影絵ウサギ 5

 早朝の正面玄関。

 掲示板の前に立つ僕に声をかけてきた先生は、僕が見ていたものを目にしてうめき声を上げた。

「先生……」

「なんだ、これ。……酷いな」

 掲示板に貼り付けられているのは、数枚のA4サイズの紙だ。そこには、口に出すのは憚られる内容の文書が印刷されている。どれも、極めて差別的かつ下劣な内容だ。正直、こうして目にしているだけで不快感に襲われる。

「登校してきたら、貼ってあって。……悪戯、でしょうか」

「ああ、そうだろうな。こんな掲示物、許可が出るわけない」

 校内の掲示板は、掲示物を張り出すのに教頭先生の許可がいる。目的を説明し、内容を確認してもらって許可が下りたものだけが掲示される仕組みだ。教頭先生は厳格な人で、誹謗中傷や差別的な内容のものは決して認めない。目の前に張り出されているようなものは、絶対に通らないだろう。

「……最近、多いですね。こういうの」

「ああ。落書き程度ならまだしも、こんな内容の張り紙まで出すとなると、問題だな」

「この張り紙、どうしたら? 剥がした方がいいですよね」

「いや、すぐには剥がせない。一応、記録をとったりしないといけないんだ」

「そうなんですか。丸めて捨てちゃ駄目なんですね」

「一応、ね。証拠品……というと大げさだけど、今後も続く可能性がある以上、簡単には捨てられないんだ」

「なにか、手伝いましょうか」

「いや、いいよ。これくらいなら、先生一人で大丈夫。それより、みんなにはこのことは話さないでくれるか? あまり騒ぎを大きくすると、犯人を喜ばせてしまうかもしれない。それに、内容を知ったら傷つく人が多いだろうから」

「はい。誰にも言いません」

「頼んだよ」

 僕は先生と別れ、教室へ向かう。あまりにも早く来たので、まだ誰もいない。緊張と動揺で激しく脈打つ心臓がうるさく感じるくらいに、辺りは静かだった。

 自分の席に腰を下ろし、ふうっと息を吐く。目を閉じると、自分がふわふわと浮かんでいくような、ゆらゆらと揺られているような感覚に襲われる。眠りに落ちる前の、まどろみの時間に近い心地よさ。汗が引き、心臓は落ち着きを取り戻す。目を開けると、波が引くように眠たくなる感覚は消え去る。ほんの数秒、目を閉ざしただけで、思考はクリアになり視界が広くなった気がするのはなぜだろう。案外、疲れているのだろうか。特別、疲れるようなことをしたつもりはないのだけど。

「…………」

 ポケットから携帯端末を取り出し、最近アカウントを作ったばかりのSNSを起動する。スクロールする画面の中に、有益な情報はない。

 早起きをしたのは、無駄だったのかもしれない。

 徒労感に襲われ、僕は再び目を閉じた。

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