第30話 妖魔
「それで、私はそんな事よりも質問したいことが山ほどあるのですが…」
「あー、分かってる、分かってるよ。そんな焦らなくても時間はあるんだ。ゆっくり話そうよ」
「あの、私はそんなに時間は無いんですけれど」
チヨコは白井のあまり真剣でない様子に苛立ち始めて語気を強めた。
「おぉ、そんな怖い目で見ないでくれよチヨコ君。おじさんの本当に怖いものは女房と電車の中にいる女子高生って相場は決まっているんだから。トラウマになっちゃうよ。まぁ、僕に奥さんはいないけどね」
それでもなおふざける様子にチヨコは呆れてため息しか出なかったが、ようやく手がかりを得られるかもしれない人物にたどり着いたのにも関わらず自分の短気を理由にこの機会をおじゃんにするほどチヨコは馬鹿では無かった。
「…………」
「まぁまぁ、そんなに焦るなよチヨコ君。これは焦って解決するような問題ではないからね。若い子は元気いいねぇ」
「会話を進める気がないなら私の方から質問してもいいですか」
チヨコは腹を立てて帰るようなことはしなかったが、ならば自分から話を進めようと切り出した。
「おぉ、それはいいね。僕の方としても聞かれたことに答える方がやりやすいよ。さぁ、質問してくれ」
「じゃあ、まずはその白井先生の横にいる人はどなたですか」
チヨコは色々とある中でも一つずつ消化していくために、まずは部屋に入ってからというもの黙って白井の隣で立ち尽くしているあの大男について聞くことにした。
「あぁ、彼ね。彼は僕のアシスタント、では無いんだけれど、アシスタントみたいな立ち位置でね、名前はチューダオ・リンっていうんだ。僕なんかはリン君って呼んでいるけれど、チヨコ君はそうだね、リンさん、とかでいいんじゃないかな。僕は君のことをいち早くここに連れてきたかったんだけどね、リン君が、『自発的に関わってくるまで待て』っていうもんだから今日まで待ちくたびれたんだよ。ね!」
白井はそういうとリンの方を向いて目で訴えた。
「……私は不用意に一般人を巻き込むべきではないと言ったまでです」
「そうかなぁ、僕はチヨコ君が一般人だとは思ってないけどねー」
白井は表情御を変えずに答えたリンに向かって舌を出して子供の用にベーっとしたが、やはりリンは無表情を貫いている。
白井の言ったチヨコが一般人ではないという言葉に引っかかったが、すぐに白井が話始めたので聞くことが出来なかった。
「彼、リン君面白いだろ?この世界に慣れていないからってずっとこの格好なんだよ。この喪服みたいなスーツにポークパイハット。これがいいんだとさ」
無表情で黙っているリンをからかおうとしているのか敢えて本人の前で白井はそう言った。
チヨコはチューダオ・リンという名前から日本人ではないのだろうとは思っていたが、白井のこの世界に慣れていないという言葉にまたしても引っかかった。この世界というのは日本という意味なのか、医療業界という意味なのか、それとも……。
取り合えずチヨコは白井のいう言葉にいちいち突っかかっていても仕方ないと思い、次の質問に移った。
「それで、リンさんも白井さんも何者なんですか。私は前に病院でリンさんとすれ違った時に『知らない人間には気をつけろ』って言われてからというもの、何者かの視線をずっと感じ続けていたんです。それについ先日には遂に黒い影に夜道追いかけられました。何が起きているのかさっぱり分かりません」
「うん、何が起きているのか、ね。…………チヨコ君は、もしこの世界に人間と動物と、植物と昆虫と、今確認されている生物以外に生命体が存在するとしたら信じるかな」
「それはあの影のことを指して言っているんですか」
「ん、いや?それに限らずだよ。そういった未知の存在がいると思うかって質問」
「私は、お化けとか、UMAとかそういった存在は基本的にいるとは思いません。ただ、自分の目で見たものは信じることにしています。……つまり、どんなに不可思議で科学的に解明できない存在だとしても自分の目で見たものは信じます。なので、その他の存在に関しては分かりませんが、少なくともあの影に関しては私はその存在を信じないとは言えないです」
チヨコは未確認な存在を信じてはいないが、自分で見たものまで疑うようなことはしない。
そのため、影のことについては信じざるを得ないという意味で返答した。
「なるほどね、自分で見たものは信じる、か。それは素晴らしいことだね。……僕もね、お化け、妖怪、怪奇現象、怪異、ゴースト、UMA、そういった魑魅魍魎、妖怪変化の類は基本的に信じてはいないよ。医者というのは現実主義的な職業だからね。だから僕はそう言ったものは信じていないけど、そういうものを信じて疑わない人間は何人も見てきたよ、精神科っていうのもあるね」
そこで白井は言葉を一旦息をついたが、話には続きがあるらしい。
「例えば、そこに存在しないものでも、全員があると言えばあることになるんだよね。要するに、人の信じる力っていうのそこにないものを生じさせる力があると思うんだよ。有名な童話のはだかの王様だって、少し内容は違うけど皆がそこにないものをあると言えばあることになるんだよね」
「でも、それは一人の子供によって裸だと看破されましたよね」
白井のたとえ話に対してチヨコは揚げ足を取るように反論した。
だが、白井にとってはその反応は予定通りだったようである。にやけた表情でチヨコを見ている。
「そうだよ。はだかの王様の教訓としては下手な見栄を張らないで正直者でいようっていうものだったね、確か。でも、僕は少し違う捉え方をした。………何が言いたいかっていうと、今まで当然のように存在してきたものも、ひとたびその存在を否定されれば、その存在が揺らぐっていうことなんだよ。逆もまた然りで、今まで当然に無かったものでさえ、全員が全員あると言えばそこに存在を認められることになるんだ」
チヨコは白井の説明の言いたいことは何となくわかるが、それがこれからの話にどうつながるのかというのかが全くつかめなかった。
「…………あの、あまり話の繋がりが見えてきません」
「あぁ、ごめんごめん。僕はよく話が独り歩きすることがあるみたいだからさ。回りくどい言い方をしたけれど、チヨコ君が謎の影を見たっていうならその影は確かに存在するんだろうし、その話を僕は信じるから、よりこの場においてその存在は確かなものになったということなんだね。……答え合わせをすると、あの影を、正確に言うとあの影のような未確認の存在群のことを僕たちの間では『妖魔』と、そう呼んでいる」
白井はそういうとデスクの上に起動していたパソコンを操作して一つの画像をチヨコに見せた。
「これ、さ、チヨコ君には何に見えるかな?」
「この生き物ですか……アニメのキャラクターか何かでしょうか。ですが、それにしてはやけにリアルですね………」
画像に表示されていたのはファンタジーの物語によく出てくるゴブリン、若しくはオークと呼ばれるモンスターに見えた。
チヨコはそのあたりの知識には疎いので何となくのイメージでしか分からないが、とにかくその画像に表示された生き物がこの世界に存在するものではないことはすぐに分かった。
「そう、これはリアルの話だよ。この生き物もまた妖魔の一種でね。僕も未だに調査が進んでいない。他にもこんなのも……こんなのもいるらしいよ」
白井は面白そうにチヨコの見たこともない生き物を次から次へと写真をスライドショーにして見せた。
チヨコはいよいよ何かゲームのキャラクターを見ているようで、それが妖魔の一種で現実の話だと言われても信じられなかった。
だが、一枚の写真がチヨコのふわふわした現実味のなかった気持ちを引き戻した。
「これは…………」
最後に映し出された写真にはチヨコが襲われた謎の影が映っていた。
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