私だけのヒーロー
里岡依蕗
KAC20228
いつも通りの日常に、突然変化が起こることがある。
いきなり見えない物が見えるようになったり、聴こえるはずない声が聴こえたり、最近私は何かおかしい。
元から周りと何かズレていたから、ズレている理由ができて丁度良い反面、周りの視線が少し痛い。でも、本当にいるんだ、ここに話し相手が。
「……はぁ」
周りに人がいないかを確かめてから、横で小声で掛け声をしながら一人じゃんけんを楽しむ彼の横腹を、ツンツンと突いて制止した。
「よくそんなのが長く続くよね、私には無理だわ」
「楽しいも何も、これ以上無限にできる指遊びあるか? 」
透き通った体なので、多分この世の者ではないんだと思う。でも辛うじて人の姿をしているので、会話はできるし、こうやって1人じゃんけんもする。
ここの制服を着ているから、ここの生徒な事は間違いないんだと思う。
「まぁね。確かにずっとやってられるけど、飽きない? 自分で考えながらやらなきゃいけないんだし、頭疲れそう」
「それが楽しいんだよ、ったく、分からないかなぁ」
「いやまぁ分かるよ、分かるけどさ……止めなかったらずっとやるじゃん。それがすごいなって話」
「なるほど、そりゃあ一理あるな。はははっ」
彼とは、昔から一緒にいるわけじゃない。一体何者なのかもはっきり聞いた事もない。話し相手になってくれるなら、誰だっていい。
だって、彼は私のヒーローになってしまったから。
何週間か前、私は周りのノリについていけず、教室の中で孤立して、クラスの女子集団から標的にされた。地味で大人しいから、暇つぶしに丁度よかったんだろう。新学期始まってから、既にヒソヒソ話をされていたから、嫌な予感はしていた。
「ねぇ、あんた調子乗ってんじゃないの? 」
「ぇ……? 」
いきなり廊下で三人くらいにクスクス笑いながら宣戦布告された時は驚いた。彼女達に何かした事もない、下の名前すら知らない。抵抗してこない人を選んだんだろうなぁ、面倒くさい……
『まぁた群がってきたのか。大丈夫さ、俺が守ってやるから』
そう、私にはこの人がついてるから、今度も多分大丈夫。
「……お手柔らかに、頼むね」
その日から、彼女達のいじめが始まった。……気がした。
というのも、彼女達は実行しようとしたが、彼が止めてしまって未遂に終わっている。
例えば、掃除に使うバケツに水を溜めて、私に背後から水をかけようとしてきた日、水は私にかかる直前で、かけようとしてきた彼女に跳ね返った。
「きゃぁああ! 」
「ちょっ、何やってんのあんた! 」
「わ、分かんない! 水が跳ね返ってきて……」
後ろを振り返ると、戦線布告してきた一人がずぶ濡れになっていた。
「だ、大丈夫ですか? た、タオル……」
フェイスタオルを渡すと、手で振り払われた。
「い、いい! 何なのあんた! 」
「わ、私は何も……どうしたんですか? 」
「べ、別に⁈ 」
何もないところで転んで水浸しになったように見える彼女は、周りを見渡すと、真っ赤にして、仲間に連れられて逃げるように更衣室に走っていった。
「……拭いていってよぉ」
このままでは困るので、ちゃんとモップで水溜りは拭いておいた。彼が止めなかったら、私がずぶ濡れになったんだから、仕方ない。
それから後も、彼女達は懲りずにいろいろ仕掛けきたけれど、彼のおかげで私は難を逃れた。
何回も失敗するので、流石におかしいと感づいたのか、彼女達はもう私には近づかなくなった。
「……ちょっと、やりすぎたんじゃないの? 」
「何が? 」
彼は、暇になると直ぐ指遊びを始める。今度は真剣に一人指相撲をしている。不思議な奴だ、本当に。
「彼女達、怖がってたよ。一回くらいは受けてやった方が良かったんじゃないの? 」
「お前がそれでいいならそうしたけどよ、悪いのはあいつらだろ? 何でこちらが譲らなきゃならないんだよ? 」
「んーと……そうなんだけどさ、あまりに、だと疑われるじゃない? 私がおかしい奴だって思われたら余計に孤立しちゃうよ? 」
「そいつは困るな。ふぅん……人間は難しいなぁ」
「大体、貴方は何者なのって話だけどね、まぁ誰だっていいんだけど」
私のヒーローは、今日も正体不明だ。
私だけのヒーロー 里岡依蕗 @hydm62
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