第6話 徒労
☆ 謎の草原
ミドリは水分と何か食べられるものを探してひたすら歩くもそれらしきものは何も見つからずに体感で1時間ほど経過してしまっていた。
歩いても歩いても景色はほとんど変わらず、遠くの方を見たくても背の高い木が並ぶ森が視界を塞いでいて先の方までは見ることができない。状況が状況でなければピクニックでもしたくなるような素敵な場所ではあるのだが、今はその延々と続く同じ景色がミドリの精神をすり減らしていた。
今まではなるべく自分のいる場所が分からなくならないように草原の真ん中を歩ていたが、状況に変化を求めるならばいよいよ森を横断することも視野に入れなければならないかもしれない。森を抜ければ何か見えてくるかもしれないし、何か食べれそうなものも見つかるかもしれない。それに今は日が丁度頭上のてっぺんに昇っているが、判断を迷えば何もできないうちに陽が沈んでしまうかもしれない。
「やっぱり、森を抜けるしかないのか………」
ミドリは特別サバイバルスキルに長けているわけではないが、夜に森の中を彷徨ったり、行動をすることが危険であることくらいは本能的に理解できた。そのため、森の中へ足を踏み入れるならば早い方が良いと考えて覚悟を決めて歩いていた道を右に逸れて森を目指すことにした。
頭では理解していたが、森の中へ入ると背の高い木の葉が陽の光を隠して草原にいた頃よりも遥かに薄暗く、ミドリは一人で歩くのには心細い気持ちになった。外は快晴なのにも関わらず、地面までは陽の光が十分に届かないせいで足元がジメジメと湿っているのもまた余計に彼の気分を下げる要因になっている。
ミドリは森に入る前は30分も同じ方向へと歩き続ければ森を抜けられると思っていたが現実はそう甘くなかった。というのも、森に入る前に草原から森を見たときは反対側がかすかに木と木の間から見えていたので、真っすぐに進めば森を抜けられるのは時間の問題だと思っていたのである。だが、実際は歩いても歩いても森に入り始めた頃から見ている景色はほとんど変化していない。奥の方にチラチラと森を抜けた先の景色が見えている気がするのも最初と変わっていない。
当初の予定通り体感で30分ほど歩いたにも関わらず進んだ実感がないので一旦足を止めることにした。今まで自分が進んできた後ろを振り返ることをしてこなかったので、今度は前ではなく後ろをみて自分がどれほど進んだのかを実感しようと体の向きを変えると、ミドリは言葉を失った。
「こ、これは……。そんなことがあっていいのか…………」
振り返ると、50メートルほど先に森に入る前に自分がいた草原が広がっていた。
30分も森を真っすぐに反対側へ向かって歩き続けてきたにも関わらず最初から何も進んでいなかったのである。
「なんなんだよ…………」
ミドリはその事実に耐えきれなくなりその場に座り込んだ。体力も精神も消耗して歩き続けたのにほとんど進んでいなかったのであるから当然と言えば当然である。やけになって自暴自棄になりかける心を何とか平常運転に戻すために深く深呼吸をして上を見上げると木漏れ日が眩しくてつい目を逸らしてしまった。
結局目線を下に戻すと途端に現実が押し寄せてきた。
まずは喉の渇きを潤したい。次に食べ物である。そして最終的には自分以外の人を探さなければならないだろう。これまでの記憶もないこの状態では何をするにも不便である。記憶が戻らないにしてもここがどこであるかの見当くらいはつけたい。
ミドリは日本にこのようなファンタジー世界にでもありそうな綺麗な草原と背の高い木が並ぶ森があったかと考えたが、自分の知らない場所など数えきれないほどあるため、自分が知らないからといってそれを無いと切り捨てるのは自分の知識に対する傲慢が過ぎると思い直した。
そして思い直したところで気づく。日本、そう、自分は日本にいたのである。ファンタジー世界という言葉もすんなりと出てきた。そこで自分の記憶の欠損の仕方に気が付いた。
自分の記憶は全てを失ったわけではない。失ったのは『思い出』である。逆に残っているのは『知識』である。知識としての日本、ファンタジー世界、水、食料、森、草原、と言ったものは記憶として残っているが、自分がどこのだれで今までどこで過ごしてどのように育ったか、何人家族か、恋人はいたのか、趣味は何か、と言った『思い出』がまるですっぽりと穴でも開いたかのように抜け落ちているのである。
「俺は何者なんだ…………」
ミドリの頭の中では自分が何者なのかという自問自答が幾度となく繰り返されていた。
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