泣かない赤鬼女王様と、ないた青鬼宰相。

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むかし、むかし。あるところに……


 むかしむかし。とある鬼族の国に、泣かない赤鬼の女王様がいたそうな。



「アーサル宰相、隣りのキジロス国への麦の輸出を止めよ」

「はっ……?」


 桜が開花し始めた、うららかな春の日の午後。


 御前会議と称し、謁見の間に集められた官僚たちは、赤鬼女王のあまりに無茶な発言に戦慄していた。



「あの……モモレット陛下、それはどういう理由で……?」


 モモレット女王様による、御前会議。


 会議、とは称されてはいるが、実際には赤鬼女王様の思い付き、または今回のような無茶ぶりが披露されるだけの場となっている。


 そして矢面に晒されているのが、この国のナンバーツーであるアーサル宰相だった。



「しかしながら、陛下! キジロスは気候風土の関係で麦の栽培ができず、我が国からの輸入にほぼ頼っております。麦が無くては、彼の国の民が飢えてしま「黙れ」……しかし!!」


 宰相の忠言に、女王陛下は顔を真っ赤にして怒り散らした。


 壁際に控えている官僚たちは『また始まった』と心の中で溜め息を吐いた。


 いつもは「ジャガイモが食べたいから今年はジャガイモを量産せよ」とか、「わらわは菊が好きじゃ。国中で花を咲かせよ」といった、まだ許せる範囲の我が儘だった。


 それが今度は、まさかの他国を相手にした無理難題である。



「宰相……頑張ってください……!!」

「ロレイヌ殿……」


 ――この人も可哀想に。


 彼ら官僚たちの中でも、外交を担当しているロレイヌ外交大臣が滝のような汗を顔からダラダラと流している。


 唯一、赤鬼女王を諫められる宰相が頑張ってくれなければ、あの場に立たされていたのは彼であろう。



 アーサル宰相は必死に「お考え直しください」と訴えたが、女王は怒りを募らせるばかりで聞き入れない。挙句の果てには愛用のムチを取り出し、宰相の背中を打ち始めた。



 泣いた青鬼宰相。


 女王が泣かない冷血な女王だとすれば、その対比として宰相は『泣いた青鬼宰相』として有名だった。



 いつも女王のストレスのはけ口にされ、顔を青褪めさせているからだ。


 他にも背中には鞭で打たれたアザだらけだとか、夜中に呼び出されては拷問をされて泣いているだとか、そんな噂まである始末だった。




 結局、宰相の願いは聞き入れられず、キジロスへの麦の輸出は中止されてしまうことになった。


 だが代わりに、女王が飽きて余らせていたジャガイモを輸出することが許された。



 会議が終わり、顔を上気させた女王が自分の部屋に戻った後。


 謁見の間に残っていた官僚たちはボロボロになったアーサル青鬼宰相をいたわった。



「宰相殿、大丈夫ですか?」


「今回、だいぶ機嫌が悪かったようだからな……」


「最近は夫探しも不調だからな。八つ当たりがしたかったんだろう」


 今回はキジロスとの戦争は、宰相の頑張りでどうにか避けられた。


 しかし女王陛下の我が儘をどうにかさせなくては、この国はいずれ滅んでしまうかもしれない。


 早く赤鬼女王の王配となる殿方が見付かって欲しい。


 しかし国内にそんな勇気のある人間……否、鬼は居なかった。


 唯一可能性があるとすれば、今ここで痛みにうずくまっている宰相だけなのだが……



 その日、官僚たちは頭を抱えさせながら、ジャガイモの輸出の準備に奔走した。




 ――御前会議の日の夜。



「だ、大丈夫かアーサル?」

「えぇ。まったく問題ないですよモモレット様」


 女王陛下の寝室のベッドに、アーサル宰相が寝かされていた。


 モモレット女王の態度は昼間とは一変し、宰相を労わるような態度を見せている。



「アーサル、二人だけの時は“様”を付けるなと言っておるだろうに……」


「ふふふ。これはもう私の癖ですからね。それより、モモレット様の方こそ、あんな悪者のようなことをして、心を痛めておりませんか?」


「そんなこと……わらわはただ、そなたが傷付くことだけが何よりもつらいのじゃ。できれば、あんなことはしとうない……」


 そう言ってモモレット女王は、自身が鞭で打った宰相の背中を優しく撫でる。


 彼女の目には、溢れそうなほどの涙が溜まっている。



「わらわは、女王失格じゃ……」


「モモレット様が『今年は麦の病気で不作になる。事前に飢饉の対策を行い、他国への輸出は控えるべき』と予見してくれたおかげで、我が国の民が飢える未来を避けられたのです。たとえ自分が悪者になってでも、民を助けようとする姿勢。私は貴方のことを心から尊敬しておりますよ」


「あ、アーサルぅ……!!」


 女王は少々変わった能力があり、少しだけ先の未来が分かる。


 予言とも言えるその力を活かし、女王はこれまでも国を脅かす脅威を未然に防いできた。



 今回は麦の病気を予知することで、国内にある安全な麦を蓄えておく。


 そして他国が麦の病気で苦しむ中、代用食であるジャガイモを輸出することで恩を売る……といったように。



 このように、今まで女王が発言していた我が儘の中にも、実は多くのトラブルの種が隠されていた。


 しかしそれは、一般的には信じられないような荒唐無稽なことばかり。


 女王が錯乱したと判断され、玉座から引きずり下ろされてしまう恐れだってある。


 そんなことが起こらないよう、モモレット女王は自身の能力を唯一知る宰相と一緒に、官僚たちの前で一芝居をうっていたのである。


 赤鬼である女王が無茶を言い、青鬼の宰相が官僚や民を代弁して不満を解消する。


 上手くバランスを取ることで、結果的に国政は上手く行き、誰もが幸せになれる。


 ――ただ、この二人を除いては。



「ですが、もうそろそろ結婚を考えても良い頃合いかもしれませんね」

「そ、それは本当なのか、アーサル!?」


 ただ二人は何も、己の全てを犠牲にするつもりもなかった。



「はい。今回のことが上手くいけば、キジロスをはじめとした周辺諸国にも恩が売れるでしょう。そうすれば周囲は私のことを認めざるを得ない。官僚たちも平民上がりの私を頼りにし始めていますし……私がモモレット様の夫となっても、文句を言う者は居ないでしょう」


 いつも女王に言われっぱなしだと思われていたこの青鬼宰相、実はかなりの策士であった。


 市井の者だった彼が役人として登用され、宰相まで上り詰めたのは、ひとえにその知謀と話術の巧みさであった。


 だが唯一、その変えられぬ過去だけがネックだった。そのせいで、愛し合う二人は今まで結ばれることができなかったのである。



「嬉しい……嬉しいよぉ……!!」

「ふふ。私もですよ、モモレット様」


 長年の時と苦労の末、ようやく愛する者と一緒になれる。モモレット女王は心から喜び、満開の桜のような華やかな笑顔を見せた。


 それは怒りではなく、恋する乙女の可愛らしい赤ら顔だった。



 心優しい乙女だった彼女にとって、いつだってアーサルは自分のヒーローだった。


 うだつのあがらない、頼りない宰相と言われていたって、彼は嫌な顔ひとつせず常に傍で助けてくれた。



「もう、わらわはそなたをムチで打たなくて済むのだな……?」


 忌々しそうに、ベッドの上に転がっているムチを赤鬼女王は睨みつけた。


 しかし――



「あ、いえ。私の被虐趣味のためにも、モモレット様にはこれからも私をムチ打ちしていただきますので」


「え――?」


 アーサルは鞭を持つ女王の手を握り、物欲しそうな目で彼女をみつめていた。



 こうして一年後。


 嬉しさで泣いた赤鬼花嫁と、悦びに啼いた青鬼花婿はめでたく夫婦になったとさ――。

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