全然何も知らないけどさ、ニルディって物凄い平和だったんだな」


 ミドリは立っていることに疲れたのか地べたに腰を下ろした。


 「あぁ、それは僕も感じていたよ。他の街や村に出たことが無かったから分からなかったけれど、外の世界は想像以上に荒れていたし、争いも絶えない。情報を集めている時に聞いた話じゃ、この国も東の方では隣国のサンスベールと今も戦争中らしい。こんな話はニルディにいたときには小耳にはさんだことさえなかったよ」


 ミドリは丘の下の街を眺めながらアンリの話を聞いてこれまでに集めた情報と照らし合わせた。


 メトラムは首都をトゥレカオに構える国で規模こそ大きくはないが立派に国家を築いている。ミドリは皇都アスハラの話を聞いた時にこの世界の貴族というものはみな皇都に居るものだと思っていたが、実際はそうでは無いらしい。


 皇都以外にも貴族は当然のようにいて、メトラムの国王も貴族であり、首都トゥレカオに築かれた城の内部や周辺にも貴族と呼ばれる身分の高い人間は数多く存在する。これからわかるように、現在の戦争敵国であるサンスベールの国王も貴族だと予想されるし、他の街や国にも貴族がいてもおかしくはない。


 とにかくミドリは認識を改める必要がありそうだった。


 この世界は皇都アスハラを中心に他は街や村が点在しているだけではない。皇都アスハラはこの世界においては別格の存在で、ひとまず切り分けて考える必要がある。


 皇都アスハラ以外においてはミドリの知っている世界の仕組みとほとんど類似している。いくつかの国があり、その国の中に街や村がある。そしてその国同士で争いが起きている。


 「なんかよくわかんねぇな。取り合えず次はどこの街を目指すんだ?」


 「次はダイダルっていう街を目指そうと思う。この街よりも小さいし、どちらかと言えば村って感じらしいけど、しらみつぶしに当たるしかないだろ?」

 

 「それもそうだな。ここに居ても仕方ないし行くか」


 ミドリとアンリは次の目的地を定めると一週間滞在していたクレメを後にした。

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