第27話 新たなる旅立ち
☆
ミドリとアンリの出発の日。
この一週間ミドリは短い間ではあったが今までの感謝と、体のリハビリを兼ねて日課の仕事に必死に取り組んだ。おかげでミドリは体の鈍りも取れ、故障していた肩も違和感が残る程度でほとんど全快している。
アンリはミドリとは違い、この一週間は教会の図書館や、村の図書館に籠りきりで勉強を思う存分していた。今までも勉強はしていたらしいが、ミドリとの出立に合わせて急ぎで旅の為に薬草、食べ物、妖魔、様々な知識をもう一度さらう必要があるらしい。
ルナはターニャに色々と頼まれて忙しそうにしていた。
アンリ、ルナ、ターニャは十数年一緒に生活していたというのに最後の一週間をほとんど一緒に過ごす時間がなくて大丈夫なのかとミドリは心配していたが、三人の絆はそんなものでなくなるものではないらしかった。ミドリが気にする方が余計なお世話なのかもしれない。
旅立つ前にそれぞれができることを必死に取り組んでいるという様子で、ミドリも何となくつられて仕事に躍起になっていた。
いつも通り四人で朝食を食べ、旅立つ時間は朝の9時に設定していたため、もう一度荷物を確認するためにアンリとミドリは食べ終わると急いで部屋に向かい準備を進めた。
そして時間になると二人は部屋を後にし、階段を降りた。
下にはターニャとルナが待っていた。
「本当に今日行っちゃうのね。分かってはいたけど寂しいわ」
ルナはいよいよ泣き出してしまいそうなほど目には涙を浮かべている。
「アンリ、ミドリ、これは餞別です。遠慮せずに持って行ってください」
そう言ってターニャがミドリとアンリの前に差し出したのは大きな包みに入った塊だった。
アンリが受け取ってそれを開くと、そこには綺麗でしなやかな弦の弓と、半透明の大きな剣が入っていた。
「これは…………」
「アンリにはクリーピーウッドから取れる木の芯を使って作られた弓を、ミドリは剣が使えるみたいなので、結晶から錬成された剣を、旅には必要な時が来るでしょうから」
ターニャがそう説明すると、アンリは剣をミドリに渡して弓は自分の背中に掛けた。
ミドリは結晶からできた剣を持つと手に馴染ませるように柄をもって目線まで剣先を滑らせた。その剣はずっと前から自分の物だったかのように恐ろしくミドリの手にしっくり馴染んだ。やはり正規の剣は洞窟で適当に砕いて武器として使ったものとはわけが違う。
「この剣、凄いしっくりきます。結晶の剣って、何の結晶ですか?」
「やっぱりミドリって、すごいね」
ルナは驚いた表情をしているがミドリには何のことか理解できていない。
「どういうことだ」
「ミドリ、それは鍾乳洞の結晶がベースの剣です。安心してください、あの洞窟からとられたものではありませんから。ですが、結晶の剣というのはあまりの重さに人の手には馴染まないと言われています。この世界における重さはかかった年月や神聖さに比例するとも言われています。鍾乳洞のように途方もない年月をかけて完成した物質はそれだけで神々しい崇高さをその身に纏います。口で説明するよりも実際に見た方が早いので、試しにアンリにその剣を渡してみてください」
何を言っているのかあまり理解できなかったが、ミドリは言われた通りアンリに剣を渡した。
「うおっと」
アンリはミドリから渡されるとその重さに腕が持っていかれてしまい剣の先が真っ逆さまに床に落ちた。
「え…………」
ミドリは何が起きたのかさっぱり分からなかった。
アンリの手から滑り落ちた剣は床に突き刺さっている。
「普通の人はこうなのよ、ミドリ。洞窟で化け物と戦っていた時から結晶の塊を振り回してて凄いと思ってたのよ」
ルナはやっぱり、というような顔をしている。
「僕もあの時は必死だから忘れていたけど、確かに鍾乳洞の結晶で出来た剣にもなってない石柱を振り回すなんて今思えば普通じゃないな」
アンリもルナに同調した。
引きずりながら再びアンリがミドリに剣を渡すと、ミドリは軽々と持ち上げることが出来た。
「俺にはさっぱり分からないな。普通の剣にしか感じないけれど」
やはり自分にとってはただの剣にしか見えないため、ミドリは困惑したがとりあえずは剣を腰に差してありがたく受け取ることにした。
「ターニャ、ルナ、今までありがとう。感謝してもしきれないくらい感謝してるよ」
アンリは改めて二人に対して感謝の言葉を述べた。
「もうこれまで何回も聞いたよ、アンリ。外で見て、体験してきた話たくさん聞きたいからたまには帰ってきてね」
「そうですね。また、時折顔を見せに来てください。健康に気を付けて、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
アンリは元気よく教会の扉を開けて外に飛び出した。
ミドリも遅れないようにアンリの後を追おうとすると、ターニャがミドリの名前を呼んだ。
「ミドリも気を付けて。それと、アンリをよろしくお願いします」
ミドリはターニャのその言葉に大役を任されたようなプレッシャーを感じた。正直、当てもない、先の見えない旅になることは疑いようがない。
毎日三食食べれて、風呂には入れて、屋根のある場所で寝れるとは限らない。よろしくという言葉に素直に返事を出来るほどミドリは甘く見ていなかった。
すぐに返事をするのは安っぽくなってしまうと感じ、結局無言で強く頷くにとどめた。
「何か話してたのか?」
アンリは出てくるのに時間がかかったミドリに対して質問した。
「いや、挨拶しただけだ」
「そうか。よし、行こう」
アンリは荷物を肩にかけて歩き出す。
ミドリもいよいよ安息の地を離れて始まる果てしない旅に緊張と高揚感で高鳴る胸を押さえてアンリに遅れず肩を並べて歩く。
教会の入り口からターニャとルナに見送られながらミドリとアンリはニルディを旅立った。
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