僕に成る

最早無白

憧れ、真似て、僕に成る

 これは僕がまだ小さい頃の話。というか、の話。


麻理まりちゃん、お母さん来たよ~!」


「うん」


 わたし、せいばまり。五つ。父さんと母さんはお仕事だから、わたしは夕方まで保育園にいる。んで、母さんが今迎えに来たとこ。


「今日もありがとうございました。ほら、麻理も挨拶して」


「せんせぇさよなら」


 いつも通り別れの挨拶をする。明日また会うんだけどね。


「本当にこの子ったら……すみませんいつも」


「いえいえ。麻理ちゃんはお利口さんですよ」


 ずるい言い方。確かにわたしは喧嘩したりしない、先生に怒られるのは嫌だし。わたしにはだけ。お利口さんに見えるだけ。


「麻理、今日は楽しかった?」


 これもいつも通り。家まで帰る途中、母さんはいつも聞いてくる。


「ふつー」「え~またかぁ」


 この流れもいつも通り、なーんにも変わらない。来年幼稚園に入ったらちょっとは変わるかなぁ。嬉しいことも悲しいこともなくって、ただ大きくなっていくだけ……楽だからいっか。


「あ~そうだ。母さん、明日迎え行くのちょい遅くなるけど、待てる?」


「なれてる」


「あらら~、娘にそんなことを言われるとは~」


 多分明日も、いつもとそんなに変わらないんだろうなぁ。


「……お母さん、今日は遅いね」


「うん。きのうおそくなる~っていってた」


 外は雨が降っていて、時々雷の音も聞こえる。迎えが来てないのはもうわたしだけ。先生は心配そうな顔をしているけど、わたしはそこまで気にしてない。何もしないで、ぼーってしている時間が好きだから。


「そうだ麻理ちゃん、テレビでも観る?」


「じゃあみます」


 先生の言うことは怒られたくないから聞く。そういえばテレビってあんまり観ないなぁ。お風呂に入って、ご飯を食べて、カタカナの練習をして、寝る……。毎日それの繰り返し。


「麻理ちゃんにニュースは分かんないから……おっ、アニメがあるよ。これ観よっか」


「あ、はい」


 なにこれ? 絵本が動いて……しかも喋ってる。


「アニメ好きなの?」


「はじめてみました。これ、すごい……」


 剣を持った男の人が怪獣と戦っている。体がボロボロになっているのに、何回も立ち上がっている。


『上等だよ……もっとこいよ!! 僕は……僕は! みんなを守るために、お前を何度だって止めてやる!!』


 あの人は怪獣相手に、ずっと……。か、かっこいい……!


「がんばれ……!」


「ま、麻理ちゃん?」


「がんばれぇー! ……あっ、うるさくしちゃってごめんなさい!」


 わたしはいつの間にか、大声であの人のことを応援していた。あの人みたいになりたいって思った。でもうるさかったかな……。


「うん、先生は怒ってないよ。ほらほら、もっと応援しよ?」


 よかった、先生は怒ってない。ならもっと応援する!


「がんばれぇー! まけないでぇー!」


 わたしは応援した。あの人が怪獣に勝つまでずっと応援する、つもりだった……


「ま、麻理ぃ~? どしたの?」


「か、かあさん!?」


 うわ、恥ずかしー! 母さんには応援してるとこ見られたくなかった……。


「ふふふ、そゆことね~」


「そうなんですよ~。麻理ちゃんがまさかこんなにハマるなんて」


「せ、せんせぇさよなら!」


 保育園から逃げるようにさっと挨拶をした。


「麻理、今日は楽しかった?」


 車の中で、母さんはいつも通りあのことを聞いてくる。


「うん、すごいたのしかった! わたし……いや、ぼくあれすき!」


「なんでぼくになった!?」


「あのひとが、じぶんのことをぼくっていってたから!」


 あの人みたいにかっこよくなりたい。いや、絶対なる!


 ──あのアニメ、昔すぎてもう誰も覚えてないんだろうなぁ。今になって観れば分かるけど、ストーリーがとっ散らかってて作画もダメダメ。ネットの評価が荒れに荒れたらしい。

 それでも、それだからこそ。『僕だけのヒーロー』って言えるのかな。

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僕に成る 最早無白 @MohayaMushiro

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