歌を響かせて、色彩(いろ)のないこの世界に

胡蝶花流 道反

第1話

 何もかも朽ち果て、廃れ切ったモノクロの世界。夢も希望も無いこの時代に僕等は生まれてきた。

 碌に食べる物も無く、着るものは取り敢えず寒さを凌げるレベル、家は数家族が寄り添って暮らす荒屋あばらや。皆、濁った目で何とか生きている日々。

 度重なる諍い事と環境破壊により、もうこの星も長くは持たないと言われている。今は緩やかに終焉を迎えており、誰も彼も今の暮らしをより良くしよう等という、向上心やこころざしを持ち合わせていない。

 それでも、子供たちは昔と変わらず、無邪気なものだ。大人が皆、まともに育てる気力を持ち合わせてなく放任してるので、のびのびと過ごしている。案外、文明社会の崩壊以前より、幸せに暮らせているのかも知れない。

 当時幼かった僕も、毎日を楽しく過ごしていた。


 僕は一人っ子だったが他の家族と同居していたので、物心付いた時から沢山の子供が周りに居た。同年代の子に、その子達のお兄さんお姉さん。家の中では簡素なおもちゃで遊んだり、言葉や体を使ったゲームをしたり。天気のいい日中は、外でかくれんぼや鬼ごっこをしたり。

 ある程度の年齢になれば読み書きや計算を教わるが、それも最低限理解出来ればそれ以上教わる事はなく、必要以上に教える者もいなかった。なので子供たちは、誰もが遊んでばかりいた。

 同居の子達とだけでなく、他の家の子供と遊ぶ事もあった。その時、彼と出会った。


 彼は僕よりかなり年上で、痩身長躯で金髪の美しい少年だった。最近こちらに来たらしく、あまり他の子供と馴染んでないようだった。でも、いつもニコニコと穏やかな笑顔で、幼く味噌っかすな僕にも常に親切に接してくれた。

 

 ある日、姿の見えない彼を探しに行き、少し離れた森の中で見つけた時の事だった。

 声が聞こえたので近付いてみると、なんと彼が歌っていた。それも、素晴らしい歌声で。伸びやかな声を切ないメロディに乗せて、堂々と歌い上げるその姿は、まるで森の精霊のようだ。僕は夢に迷い込んだかの如く、呆然と見蕩れていた。


 それから彼は逢う度、僕に歌を聴かせてくれるようになった。聴き終わった後は必ず、手が痛くなるまでの拍手と賞賛の声を、彼に送る。そして彼は嬉しそうに微笑む。

 何度も聴いているうちに、僕もその曲を覚え、歌えるようになったのだった。幼い僕には何を言っているのか解らない歌詞…よその国の言葉なのかも…だったが、耳から入った唱声それは小さな頭に記録され、自然と口から発せられる。彼に一歩近付けたみたいで、とても嬉しかった。

 だが、彼は僕にこう言った。

 決して、他の人の前では歌っては駄目だ、と。


 ところがある時、つい歌を口ずさんでいる所を他の者に聞かれてしまった。その、聞いた者はこの町の役人だという。何故か僕は、両親と共に役所に呼ばれた。

 どうしてその歌を知っているのか、と聞かれたが僕は答えなかった。何か本当の事を言えば、大変な事になる気がしたからだ。実際、その通りのようだった。


 その晩、彼が別れを告げに来た。こっそりと家の外に呼ばれ、僕にこう言った。

 私はもう、ここには居られない。今から別の町へと旅立つ。私の歌を聴いてくれて、有難う。と…

 そして去って行った。


 僕は気付かれないように彼の後を付けた。暫く歩き、住処すみかからかなり離れた頃を見計らって、彼に追い付き声を掛けた。彼はとても驚き、僕に家に戻る様、促した。

 でも僕は説得した。今から一人で帰るのは危険だとか、あの町では子供が突然いなくなってもそれ程は騒がれないとかまくし立てた。兎に角、彼とずっと一緒にいたい、一心で。結局彼の方が折れ、連れて行ってくれる事となった。

 その夜は子守唄の様に、歌って聴かせてくれた。これからは毎日この歌が聴けると思うと、ワクワクして眠れなかった。


 次の日、大まかに区切られている境を越える為の関所まで進んだ。手続きをして来るから、と僕は外で待たされた。小一時間待っていると、中から大きな言い争う声が聞こえてきて、その後にパン、と何かが爆発したような音がして、静かになった。

 僕は何故だか恐怖がこみ上げ、そして悲しくなりその場に立ち竦んだ。

 

 

 

 あれから15年。大人になった僕は関所の警備兵となった。まだ幼く身よりの無い僕を、関所の人たちが拾って育ててくれたのだ。

 あの時、彼の身に何が起こったのかは今でも分からない。だが、もう二度と彼に逢うことが出来ないのは、ずっと悟っている。

 小さな幼子の僕にとって、彼が全てだった。決して明るい未来を見ることのなかった世界に、色彩いろを着けてくれた彼の歌。暗闇に瞬く星明りのような彼の微笑み。それらが失われた世界になど、僕は何の感情も持たなくなってしまった。

 今、僕が担っている仕事は、怪しい通行人を処分することだ。一般犯罪者・異論思想家・革命戦士etc.…昔は戦争のきっかけとなった王族の生き残りもいたと聞く。それらを取り調べ、少しでも怪しければ銃で撃つ。

 今日もまた、関所ここに来た放浪者を粛清した。このように、かつていた筈の『誰かの為の希望ヒーロー』を殺し続けている。

 

 ドアの向こうには昏い瞳の子供が佇んでいる。何処かの誰かさんと同じく、永遠に戻らない英雄を待ち侘びるその子供に僕は近寄った。あの歌を、口ずさみながら。

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歌を響かせて、色彩(いろ)のないこの世界に 胡蝶花流 道反 @shaga-dh

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