第4話 目覚め
☆
長い暗闇の中、ミドリの思考は宙を漂っていた。
突如として起きた電車爆発の事件に巻き込まれたミドリは自分でも分からない衝動に突き動かされて危険な爆発のあった後方車両へと足を向けた。そして一人の女性を救出はしたがその人が今も生きているかどうかは分からない。それに、爆発の起きた最後尾の車両まではたどり着けていないので他にもまだ被害者はいるかもしれない。
現に謎の男は爆発の犯人は既に最後尾の車両で息絶えていると言っていた。
そう、謎の男。火の海の中に姿を現した謎の影。
死に際に現れた謎の男の存在がミドリは気がかりでならなかった。ミドリは男のいる車両に入って直ぐに熱気と煙で立っていることすら出来なくなってしまったにも関わらずその男は平然とそこに存在していた。まるで、爆発や火、煙など何も起こっていないかのように。
そしてミドリに「観測者」という言葉を残していった。ミドリの記憶はここで途絶えている。
観測者とは何なのか、男の名前なのか、それとも何かの団体の名前なのだろうか。
ミドリの意識は暗い闇の中を漂い、ただどこかへと昇っている感覚だけはあった。死ぬとはこういうことなのかと、意外にも自分は死んだのだという自覚がしっかりあった。ただもう熱さも息苦しさも感じない。体という実体を持たない彼の意志はひたすらに闇の中を上昇し続けた。
何もない人生だったがせめてミドリは自分の助けた女性が生きていてくれればそれでいいとそう思った。それならば自分が死んだ甲斐があったというものである。チヨコには悪いがミドリは自分がこういう生き方しか選べないことを分かっていた。自分の命をないがしろにしてもヒーローになりたいと思い、存在しない偶像を追いかけて生きることしかできなかった。
しかし、あそこで死ぬというのならやはり自分は偽物に他ならなかったということである。
ヒーローはどんな爆発からも火事からも必ず生きて生還するのだから。
☆
目が覚めるとミドリは広い原っぱの真ん中で仰向けに寝ていた。
視界には綺麗な青い空が広がっていて、暖かい日差しと心地よい風が体を包み込む。
しかしここがどこか分からない。何かとてつもなく長い間眠っていたような気はするがそれがどれくらいの間なのか、本当に眠って居ていたのかすら見当がつかない。
そしてこれまで自分が何をしていて、どうしてここにいるかの記憶もない。
ただどこかも知れない草原の真ん中に放り出されてしまった状況である。必死に何かを思い出そうとすると記憶が恣意的に隠されているかのように頭の中に靄がかかって集中できない。自分が何者であるかすら曖昧である。
周囲を見渡すも人影らしきものは見当たらず、民家や建物すらも発見できない。目印になるものもなく、ただ広大な土地と山や森が視界いっぱいに広がっているだけである。
何も分からない状況とはいえ、ここがかつて自分の生活していた場所ではないことだけは直感で理解できた。まるで違う土地に来てしまった時の疎外感と喪失感、そして孤独感を感じる。そして記憶が無いことに対する不安が押し寄せてくる。自分の記憶に対する不安と居場所が分からずどうしたらいいかも分からない恐怖は今までに感じたこともない強烈なものだった。とはいうものの、「今まで」と呼べる記憶がほとんどないのでその表現が適切かどうかすらも分からない。
何をしたらいいのかも分からなかったが、とにかくここにずっといては野垂れ死にしてしまうことは確実であり、現に喉も乾いてきてお腹も空いているのでまずは最低限水が飲める場所へと向かわなくてはならないという衝動に駆られてミドリは本能の赴くままに移動を始めた。
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